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84 マリオデッラの処遇

「では、こちらはもう少し話を詰めましょうか」


コリンナとの国境に向けて飛び立っていったジルサンダーを窓辺でしっかりと見送ったあと、アレクシスは残ったミケーレとレオンを真剣な眼差しで見つめた。


「マリオデッラのことか?」


「はい、持病もなく、薬にも精通するブルーデン公爵ですよ?体調不良だと言われて、ああ、そうか、だなんて気楽に納得できるわけないです」


「確かにな」


ミケーレは窺うようにアレクシスに胡乱な瞳を向けた。そしてさも嫌そうに眉を歪めた。


「アレクは毒を盛られたと疑っているのか?」


「ええ、その通りです」


またもや驚愕に口をあんぐりと開けたレオンが言葉にならずにパクパクと空気を食べている。それをちらりと見遣ったアレクシスが躊躇いもなく続けた。


「ジルにいさまはレオン兄上がブルーデン公爵令嬢に媚薬を盛られたと考えています」


レティの癒しの光を浴びたときに戻ってきた記憶からレオンは己の身に起きた変事の原因がローズマリアにあるだろう、と推察はしていた。

が、まさかそれが媚薬を盛られたことだとは想像もしていなかったので、あまりの衝撃に瞬きを繰り返している。


「王族に致死毒ではないにせよ、怪しげな薬を盛ったんですよ、本来なら処刑すべき案件なのに彼女は野放しのままコリンナに行ってしまいました。僕は帰国後すぐにでも彼女の罪を暴き立てブルーデン公爵を潰してしまえ、と思っていたんです」


アレクシスから過激な言葉が飛び出し、ミケーレは僅かに怯んだ。ロマリア王国を建国当初から支えてきた三大公爵家を潰すことに躊躇いのないまだ小さい甥がそら恐ろしく感じられたのだ。


「結局、ブルーデン公爵も野放しになりました。僕はそれが不満で仕方なかったんですが、彼の体調不良を知って、考えを改めました」


「つまりアレクはマリオデッラも服毒していると疑っている、のか?」


「はい、それも娘から、と」


「ローズが?!」


レオンは心からの驚きで声がひっくり返った。己の知る令嬢は美しく気高く聡明で、強く、気品のある………


そこでレオンは気付いた。


ローズマリアには優しさと他者を思いやる気持ちがない、と。


そして目的のためならなんでもするだけの意思の強さがあると。


「ジルにいさまの後宮に居を構えた彼女は地下に薬剤調製室を作っていた、とギルバートがパーシバルに言っていました。王宮内で薬を無許可で生成していたんですよ、部屋から採取した残骸を現在ジルにいさまの解析チームに渡して調べて貰ってるそうですが、結果はもうわかってますよ、なんの毒なのか、だけがわからないだけです」


「ではアレクはローズマリア嬢がマリオデッラに毒を飲ませた、と。その動機は?」


「邪魔だったんです」


残酷なまでの短い返しにレオンですら息を飲んだ。


「彼女はジルにいさまを愛してます」


あえての進行形。

でなければロマリアを欲しい、などとアガロテッドに頼むはすがない。


「レオン兄上に娶らせようとするブルーデン公爵は彼女にとって非常に不愉快な目の上のたんこぶだったでしょう。ブルーデン公爵令嬢が王妃になるのが決まりでも彼女がなることが決まっているわけではない、と考えたのだと思います。そこへレオン兄上がレティ様に夢中になった」


忌々しそうにレオンが頷く。


「邪魔なブルーデン公爵が亡くなれば、レオン兄上にロマリア国王陛下を継がせ、レティ様をブルーデン公爵家の養女とすれば問題はひとつ片付きます」


ミケーレが口許を歪めて舌打ちを溢した。


「あとは公爵代理として王家にジルにいさまの臣籍降下を願い出れば済む話です。彼女は欲しいものを手に入れられる」


「だからマリオデッラに毒を?」


「はい、それも気付かれないような巧妙な手口でしょう。でもその前にコリンナに連れていかれてしまったのは誤算だったでしょうね」


「だからロマリアが欲しいと?」


「彼女が欲しいのはロマリアではなくジルにいさまです。にいさまがいるからロマリアが欲しい、マルガに行くのがわかれば今度はマルガを狙うでしょう。そしてコリンナの王太子殿下は領土が欲しい、豊かな生活が保証される領土が。ふたりの利害が一致したんですよ」


「ならばマリオデッラは死にかけ、ロマリアとマルガは侵略の危機、狙いはジル、纏めるとそういうことか?」


「ミケーレ叔父様らしい簡略ですね」


くすくすとアレクシスが笑いを洩らす。


「ブルーデン公爵はどうなるのだ?」


レオンが一時は義父と定めた男だ。心配ではない、とはとても言えない。レオンは一度懐に入れた相手には寛容なのだとミケーレはこのときはじめて知った。


「ジルにいさまの解析チームが毒物の種類を割り出せば解毒薬も作れるかもしれませんが…」


濁された先に続くだろう、残酷な言葉を思ってレオンは下唇を強く噛んだ。

間に合えばいいが、それもあとどのくらいの時間が残されているのか、それを知るのは毒を盛った人間しかない。


「叔父様ならどう動きます?」


ミケーレは考え込んだ。

どう動くのか、よりも動くべきなのか、と問うべき問題だろう、とミケーレは思っていた。


「なにもせん。コリンナに警戒し、国境に軍を配備する。建国祭の邪魔はさせん。これはロマリア·ロマリア王への感謝祭でもある。民には年に一度の楽しみだ、それを台無しにするようなことはせん」


「叔父上?!」


レオンが非難の声を上げたが、ミケーレはそれを黙殺する。


「どうせレオンへの媚薬混入でブルーデン公爵家は罪状が付く。本来裁かれるべきはマリオデッラとローズマリアだ。逃げさせはせん。今は執行猶予といったところだろう、いずれは処罰が下る。同じ死ぬなら病死のほうがブルーデン家が残りやすい」


「ブルーデン公爵にそのまま死ねと仰るのか?」


「レオン、おまえの気持ちはわからんでもない、が、首を跳ねられるか、毒で死ぬか、の違いだ。跳ねられれば罪が世に明らかにされるが、毒で病死のように逝けばその死を悼まれるだけだ。どちらがブルーデン家にとっていいかは、わかるだろう?」


さすがの脳筋レオンでも道理はわかる、が心情的には理解したくない。

死なせたくはない、助けられるならば助けてやりたい。だが眼前に迫っている死から逃れても、違う死が彼を襲うのも明白だった。どちらが名誉なのかは考えるまでもない。


「わかるな?」


ミケーレはわからないほど細かく首肯したレオンの頭をくしゃりと撫でると、アレクシスに言った。


「コリンナだ、今はコリンナだけを考えればいい」


その考えるべきことにローズマリアの存在が色濃く蔓延っていて、アレクシスもミケーレも沸き起こる頭痛を我慢しなくてはならなかった。

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