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83 ジルサンダー翔ぶ

本日会話多めでお送り致します。

アレクシスの侍従、レオンの侍従が追いかけるようにしてジルサンダーの私室を訪れたので、ギルバートは知古の彼らを隣室の己の部屋へと誘うと、ジルサンダーの部屋から辞した。


それを眼だけで見送ったミケーレが深刻な問題を抱えたように眉を顰めた。


「なにからその推測に至ったのか、聞いても大事ないだろうか?」


ジルサンダーは深く頷き、影から受けた報告を告げた。


「叔父上もご存知だと思いますが、今回のマルガ訪問はレティへ誘拐事件が発端です」


充分に開き切っていたはずのレオンの瞳が溢れるほどにさらに開いた。真紅が色鮮やかに光って、彼が受けた衝撃を物語る。


「ご存知もなにも、誘拐犯は私の息子(アーロン)だし、それをけしかけたのがピナールのとこのだからな、処断はしたさ、ジルの言う通りにな」


「後始末に奔走させてしまったようで、申し訳ありません」


頭を下げる甥に掌をヒラヒラさせてなんてことはない、と示したミケーレが続きを促す。


「レティに対する嫌がらせがわかって以来、俺の育ててきた影を犯人と目算したブルーデン公爵家に張り付けさせました」


実際はマリオデッラだけではないが、そこを口にしないところがジルサンダーである。


「先程影に報告をさせたところ、ブルーデン公爵の体調が崩れていること、そしてブルーデン公爵令嬢が求婚を受ける際にロマリアを求めたこと、さらにコリンナ王太子殿下がそれを受諾したことがわかりました」


「この国の王妃になれないならば、コリンナに攻め落とさせて強制的になろうとしてる、というのか?」


「彼女の真意はわかりません。俺はブルーデン公爵令嬢を理解しようとしたことがないので」


「酷い婚約者もあったもんだな」


「レティに出会って、この気持ちを知ってから彼女(ブルーデン公爵令嬢)には悪いことをしたと反省はしております」


「それもローズマリアには辛い言葉だろうよ」


「でしょうね…」


僅かに項垂れたジルサンダーを切ない眼差しで見つめていたアレクシスが考えを纏めたのか、やっと口を開いた。


「ブルーデン公爵令嬢の願いを叶えるためにコリンナ王太子殿下が建国祭を目指して進軍している、ということですか?いや、違いますね、ブルーデン公爵家との縁が繋がったことで、あの王太子殿下は建国祭に招かれている招待客の1人だ、国境に軍を待たせて正客として堂々と入国できる立場にあります。不意を突いてロマリアを落とすのはわけない話です。元より入城すら手を汚さずに果たせるのですから」


「そうだ。今から招待を取り消せば角が立つし、レオンの婚姻の関係で今回はドリューからも使者が来る。ジルの養子縁組もあってマルガからもレイチェル王妃陛下が来るとの返事もあったばかりだ。リッテからは祝いの品が届いただけで、祝賀には欠席の手紙を貰っている」


ミケーレが難しい顔をしてアレクシスを凝視した。この先、ロマリアを背負って立つ男がなかなか頼もしいことに安堵と誇りを感じているのだが、アレクシスは睨まれているとしか思えず、居心地悪そうにソファでもぞもぞと居ずまいを糺した。


レオンは黙ったまま、不安に揺れる視線をあちこちに飛ばしていたが、やっと脳が理解に至ったのか、ぱぁっと顔を輝かせて何度も頷いている。


「それでジルにいさまはどうすべきだと考えてるんですか?」


ミケーレも興味があるのか、ソファから身を起こして腿に膝を突いて手に顎をのせ、ジルサンダーにじっと真剣な眼差しを送った。


「まずマルガには急ぎ書簡を送ろうと思う、アレクシスに頼みたい」


また鳥を使うのか、とアレクシスは納得して首肯する。


「それからリッテには俺が日帰りで行ってこようかと考えている」


「はぁ?」


呆れたのはレオンとミケーレ。


「ジル!おまえはロマリアとリッテがどのくらい離れているのか、地理を勉強しなかったのか?!」


まさかの愚策にミケーレの口調が荒くなる。


「早馬で駆けても片道8日はかかるんだぞ?!建国祭に間に合うわけないだろう?!」


「ジルにいさまならできます」


「アレクまでなにを言ってるんだ?!」


「いや、ミケーレ叔父上、本当に俺なら最悪でも1日半あれば帰ってきます。それからドリューはレオン、おまえが国境まで使者を迎えに行ってこい。それで国王陛下からの書簡を渡して現状を伝える。今から俺はコリンナの国境を偵察してみる。そうすればかなり確実なことが書簡に書けるからな」


「いや、だから、どうやって行く気なんだ!!建国祭まであと5日もないんだぞ?!」


「ですから今からコリンナの偵察に行って朝までには戻ります。それから各国に適した書簡を書いて……」


「手順じゃない!知りたいのは手段だ!」


ジルサンダーはアレクシスと視線を交わし、ふわりと眼を細めた。そしてなぜかアレクシスが自慢げに胸を張ってミケーレに向き直った。


「ジルにいさまの能力が覚醒したんです!」


「なんだと?!」


「兄上に能力が?!」


およそ能力を持つものは6歳前後で覚醒する。ミケーレは信じられない思いだった。20歳目前で能力の覚醒など有り得るのだろうか、と首を捻らずにはいられない。


「なんの能力なんだ?兄上!」


かつて風を操れることだけが己の矜持を支えていたことが胸にじとりと上ってきたレオンは苦々しげに顔を歪めた。


「簡単に言えば変身できる。だから俺はリッテに飛んで行こうと思っています、叔父上」


「……飛んで」


「はい」


「ジルにいさまはマルガでブルードラゴンになって見せてくれたんです!」


嬉しそうに笑顔が弾けるアレクシスが言えば、


「ブルードラゴン…?!」


と、ミケーレが絶句する。


「それでな、レオン、本当はおまえにも付いてきて貰って風を操ってほしかったんだが……」


「私が風を?」


「あぁ、世界最速といわれる黒龍(ブラックドラゴン)で行こうと思うが、追い風を作ってくれればより早く着けるだろう?」


そんなことが己にできるのだろうか、と不安に飲まれそうになる反面、負けずぎらいの性格がむくむくと沸き起こり、レオンは知らずに力強く任せておけ!と豪語していた。


「ならドリューの迎えは……」


「私が行こう」


「叔父上?」


「おまえたちがそれぞれのできることをやるんだ、私だってやるさ」


にやりと笑ってミケーレは両隣に座っていたレオンとアレクシスの肩をがしりと掴んで抱き寄せた。


「ではまずコリンナの偵察」


ジルサンダーが呟けば、


「それからマリオットに報告しよう」


と、ミケーレが義弟を呼び捨てに、国の中枢への報告を請け負った。

アレクシスは足(?)の速い鳥種を選定し、レオンはリッテまでの支度を任されることになった。


「行ってくる」


ジルサンダーは一言。


それで彼の身体が歪み、霞が晴れればそこには立派な隼が大きく羽を羽撃かせていた。


瞠目するミケーレにくつくつと喉を鳴らすように笑ってみせて、彼は高く飛び立っていった。


「まったく、あれはいつも私を驚かせるな」


ミケーレは囁き、実に誇らしげに呵呵と大きく笑った。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。本当にいつも力をいただいています。

最終話に向けて、頑張ります!

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