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8 アレクシス、はじめての味に眼を丸くする

ジルサンダーは城へ戻ってから、いつもなら籠る執務室には行かずに真っ直ぐに自室へ入ると、例え陛下からの呼び出しであろうとも取り次ぐな、と言い置いて、ベッドに転がった。


あのあとジュリアと呼ばれた黒猫を抱えた彼女はアルフィのパンから2軒隣の家に行き、黒猫をドアから現れた年配の女性に手渡していた。

どうやらジュリアは彼女の猫ではなく、その年配の女性の飼い猫らしかった。


ギルバートはレオンとアレクシスに土産を届けに行っている。アレクシスはわからないが、レオンは侍従と会おうともしないだろうから、託すだけで、すぐに戻るだろう、とジルサンダーは考えて、侍女に茶を頼まなかった。


果たしてギルバートが紅茶ののったトレーを手に、軽いノックのあと入室してきた。


「レオン殿下は訓練場でしたので、直接は渡しておりませんが、アレクシス殿下はたいそうお喜びになられてジル様にお礼を申し上げたい、とおっしゃっておりました。わたくしの目の前で一口食されておりましたが、食べたことのない味に眼をまん丸くしておられました。可愛らしい殿下でございます。王宮の食事でも出たことのない逸品だと、少々大袈裟なくらいに褒めておりましたよ」


「そうか」


ベッドサイドに紅茶を用意すると、ギルバートはそっと退室しようとした。その背中にジルサンダーは問いかけた。


「おまえも見たな?」


「………」


「癒しの浄化だ、あの淡く儚い光は女神の印。彼女は伝説の救国の女神なのか?癒しの乙女なのか?」


あれに愛されれば、誰であっても王になれるのか?


言葉に出さずにジルサンダーは己れに問う。


「彼女はレティと呼ばれておりまして、両親はあのパン屋の経営者で、18歳になるそうです。これまでのところ、癒しの能力などで噂に上ったことは一度もないと…」


いつの間に調べたのか、ギルバートはするすると説明した。しかしどれもが大した情報ではない。


「女神に出自は関係ない。それを言えば女神に選ばれる男も身分など関係ないのだから、いま俺に必要なのは彼女が女神なのか、そしてそのことに気付いているものが他にもあるのか、ということだけだ」


枕に顔を押し付けるように寝転がったジルサンダーはくぐもった声で侍従に放った。


「そのことでございますが、今から噂を拾い集めますので確信めいたことは申せませんが、おそらく誰も気付いてないかと思われます。もちろん彼女の両親は別でしょうが、それ以外ではジル様だけではないかと」


「どうしたらいい?」


主には珍しく弱気な口調。

ギルバートはきりりと眉を寄せた。


「接触なさいませ。そして叶えば彼女の愛を勝ち取りなさいませ」


「ギルバート!それはっ!!」


「その通りでございます。わたくしはジル様が玉座に就く姿を拝見しとうございます。ですからレティという、あの女性が女神さまならば、ジル様のすべてを擲ってでも愛されてくださいませ」


そして彼女はおそらく王妃にも相応しい、とギルバートは心のなかで呟いた。

あの優しさ、勤勉さ、愚直なまでの素直さ、そしてなによりタンザナイトの瞳の美しさ。

王家にしか許されないはずの色をした瞳を持つレティ。


彼女が女神なら当然の色である薄紫の瞳。


緩やかにうねるオレンジの強い赤毛。


あまり外で遊ぶ暇がなかったのか、一歩間違えば血色が悪いかと思われるほどの白磁の肌。


18歳にしては華奢な身体。


すんなりと伸びた手足が忙しく動く様を思い出して、ギルバートは己の主に似合いだと頷いた。


「ジル様のお眼鏡には叶いませんでしたか?」


率直な質問にジルサンダーは言い淀んだ。あまりの出来事に彼女を女性だと意識することすらなかったのだ。叶うも叶わないもない。


「わからない」


だからジルサンダーは素直に答えた。


「ならば、レオン殿下に気を付けながら、彼女と接触してみましょう」


にっこりと笑んだギルバートにジルサンダーは懸念の声を上げた。


「しかし、俺にはローズマリアが、婚約者がいる」


「どうせ婚約解消するおつもりだったのではないですか?最近では誘われた茶会にすら不参加で、会おうともされてませんよね?」


こてんと首を傾げてギルバートは言いきった。

5歳ほど年上の侍従のその仕草が妙に可愛らしく映って、ジルサンダーは軽い笑い声を洩らした。


「それにレティ様が本当に女神さまであるならば、婚約なとただの紙切れ一枚程度のことになりますよ」


なんといっても王を選べる稀有な存在なのだから。


ギルバートの言葉は一々最もだった。

仮にどうしても縁続きにしなくてはならないなら、側妃にローズマリアを据えればいいだけのことだ。


「俺に、その資格があるのだろうか?」


女神の愛の加護を得る資格。

それは謀らずもジルサンダーも女神を愛さなければならない、ということだ。


パンに恋をしても、人に対してそのような感情を抱いたことのない第一王子は不安に揺れる瞳を己の忠実な侍従に向けた。


「大丈夫でございましょ。その資格がなければ誰より早く女神に出逢うことなんて、神がお許しになりませんよ」


簡単に言って、ギルバートは破顔した。


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