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74 ダリアの心

ダリア姉様


正式な書簡は必ず送る。受け入れて貰えれば正式に表敬訪問もしたいと思ってる。でもその前に姉様には伝えておきたい。ジルがマルガを受け入れてくれた。姉様には悪いと思うけれど、本気で嬉しいんだ。マルガの国主としてレティ様と婚姻させるから、その式には来て欲しい。それからアレクが覚悟を決めてくれたよ。微力だろうが、私も後ろ楯になろうと思っている。それにはレオンが少々厄介なことになるかもしれない。だからって邪魔はしないでほしい。ロマリアの未来のためにも。

私はいつでも姉様の味方だ。兄のことはいつも申し訳なく思っている。ただ信じてやって欲しい。兄がこの世で愛するのはダリア姉様ただひとりだと。


貴女に忠誠を誓う妹 レイチェル



簡略に書かれた手紙をそっとテーブルに置いて、ダリアはほぅ、と息を小さく吐いた。

ジルサンダーが決断した。

アレクシスまで覚悟を決めた。

この2人を相手に争うにはレオンには手駒が少なすぎる。馬鹿なことも仕出かしているし、なによりレオニティを引き連れてマルガ国境を越えようとしただけでもロマリア王国として処断すべき案件になっている。

ブルーデン公爵の思惑によりレオンは野放しになっているが、アレクシスがロマリアを継ぐと決めたのなら、この好機を逃すはずがない。レオンはロマンに戻ることなく、幽閉になるだろう。

それも運が良ければ、だ。

ジルサンダーの、あの優しさにアレクシスが絆されれば幽閉で済むだろう。でなければ国外追放か、処刑か。


ダリアはふと、先日ドリューから届いた書簡を思い出した。ドリューの王妃とは貿易協定を結ぶ際に会って以来、友人として仲良くしてきた。海の近くで育っただけあって、なかなか豪胆で快闊な女性だった。妙に気が合ったのだ。


その彼女から王女の婿に適当な貴族令息はないか、と手紙を貰っていた。病弱だという話だったが、最近では一日起きていられるようにもなった、と書かれていた。


今はレティに夢中になっているようだが、どうせ叶わぬ恋になるレオンのために、そして処断を待つ身のためにもドリューに婿に出すのもいいかもしれない。


病弱だが賢く育てた、と自慢げだった文章を思い返して、ダリアはジルサンダーを出す条件にレオンの婿入りを認める旨を含めようと心に留めた。


それにしても…


マリオットがただ一人、ダリアだけを愛しているなど愚かなことをレイチェルも信じているのか、と呆れて反論する気も起きなかった。


レイチェルは今を知らないからだ、と呟く。


アレクシスを妊娠するまでは確かに溺愛されていた。それは勘違いではない。あまりにも激しく愛されてダリアが起き上がれない日々が続いたほどなのだから。


片時も傍から離さず、他のどの女性を視界にも入れない。マリオットはダリアだけを瞳に映して、ただひたすら()で続けていた。


どうしてこうなってしまったのだろう。


先日、デイグリーン公爵夫人の誕生会を兼ねたお茶会が開かれ、ダリアは致し方なく出席した。義妹の茶会を無視するわけにもいかないだろう。断る理由もなかった。

マリオット同伴で行くものでもなかったから、ある意味で気軽に出掛けられたともいえる。


そこでマリオットと夜をともにしたという男爵家の未亡人と会ってしまった。

実に不愉快な女性だった。


いかに素晴らしい時間をマリオットと過ごしたか、何度も何度もダリアに語って聞かせた。


マリオットと過ごす夜がどれほど素晴らしく悦楽的かつ官能的でロマンチックなのか、ダリアだってよく知っている。

あの代えがたい時間を共有したのかと思うと、腹立たしさに眼前の誕生日ケーキを顔面に炸裂させてやろうかと、完璧な笑顔を湛えながらダリアは妄想した。


頭のなかで顔中をクリームまみれにして、昼下がりの茶会に不向きなやたらに乳房を強調した嫌らしいドレスの胸元まで苺のソースに汚れた姿を想像して、沸き上がる嗤いを堪えて眼を細めたとき、デイグリーン公爵夫人が然り気無く間に割って入ってきた。


「ちょっと宜しいかしら?久々ですもの、義姉様、お話できませんか?」


「ええ、たまには姉妹でゆっくり話したいと思っていたの、嬉しいわ」


公爵夫人のエスコートで会場のサロンを辞すると、ふたりは庭園にある四阿に向かった。


「助かったわ、ありがとう。あと少しで彼女を頭からクリームまみれにするところだったわ」


「こちらこそ、ごめんなさい。招待してもないのに付き添いだとかで押し掛けてきたのよ、本当に嫌な方!」


歩きながら話すには些か優雅な話題ではないが、その姿を遠くから見れば、まるで一枚の絵画のごとく、まさに絵になる景色だった。


義兄様(陛下)のこと、聞いてしまったのかしら?」


実兄であるミケーレと結婚して公爵夫人となったアリアナはダリアの幼馴染みでもある、気安い関係だった。だからこそ聞けることでもあるが、それでもアリアナはかなり遠慮がちに窺っていた。


「ええ、それはもう、赤裸々だったわ」


項垂れたアリアナから深いため息が聞こえた。


「今に始まったことでもないし、気にしないわ、ムカついたけれど」


「あの方、一度だけの伽をさもご寵愛いただいたように話すから何度も呼ばれたように勘違いするご夫人方が多いのだけれど、陛下は二度同じ女性を呼ぶことはない、とミケーレが言ってたわ」


意外なことを耳にしてダリアの瞳が揺れた。


「ミケーレの話を聞いてると、陛下が好色なのは(さが)で、心を動かされてるわけではないと思うの」


「でもアリアナ、そんなこと、考えられる?」


公爵家令嬢で育ってきたダリアにとって夜の営みは何度肌を合わせても恥ずかしい行為だ。どれほどマリオットに酔い、乱れても朝が来れば羞恥心に火が着いてダリアはマリオットの顔さえまともに見れず、朝の挨拶すらブランケット越しで交わしていたのだ。

心もなく、あの行為が可能だなんてダリアには想像もできない。


「私にもわからないわ、でもミケーレがそう言うの。もしもダリアにまだ想いがあるなら、一度ちゃんと話した方がいいと思うのよ」


マリオットと話す。

それはなんてハードルの高い行為だろう。

かつては甘く蕩けていたはずの瞳に、今や発するのはすべてを凍らす冷たい光だけ。あれに射し貫かれたら、二度と彼に顔を向けられないほどに恐ろしい。


「無理よ、恐すぎるわ。それにもう14年よ、彼と添わなくなって、14年。長過ぎて今さらどうしたらいいのか、わからないわ」


あまりにも唐突だった、マリオットとの別離。

未だに原因もわからず、ダリアはアレクシスを妊娠したことしか考えられないが、それが悪いとも思えなかった。

妊娠が原因かは別にして、それが切っ掛けだったのは間違いないだろう。


「そう、ダリアが嫌なら仕方ないわね、無理にすることでもないのだろうし」


「………本当は話したいのよ、子供たちのことも話さなければならないこともあるし、いつまでも避けてはいられないのもわかってるの。でも恐いのよ。彼に拒まれるのがとても恐いの」


ダリアの瞳からポロリと涙が溢れたとき、ふたりは四阿で身を寄せ合って座っていた。


「私、まだ、彼をとても、愛してるの」


「知ってるわ」


先日、建国祭の夜会に向けてダンスレッスンをしようとアリアナがレディ・ロジェールを呼び出したとき、彼のステップに乱れがあった。

かなり珍しいことで、それとなく聞き出せばダリアに呼び出されたと言われ、アリアナは妙に納得したのだ。


()()彼はフラれたのだ、と。


ダリアもまだマリオットへの想いを断ち切れてないんだと。


何が原因だったのか、親友のためにも探れないだろうか、とアリアナは考え込んでしまった。

レディ·ロジェールは王族専用ですが、お世話になったデイグリーン公爵家だけは特別扱いでレッスンを許されています。それも王妃ダリアの力でしょうね。


いつも読んでくださり、感謝しております。

もう暫く続くかと思いますので、気長にお付き合いくださいますと、とてもとても嬉しく思います。

ありがとうございます。

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