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69 マルガの子になりたい

次から次へと降りかかる衝撃に気を失ったカザーロマルタにレイチェルはアルコール度数の高い蒸留酒を口に差した。それが刺激になったか、カザーロマルタがすぐに頭を振りながら身を起こした。

そして己の眼前に間違いなく女神の顕現レティがあることを再度認識した彼は女神の熱烈な信奉者として遠慮を忘れたように矢継早の質問を繰り出しはじめた。


(ソフィテル)がはじめて毒を盛られたのがマリアベル様が御子を出産なさる前日のことで、毒など効かないのだから捨て置かれませ、と言ったのにロマリアはどうしても赦せないようで」


カザーロマルタのはじめの質問はなぜロマリアがそれほどまでに愛していたソフィテルを弑したのか、だった。レティは躊躇う素振りもなく真摯に答えていた。


「初代女神様に毒を盛るなど、ロマリア王が赦さないのも、当然でございます!」


怒りに拳を奮うカザーロマルタに苦笑を溢してレティは続けた。


「マリアベル様のご紹介で薬師の方が傍に付いてくださり、彼は臭いで毒を識別できる方でしたから、幾度か、助けられました。けれど、とても見目麗しい男性でしたので、常に傍にある彼にロマリアが嫉妬して、彼を紹介したマリアベル様も薬師の方も、そして(ソフィテル)のことも嫉妬に曇ったまま、激情に任せて殺してしまったんです」


この世界に生を受け、人生を享受するカザーロマルタにとってロマリア王の神聖さは並々ならぬものではあったが、彼にとっての最上は女神以外になく、よってカザーロマルタのなかでのロマリア王への尊敬の念は雷が堕ちるよりも早く、この一瞬で失墜した。


「隠居して離宮で、とおっしゃってましたが?」


レティは懐かしいものを思い起こすように遠くに眼差しを投げた。その瞳は見事なバイオレットサファイアに輝き、ジルサンダーは眩しいのか、眼を細めた。


「マリアベル様に無事に御子が産まれてから、ブルーデン公爵が何度もロマリアに進言したんです、もう次代の王となるベルリアがいるから休まれてはいかがか、と。(ソフィテル)とふたりだけの蜜月を送るのもまた陛下の幸せではないか、と。ロマリアはその気になったの。その頃には国の進むべき道がはっきりしていて三大公爵家も機能してロマリアが舵取りをしなくても既定路線を走るように見えていたから、(ソフィテル)もロマリアさえ所々で眼を光らせれば問題もないだろうし、それもいいかな、て思っていたんです」


けれどロマリアは突如として嫉妬に狂った。


いつもの輝きを宿した瞳はなく、曇ってどんよりしたロマリアの不気味な眼を思い出してレティはぶるりと小さく身体を震わせた。

あれは、あの眼は確実に狂気を孕んでいた。

だからソフィテルはロマリアに剣で貫かれた瞬間も彼を愛すことをやめなかった。あのときの彼はロマリアではない、なにかを身の内に宿していた、と感じたからだ。

それでソフィテルは最後の力を振り絞って最大の癒しの力を放出したのだ。

せめて己が死に逝くことでともに逝かねばならないロマリアの魂を救いたいと願って。

あれはロマリア王国を救うための加護であって、そうではない。その刹那にはソフィテルのなかにはロマリアへの愛しかなかったのだから。


「マリアベル様というのはブルーデン公爵家からはじめて迎えた側妃のことですか?」


「はい、ブルーデン公爵が(ソフィテル)たちに子がないのを心配して、ロマリアはとても嫌がったんですが、(ソフィテル)がお願いして側妃として上がって貰ったんです。運良くベルリア様が産まれてくれて、どれほど安堵したか」


アレクシスの質問にもレティは淡々と答えていく。


「ベルリア様というのは二代目ロマリア王国国王ベルリア陛下?」


「そのようですね、(ソフィテル)は彼が即位のときにはもういなかったので知らないですが。まだ赤子だったのに母を亡くしてどれほどお辛かったか、それが悔やまれます」


ロマリア王家のものだけが知る史実がある。

まだ1歳にも満たない王子がブルーデン公爵を後見人として即位したあと、権力と財政を己のものとして好き放題に国を荒らしたと。

将軍でもあったデイグリーン公爵の謀反によってブルーデン公爵は廃され、ベルリアは10歳にしてブラッディ公爵家から令嬢を娶らされ、ブルーデン公爵家の縁戚から養子に入ったものをブルーデン公爵当主に立てて、ようやっと権力のバランスを調えた。

国は危うく滅ぶ運命だったが、デイグリーン公爵家に救われたのだ。


そんな経緯があって王妃に娶られる令嬢は三大公爵家から持ち回りで、という暗黙の了解ができあがっていた。

いつの時代もブルーデン公爵家のものはなかなかに腹黒い、とジルサンダーは黙って話を聞きながら思っていた。


「ではソフィテル様に毒を盛ったものは…?」


「マリアベルでしょう、歴史的にも毒婦と名高い方だから」


レティがわからない、と首を振る前にジルサンダーが割って入る。


「なにより未だにブルーデンは毒飼いとの噂も高い。事実、ローズマリアはレオンに媚薬を盛った」


敬称もなく侮辱的な意味合いを強く込めてジルサンダーは飄々と言葉を続ける。アレクシスがやはりレオンがおかしくなったのはそのせいか、と独り言を呟き、話を聞いていたレイチェルが眼を見開いた。


「おかげでレティはレオンに追いかけ回される日々だ。本来は俺に盛るつもりだったんだろうが、ギルバートが言うには試しにレオンに使ってみた、ということだろう」


「だからか!」


やっと合点がいった、というようにカザーロマルタが両の掌を打ち合わせた。そしてレイチェルと意味深な視線を絡める。


アレクシスがその様子に首をこてんと傾げてみせた。


「いや、サロンに来る前にロマリアから急ぎの手紙が届いたんだ、レオンからでね、すぐにでも訪問したいが許しは出るか、という理由も書いてないもので…」


「レオンの馬鹿兄はレティ様を追ってこちらに?」


「だろう、それで国境警備兵にはコリンナのこともあるから仮にとこぞの王だと名乗るものがいても通すな、と通達したんだよ」


「カジィ叔父さまはレオン馬鹿兄が来るのは嫌なのですか?」


「いや、私はレオンに会いたいがね…」


困ったように俯くと、カザーロマルタに代わってレイチェルが刺々しく吐いた。


「私が嫌なのだ。ダリア姉様からの手紙だけでもなにか勘違いしてるのがわかって、直接会えば叱りつけてしまいそうで嫌なんだ」


「叔母上?」


「あれはジルより自分が上だとアピールを欠かさない、だろう?ローズマリア・ブルーデン公爵令嬢の横恋慕に、今度はレティ様への恋着、ましてやアレクへの侮蔑に、最近では私軍まで作ったと聞く」


ロマリア王正規軍、通称レオニティなどセンスのない名前をつけて悦に入っているとの噂話は聞いていたが、ジルサンダーもアレクシスも気に留めていなかった。次期王たるレオンが軍を整えるのは良いことだと勝手に思っていたのはジルサンダーで、アレクシスは馬鹿がなにをやっても馬鹿のやることだから、とまったく意に介してなかっただけだ。


「玉座に着いたわけでも、マリオット義兄さまから指名されたわけでもないのに国王正規軍などと、謀反を疑われても仕方のない名前を付けて訓練するなど、どこの脳足りんの子供(ガキ)のすることか、と呆れてしまう。が、仮にもロマリアの王子のすることだ、子供の遊びと思われなければ政変が起きるかもしれないし、内乱の兆しを感じ取った恩知らずが戦を仕掛けてくるかもしれん。そういうことがわかってないような脳無しとは会いたくない」


それでも甥としてレオンを可愛いと思うのか、レイチェルは頬を膨らませて不貞腐れたように身体を椅子に投げ出した。


「だから俺はマルガの子になりたいんだ」


ジルサンダーの言葉にアレクシスは苦々しげに下唇を咬んだ。


「レオンはレティになにをするかわからない。さらにローズマリアがどの手段に出るかもわからない。こちらに来る前にひとつの懸念は払ってきたが、それも次に新たに湧かないとも限らない。俺がロマリア王になることがない、と思わせればレティが狙われることもない」


「けど、あの毒婦はジルにいさまを愛してますよ?!」


「だとしても国は越えられない、あれはロマリアの王妃にならねばならん女だから」


「だとしたら僕はやっぱり商人になります、あれを娶る気にはならないですから」


アレクシスがぷいっと顔を背けてしまう。


「そうするとレオンが次期ロマリア王か、本人の望むとおりに?それはなんとも危険な話だな」


カザーロマルタが呟いた。


「せっかく平和を保ってきたのに、好戦的なロマリア王の誕生ではマルガは単純に祝えないじゃないか」


ましてやアレクシスに馬鹿兄と呼ばれる男だ。

武芸に秀でた噂は数あれど、政治的な話が一切聞こえてこない男が治める国など始まる前から末路が見える。


「ならば俺がマルガを護ろう」


ジルサンダーの低い誓いに、その場の誰もが彼が本気でマルガの子になろうとしているとわかって固唾を飲んだ。

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