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67 ジルサンダーが王になるのは神の意思

「え?なんだって?」


やっと掠れながらも声を出したのはロマリア王国で育ったレイチェルだった。


ロマリア・ロマリアは女神ソフィテルに選ばれ王になった。女神の加護により、万物を自在に操る能力も得た。新たな女神顕現の際には新たなる王が選ばれる。


これは400年昔から伝わるロマリア王国の礎。

そしてこの世界の根幹となる宗教観でもある。


各国にある教会に鎮座するのは女神の神像。

その姿はソフィテルを模しているといわれ、波打ち輝く金色(こんじき)の髪に、慈悲の光を過分に湛えた菫色の瞳、細い肢体がいかにも女性らしいなだらかな曲線を描く。神像は人々を護るように両手を前に捧げ、一歩足を前に出している。これはすぐにでも助けにいく女神の意志を示していると言われる。

布を巻いただけの、絹の御衣を纏ったソフィテル像は神格高さが際立ち、その神々しい姿に敬虔な民は誰もが跪く。


だからこそ眼前に座る可憐な少女を救国の女神だと言われても、なんとも真実味を帯びない。


「レティ嬢、いやレティ様が女神様?」


衝撃から立ち直ったのか、アレクシスが囁いた。


「レティは癒しの力を持つ、女神の顕現。俺は彼女の光に一目惚れをして、レティは俺をただのジルとして好きになってくれた」


ジルサンダーが淡々と語る。


「ならジルが次のロマリア王じゃないか!」


あっさりと結論を口にしたのはカザーロマルタ。なぜか誇らしげに瞳が熱を帯びていた。


「カジィ叔父上、俺は()()()()王にはなるが、ロマリアとは限らないと考えている」


「ではロマリアはどうなる?」


「アレクがいる。レオンもいる。俺でなくともロマリアは続く」


「ジルにいさま!僕は反対です!ロマリアはにいさまじゃなきゃダメです!」


アレクシスがテーブルを叩いて立ち上がると、身をジルサンダーに寄せて迫った。


「そんなことはない。アレクなら立派にやれる。レオンが王になってもアレクがいればロマリアは安泰だ」


「馬鹿なことを言わないでください!レオンの馬鹿が王になったら僕は商人になって各国を旅する予定なんですから!」


思わぬ告白に今度はジルサンダーが唖然とする。


「なにを、馬鹿なことを!愚かなことを言ってるのはアレク、おまえだぞ?!商人なんて、誰が許すか!」


「それならジルにいさまがロマリアから出ることも誰も許しません!」


途端に兄弟喧嘩がはじまり、カザーロマルタは面白そうに眺めていたが、レイチェルは我に返ったように眼をパチパチ瞬きさせると


「いや、申し訳ないが、そんな些細な話など、どうでもいい、レティ様が女神だという確固たる証がほしいと思うのは私だけか?」


疑うような口振りにもかかわらず、レティ様と呼んでしまう辺りが実に律儀なレイチェルらしい、とカザーロマルタは苦笑を溢した。


「レティは泣けば宝石を流すし、怪我も治す。多分、殺しても死なない」


レイチェルに答えながら、ジルサンダーは愛おしげにレティを見つめた。


「彼女を傷付けることは許さないし、泣かすようなこともしたくない。もしも必要ならば、俺が死んでみせる」


能力も覚醒し、加護も受けた。

おそらくジルサンダーも死にはしないだろう、と目算して言ったが、それには激しくレティが反対した。


「にいさまが死なないと思うのは加護を受けたから、ですか?」


「ああ」


短い返事にアレクシスは弾かれたように微笑んだ。そしてレイチェルに向き直って、叫ぶように聞いた。


「ジルにいさまに能力がないことは御存じですよね?!」


レオンには風を操る能力が、アレクシスには動物との意志疎通能力があることはロマリア王家のものであるレイチェルは知っている。


そして最も王に相応しいと思っていたジルサンダーにそれがないことも。

それをとても残念に思っていたレイチェルが深く頷いた。

アレクシスが期待に満ちた視線をジルサンダーに注ぐ。


「加護を受けたのなら能力を授かったはずです!にいさまが死ななくても、ここでそれを見せてくださればレティ様が女神だと証明できますよ!」


なるほど、と興奮気味の弟を見ながらジルサンダーは納得した。では、やってみようか、とも思った。覚醒したばかりだが、使い方はなんとなくわかる。


ではなにになろうか、と考えて、ジルサンダーはにやりと口を歪めた。


どうせなら派手にいこう。

レイチェル叔母上が好むように!


ジルサンダーが得意の妄想力で形を思い浮かべた刹那、その姿が揺れた。

淡く光り、陽炎のように、その身の存在が薄くなる。そして靄が大きく、大きく、サロンを埋めるように広がって、唐突に色彩を帯びた。


「凄いな!これがジルなのか?!」


感嘆にカザーロマルタが叫んだ。

アレクシスはもちろん、レイチェルもレティも驚きに言葉もない。ただ呆然と眼前にある神獣を見つめることしかできない。


ジルサンダーはロマリア王国の東を護ると言われる神獣になっていた。ブルーサファイアを思わせる強靭な鱗を纏ったドラゴンに。

唸りを上げ、ピンと皮の張った羽を何度か羽ばたかせた彼はくぐもった含み笑いを洩らした。


「俺はなんにでもなれる能力らしいよ」


美しきブルードラゴンの口から出るのは間違いなくジルサンダーの声。


「素晴らしいよ、なんて奇跡を私は目撃しているんだ!生きているうちに女神に会い、新たな王にも会えた!しかもそれが可愛い甥なんだぞ!こんな奇跡が他にあるか?!」


カザーロマルタの声が興奮に裏返っていた。


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