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66 閑話 マリオット・ロマリア

ジルサンダーの妄想と溺愛するほどの執着の根元を書いてみました。本編にまったく関係ないはずですので、苦手な方は飛ばしてください。

わりとムカつくかもしれません。

ごめんなさい。

今朝も侍女が噂している。


まだ私が寝ていると思って、居間の掃除をしながら勝手なことをぺちゃくちゃ喋っている。それが可笑しいやら不快やら、奇妙な感覚に陥る。


「ジルサンダー殿下の溺愛ぷりは眼に毒よねぇ!」


「本当に!レティ様はお可愛らしい方だけど、あの、冷徹殿下が、あれほど、大切になさるほどでもないわよねぇ?」


「あら、やっぱり庶民だからこその面白さがあったんじゃないの?」


「わたくしたちと比べたら手数は多いわよね、慣れてらっしゃるでしょうし!」


「ローズマリア様もお気の毒だわ、あんなにお綺麗なのに殿下が選ばれたのが庶民ですもの!」


「わたくしだったら生きていけないわ」


所作も美しいジルの想い人を大して知りもしないで噂する彼女たちの愚かさに思わず苦笑を洩らしてしまう。それが隣で眠る女の眼を覚ましてしまったのか、衣擦れの音がして、吐息が聞こえた。


「おはようございます、マリオット陛下」


肌を重ねた女はどいつも朝を迎えると甘ったるい声で許してもないのに私の名を平然と呼ぶ。隣の部屋で無駄な時間を潰している侍女どもよりも、私にはずっと腹立たしく感じて、寄り掛かってくる女を乱暴に押し退けた。


「起きたのなら帰ってくれ」


「え?」


「聞こえないのか?帰れ、と言ったんだ」


「マリオット陛下、なにかお気に召さないことでも?夕べはあれほど素敵な時間をくださったのに…」


泣き言もうんざりだ。


どこだかの男爵家の未亡人だと知って、昨夜の夜会で声をかけた。簡単に身体を許すだろう、と目論んで。

案の定、女は私のベッドに潜り込んで、実に娼婦のように艶かしく脚を開いた。

快楽に身を委ねれば、女の煌びやかな美しさも、厭らしいほどに唸る喘ぎ声もちょうどいいスパイスになった。

充分に私の欲求は満たされる。


けれど心までを満たされたとは絶対に言わない。

私の心を満たせる女性は一人しかないのだから。


「確かによかったよ、でも私は疲れている。一人で寝たいんだ、早く帰れ」


「そんな!」


これから王城の一画で爽やかな朝陽を浴びながら仲睦まじく朝食を摘まむことを期待していたのだろうか?

なんと愚かな女だろう。

捌け口以上にはなれないことに気付かないのだろうか?


「とにかく帰れ、早く帰らないと衛兵を呼んで追い出すぞ」


さすがにこれには腹が立ったのか、女はギリリと私を睨み付けてから、わざとゆっくりとベッドから出て帰り支度をはじめた。下着を着け、ドレスを纏う。


昨夜はあれほど美しいと欲情したのに、燦々と降り注ぐ陽のもとで見れば、どうということのない、平凡な女だと思った。

これもいつものことだ。

私にとって彼女以外の女など捌け口として満たされればいいだけの存在なのだから。


最後に髪を調えた女が魅力的にみえるように意識して振り返った。


「では陛下、またお呼びくださいませ」


「二度はない」


そう、私は同じ女を二度は抱かない。

本当なら彼女以外を抱きたくない。けれど私は彼女を抱けない。愛するがゆえに。

あまりにも重く愛しているからこそ、代替品を抱いて自分の欲求を満たしているだけだ。


ショックを受けたのだろう、怒りで肩を突き上げるようにして女は出ていった。


やっと私はホッと息を吐いた。


どうして私は女を抱かずにはいられないのだろう。そんな気分にさえならなければ今でも彼女をこの腕で包み込めていただろうに。


私は思って、自らが恨めしくなる。


あぁ、会いたい。

会って唇を交わしたい。

彼女の豊満な身体を堪能したい。

あの甘やかな香りを心ゆくまで吸って、そのまま息絶えてしまえばいい。


こんな私などいらない。


温かな陽射しがまるで彼女のようで、私は切なくも幸せな気分で微睡んだ。


誰よりも愛し、なによりも求め、私の取るに足らない命よりも貴い彼女(ダリア)と同衾しなくなってから14年も経つ。


公務で逢うことはあっても触れることは叶わない。許されないのだ。


これほど求めてやまないのに傍に寄ることすらできないことに有り得ないほど苛立つ。その苛立ちは3人の息子に向かうが、それを悪いとも私は感じていない。

あれらが産まれなければ私は今もなおダリアを一日中でも傍に置き、愛でていただろうと思えば、憎くて仕方なくなる。


なかでもアレクシスが一番憎い。


あれは難産だった。

産むのが大変だっただけではない。あれはダリアの腹にいるときから彼女を苦しめた。あれほど辛そうにする悪阻など上の二人にはなかった。

そのときから医者には子を諦めるべきか、ダリアを諦めるのか、考えておく必要があると言われた。

そんなことは考えるまでもなく、私はダリアを選ぶと彼女に伝えたが、ダリアは是としなかった。

それがあって、ダリアが私を避け始めた。

まるで共にあれば堕胎のために私が無茶を強いるとでも考えているように。


彼女から拒否される苦しみから逃げるため、私は腹の悪魔が産まれるまでは会わないように気を付けた。


漸く産気付いたダリアは苦しみ、苦しみ、苦しみ抜いた。途中、子供を諦めろ、と医者が諭したのにダリアは自分はどうなっても構わないから産みたいと訴えた。


そんなことが許されるはずがない。

私は医者にダリアの命がないときはおまえの一族郎党すべての命が失われると思え、と恫喝した。


なんとかアレクシスを産み落としたが、次の子を望めばそのときこそダリアの命は保証できない、とまたもや医者は私を脅した。


それは迂闊にも彼女を抱けば、子ができてダリアの身体が危うくなるということだと理解した。だとしたら私は彼女を抱けない。

抱けば、いくら気を付けても妊娠の可能性が出てくるのだから。


彼女が生きてさえいれば、私も生きられる。


だから私はまたダリアから離れた。

苦渋の決断、苦肉の策、そしてなによりも愚かな行動だと思う。

けれど私にはそうすることしかできなかった。


会えば触れたくなる。

触れれば抱きたくなる。


どうしても我慢できないときは真っ暗闇で女を抱く。ダリアを抱いてると妄想して。

だからだろうか。

朝が来るとがっかりする。幻を求めて、満たされたのは欺瞞だったと無力感に苛まされる。


ジルを見ているとつくづく私の血を継いでいると実感する。

レティという、あの平民出の少女に対する執着の仕方がそっくりだ。


同じ道を辿らないように親としては祈るばかりだが、おそらく同じ轍を踏むのだろう。それは避けられない宿命なのではないだろうか。

願わくばレティが丈夫な身体であるように、と祈るしかない。


あぁ、ダリア。

愛しいダリア。


早く私の欲が枯れて、貴女の傍で穏やかに過ごせる日が来てほしいと、そればかりを心から毎日願っているよ。


どうかそれまで恙無く、無事に元気で生き抜いてくれ。


あと一度、たった一度でいいからダリアを抱きたい。彼女の奥深くに私を埋めてしまいたい。


その想いがある限り、私は彼女に会うことが叶わない。


そして今夜も夜会で適当な女に声を掛けるのだろう。


溢れるため息に終わりはない。

最後まで読んでくださり、感謝します。ありがとうございました。

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