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65 レティ救出の代償

マルガ国主自らが厨房に立って調理した素晴らしい料理を堪能した面々は場所をサロンに移して食後のお茶を楽しんでいた。


相変わらずの食欲を総動員したレイチェルによって、ほぼ完食されたとはいえ、かなりの量のご馳走のあとだったので、ロマリア一行はサロンのテーブルに並べられた色も形も綺麗な菓子に眼を奪われつつも胃に余裕がない、と嘆いていたが、レイチェルはやる気も満々に腕捲りをすると、手当たり次第に手元の皿に移してはイリュージョンのように消えていく見事な技を無意識に披露していた。


「見てるだけで吐き気がするよ」


ジルサンダーが小声で呟いた。幾分か、引き攣った笑顔のレティも同意見だったが、さすがに言葉には出さなかった。


「それで叔母上、そろそろ相談というのをお聞きしても?」


レティを無事に保護した暁には相談したいことがある、と告げられていたので、ジルサンダーはずっと戦々恐々としていたのだ。


「あの事かい?本当に頼む気なのかい?」


カザーロマルタがレイチェルに上目遣いで窺えば、レイチェルはにかりと笑んで大仰に頷いた。


「では私から頼もうか」


口いっぱいに菓子を詰め込んでいる妻の代わりにカザーロマルタが口火を切った。ちなみにレイチェルはよく食べるが、決して食べ方に品がないわけではない。レティはそれをとても不思議に思っていた。口にものを詰め込んでいるのに食べる姿はなぜか美しいのだ。


「叔父上、レティを助けられたことには心から感謝していますが、ロマリアの王子として承知できないこともあるのはわかってください」


「そんなことは心配しなくていいよ。私たちはなによりおまえたちの幸せを願ってるんだからね」


ふわりと微笑んだカザーロマルタが持っていたカップをテーブルに置くと、姿勢を糺して空咳を洩らした。


「私たちに子がないのは知ってるだろう?レイチェルとも話し合ったんだが、ジルかアレク、どちらかでいいから、その気があるほうでいいから、うちの子にならないだろうか?」


「…………え?」


「もちろん私としてはふたりともうちの子になれば嬉しいけど、マリオット兄上が困るだろう?」


「…………え、あ、はぁ…………?」


名指しされたジルサンダーもアレクシスも突然の申し出に紡ぐ言葉をみつけられない。


「ご覧の通り、私は料理や裁縫をすること以外大して役に立つ男じゃないから、執務のすべてはレイチェルが教えることになると思うけどね、でもレイチェルはとても優秀な先生だし、おまえたちも随分と優秀な生徒だから、きっと大丈夫だよ」


「いえ、あの、そういう心配はしてませんが………えぇ?」


ジルサンダーが言い淀んでいたとき、アレクシスが真剣な眼差しを横に座るカザーロマルタに向けると意志の隠った声音で聞いた。


「なぜ僕たちなんですか?ロマリアにはもう一人王子がいます」


カザーロマルタがアレクシスの詰問に困って眉を下げたので、珈琲で菓子を流し込んだレイチェルがアレクシスに向かって無表情で答えた。


「レオンはダメだ。あれはすぐに戦を仕掛けるからな」


辛辣な口調に今度はジルサンダーが眉を顰めた。


「そんな気配を感じているのですか?」


平和を維持し続けているマルガに不穏な空気があるからこそ、養子の話も出たのだろうし、喧嘩早いレオンでは国主に相応しくないと判断したのだろう、とジルサンダーはレイチェルの雰囲気から感じ取っていた。


「あくまでも可能性だがな、コリンナの宝石が尽きかけているらしい。財政難に無計画に掘りすぎているとは思っていたが、そろそろ限界が見えはじめた気がするんだ。軍備を整えている噂もある。とにかくキナ臭い。となると隣接しているマルガは真っ先に狙われるだろう、特に近年は絹製品が調子がいいからな」


「コリンナの宝石が………」


ちらりとジルサンダーはレティを窺った。感慨深いと言っていた彼女の心中を慮る。


「とにかくマルガは戦を回避したい。攻められる前に逃げるのが目的だから、レオンのような気の短いのはお断りだ」


レイチェルが吐き捨てるように言った。アレクシスが俯いてゴニョゴニョと呟いていたが、それは隣にいたカザーロマルタにしか聞こえなかったらしい。

叔父はプッと吹き出すとアレクシスの肩を優しく叩いた。


「確かにレオンは政治には疎いかもしれないが、あの勇猛さは国主向きともいえるぞ」


「だが、マルガは求めていない」


よほどレオンを養子にはしたくないのか、レイチェルは静かだが、強く言い切る。


「まぁ、すぐにでも決めてほしいとは言わないが、考えておいてはほしい。マリオット義兄上(あにうえ)にはまだ話していないが、ダリア義姉上(あねうえ)にはその考えがあることだけは伝えてあるんだよ」


カザーロマルタが柔らかく微笑んだ。

それでもロマリアの王子たちは固い表情のまま、視線を彷徨わせている。


「母上は、なんと?」


おずおずと躊躇いつつ聞いたのはアレクシス。


「ダリア義姉様はおまえたちが望むなら反対はしない、と…」


レイチェルが珍しく口籠り、はっきりとしない。

カザーロマルタがその様子に眉を下げて、無意識なのか、アレクシスの頭をそっと撫でた。


「望まないなら断固拒否する、とはっきり言われたよ」


「カジィ!!」


「レイチェル、こういうことははじめにちゃんと話しておかないと、あとで遺恨に残るのはお互いのためによくないよ」


「たが!」


「貴女が彼らを愛しく思うのは理解してるけどね、ダリア義姉上だってそれ以上に彼らを愛してるんだから、私たちの気持ちだけを押し付けるのはいけないよ」


カザーロマルタの穏やかな口調にレティはレイチェルが強く雄々しくなれるのが理解できた気がした。妻が我欲に走りそうになれば、ちゃんと夫が道理を示すから、マルガは平和でいられたのだ、と。


レティは横で己の手をぎゅっと強く握ったジルサンダーを見上げた。蒼く澄んだ瞳が僅かに揺れ、すぐに強い光を纏った。そして軽く頷く。


「カジィ叔父上、レイチェル叔母上、それからアレク、今から内密の話をしようと思う」


唐突に低く言葉を発したジルサンダーに視線が集中する。レティは勇気付けられることを願って、そっと肩を触れ合わせた。


「俺が養子になってもいい。けどひとつ知っておいてほしいことがあるんだ」


「なんだろうか?」


期待に満ちた瞳を輝かせたカザーロマルタを真っ直ぐに見据えてジルサンダーははっきりと言葉にした。


「レティは救国の女神なんだ」


この瞬間、鼓膜に痛みを感じるほどの静寂がサロンを支配した。

簡単な世界観を説明します。

まず中央にロマリア王国があります。ロマリアは戦が起こることだけは避けたかったのと、互いに不干渉でありたいと望んでいました。なのでマルガ、リッテ、コリンナ、あとひとつドリューの国々はロマリア王国を挟むように配置させました。


北にマルガ

南にリッテ

西にコリンナ

東にドリュー


さらにそれぞれが容易に攻め込まないよう、ソフィテルによって浄化さてれていない広大な土地を間にあるように国の位置を決めました。


貿易が盛んになり、各国の商会が輸出入を行うようになると国と国を繋ぐ貿易路が作られましたが、中継地点にロマリアを通らなければ毒素の空気に、魔獣の襲撃、植物から発する有毒ガスなどでやられてしまうので、貿易路はロマリアから四方に伸びています。

ところが近年、コリンナは採掘する宝石の減少により北へ北へと城壁を越えて進むうちに犠牲者を出しながらもマルガの南西の最先端まで国を広げてしまいました。本来なら隣接するはずのない国同士が接してしまったことで、マルガの南西にあるステラ地区辺境国境警備隊に緊張が走っている状況なんです。

実際にコリンナに攻めるつもりがあるのかは物語に関わるので、これで終わります。


長々と失礼しました。

読んでくださって、本当に嬉しいです。

ありがとうございます。

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