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64 男前な王妃の夫は女子力高めの人でした

様々なことをジルサンダーと話ながら着々と馬車を進めてきたレティたちロマリア一行はレイチェルの


「我が家だ!」


という張りのある声に一斉に窓から身を乗り出した。遥か先に聳える白亜の山が視界に入ったが、城らしきものは見えない。

しかしロマリアとともに造り上げた記憶を持つレティには懐かしさに涙が溢れるかと思った。


泣けばバイオレットサファイアが落ちるので、ぐっと我慢する。女神は宝石を流すが、人は体液を流すのだから。


「かつてのロマリア国王陛下が創建したままの由緒ある城だよ、多少増築はしたらしいがね」


耳元でジルサンダーがする説明にレティはほわりと微笑んで眼を細めた。


「はい、本当に懐かしいです」


近付くにつれて、白亜の山にポツポツと等間隔に穴が空いているのが見えてくる。それらは各部屋にある窓で、眼を凝らせば後付けされたバルコニーも視界に収まりはじめた。


「そうだね、ソフィテル様も手伝われたんだね」


「はい、マルガは一番はじめにロマリアが建てた浮民の国ですから、思い入れは強いのかもしれません」


マルガリッテの城に向かって真っ直ぐに伸びる横幅1kmはあるかと思うほどの広いメインロードを駆け足で進むレイチェルに街の人々が道に建ち並ぶ店から出てきて大きく手を振っている。


「ここは商業地区だから、並ぶ建物は店ばかりなんだ。この裏手に家があって、さらに職人街が広がる」


「そんな風に街を造ったんですね、マルガリッテ様は」


「マルガリッテ女王陛下にも会ったことが?」


「はい、国主として立った初代の方にはお会いする機会がなかったのですが、マルガリッテ様が執政者になってからロマリアとの貿易が積極的に盛んになったんです。行動的なマルガリッテ様はお忍びでロマンにやってきてはロマリアを驚かせていましたよ」


「史実では大変立派な方で、荒れていた国民の気持ちをひとつにして、正しく道を示された、とあるけど、事実は奇なり、だね」


風に乱れたレティの赤毛を調えるように優しく漉きなからジルサンダーは囁いた。


(ソフィテル)がはじめてお会いしたのはバルコニーなんですよ、迂闊にも悲鳴を上げてしまって大騒ぎになったんですけど」


「ん?どういうこと?」


「お忍びで来られたマルガリッテ様が門兵に入城を拒まれて、お城の外壁を登ってこられたんです。辿り着いた先がたまたま(ソフィテル)の部屋で、あのときのロマリアの怒り様はいま思い出しても可笑しいです」


我慢できなかったのか、レティは口許を押さえて可愛く小さな笑いを洩らした。


「それはなかなか凄いことをする方だね」


「はい、とても楽しい方でしたから、お会いするのはとても嬉しかった記憶があります」


都の名前にもなっているマルガでは伝説であり、神話にもなっている偉大な女王マルガリッテ。

それほどハチャメチャな性格だったとはさぞ周りのものを困らせただろう、と思ったジルサンダーは己は少し大人しすぎたか、と苦笑した。


「門を開けよ!」


レイチェルの声が白亜の山に響き渡る。衛兵が恭しく敬礼してから重厚な門が音もなく全開した。


「着いたよ、レティ。疲れてないかい?」


柔らかな声音で窺ったジルサンダーがこくりと頷いたレティの頬に軽く口付けた。


執事のガードルートが出迎えたあと、各自の部屋へ案内されるかと思いきや、ロマリア一行は真っ直ぐに食堂に連れていかれた。

まず食事をしよう、ということらしい、とレティは気付いて、道中のレイチェルの食べっぷりを思い出して口許を緩めた。


食堂はとても広かった。

ロマリアの大聖堂ほどもあるのではないか、と思うほどの広さに、その空間を埋め尽くす巨大な大理石のテーブルが置かれていた。

すでにテーブルのうえには数々の料理が所畝ましと乗っている。

まるでテーブルがひとつのお皿のように様々な料理が美しく盛られていて、眼にも美味しい風景だった。


あまりの景観に呆然としていたレティを横切るようにご馳走を両手に持った背の高い男性が現れ、レティの腰を抱くジルサンダーに視線をやってからにっこりと破顔した。


「よく来たね、どこでもいいから座っておくれ」


飾らない物言いで笑う男性にジルサンダーはレティから僅かに離れると騎士の礼で応えた。


「お会いできて光栄です、カジィ叔父上」


「え?!」


驚くレティの眼前にはエプロン姿の、男性だけ。


「貴女が奇跡のレティ嬢か、はじめまして。私が一応はこの国の国主を担ってるカザーロマルタ・マルガだ」


「お招きいただき、感謝致します。レティと申します」


慌てたせいで、完璧とは程遠いながらもなんとかカテーシーの姿勢を取る。下げた顔からじわりと汗が染み出るのがわかって、レティは紅潮した。


「堅苦しいことはなしだよ、温かいうちに食べて貰わないとね」


カザーロマルタが言った瞬間、足音も高く入ってきたレイチェルが


「腹が空いては戦ができぬ、と言うであろ?アレクシスも早く入って食べろ!」


と、アレクシスを食堂に押し込んだ。


「でもレイチェル叔母様!まずはカザーロマルタ陛下にご挨拶をしなくっちゃ!」


「私ならここにいるから、とにかく座って食べておくれ。腕によりをかけて作ったんだからね」


持ってきた料理を空いている隙間に差し込むように置いているエプロン姿のカザーロマルタを信じられないように眇めて見たアレクシスが瞠目する。


「カジィ叔父様?!」


「アレクもよく来たね、おまえは確か猪肉のスパイス煮込みが好きだったろう?ちゃんと作っておいたからね」


朗らかに微笑んだカザーロマルタは両手で上座の椅子をふたつ引いてジルサンダーとレティに座るように促す。


「カジィ叔父様!お久しぶりです!」


叫んでアレクシスは彼に駆け寄り抱き付いた。大きくなったといってもカザーロマルタの背には敵わず、叔父の腰に腕を回して頬を胸に擦り付けた。

それを愛おしそうに見下ろして、カザーロマルタはアレクシスの頭を優しく撫でた。


「会えて嬉しいです!」


「ああ、私も嬉しいよ、随分と大きくなったな」


口調は楽しげだが、カザーロマルタは寂しそうに眉を下げていた。国境を越えなければ会えない甥の成長を常に見守れない悲哀をその背中から漂わせている。


「実に旨そうな匂いでたまらないな!食べよう!」


レイチェルが我慢できずに己で椅子を引いて座ったので、ガードルートが慌てて手を添えた。それを見て、ジルサンダーがレティをエスコートして座らせると、彼自身も椅子を彼女に近付けてから座った。


カザーロマルタもアレクシスを促して己の隣に腰掛けさせると大きく破顔した。


「では、頂こう!」


飾り気のない、いかにも彼らしい挨拶で気楽な食事会が始まった。

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