表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/111

61 閑話 ジルサンダー(後編)

甘い、というか、大人向け回かもしれません。

苦手な方は避けて通れる道ですので、とばしてください。いつもありがとうございます!

アレクシスが10歳になったとき、窓越しに鳥と話しているのを見た。はじめは動物に話し掛けているだけで、優しい性格の子供なんだ、と感心する程度だった。


レオンに話をすればアレクシスが8歳のときから庭園で遊ぶと周囲を動物で囲まれることが頻発して、アレクシスが話し掛けると応えるように動物たちが鳴くんだ、と教えられた。


もしかして意志疎通が可能なのか、と考えたのは俺が16歳のときだった。レオンが夜中にこっそりローズマリアにラブレターを書いては鍵のかかる抽斗に溜め込んでいるよ、とアレクシスから聞いたのが、初めだった記憶がある。


なぜ知っているのだろう、と俺は不思議に思ったが、無邪気に話すアレクシスが愛しくて、問い質す気にもならなかったんだ。


そんなことが幾度があって、後宮(ゴールデンダリア)に紛れ込んだ子猫を可愛がるうちに母上の慰めにもなるから、と飼われた黒猫が姿を消した事件のときにアレクシスの能力に気付いた。


嘆く母上を可哀想だと、アレクシスが城中の鼠を呼び集めたんだ。そして彼は何百と集まった彼らを前にして、真剣な表情で頼んだ。


「お母様の猫を見付けて。いつもおまえたちを追い掛けてる、あの黒い猫だよ、わかるよね?」


鼠たちはチュウと一声鳴くと、てんでバラバラに散って行ったが、暫くすると1匹ずつがアレクシスの元に戻ってはチュウと鳴き、また去っていく、ということが繰り返された。

彼らが来る度にアレクシスは礼を伝え、干したトウモロコシを与えた。


そしてやっと有益な情報を手にしたらしく、アレクシスは解散を言い渡すと、俺についてきてほしいと頼んだ。庭園の端にある害獣用の罠に猫がかかってしまっているから助けなければならない、とアレクシスが縋ってきたんだ。


半信半疑で行ってみれば、息も絶え絶えの猫が果たして本当に罠にかかってぐったりしていた。怪我も酷く、俺はなるべく早く、そして負担を掛けないように気を付けながら罠を解除した。


結局その猫は助からなかったのだが、それでも最期のときは母上の腕のなかだったので、アレクシスは泣きながらも俺に感謝してくれた。

だからこそ俺はアレクシスに聞けたんだと思う。


アレクは動物の話すことがわかるのか、と。


きょとんと呆けたあと、アレクシスは小さく首を傾げた。そして言ったんだ。


「ジルにいさまはわからないの?」


レオンは風を操る能力が、アレクシスには動物との意志疎通能力があると知って打ちのめされた瞬間だった。


なぜ俺にはないのだろう、と幾晩か、俺は自分を責めた。加護を与えてくれなかった神を呪った。

能力を授けてくれなかった国王と王妃を心のうちで(なじ)った。


どす黒い感情の渦にのみ込まれそうになっている俺に手を伸ばして掴んでくれたのはいつでもギルバートだった。彼はにこやかに、俺の悩みなど些末なことだと笑い飛ばし、


「誰よりも王足る資質をお持ちなのはジル様でございます。わたくしはその尊き頭に王冠が載せられる様が見えておりますよ」


と囁いた。


そしてそれは真実となる。


俺は女神の顕現を目撃し、彼女の愛を得て、さらに女神の加護による変化の能力を授かったんだから。


癒しの力を使って淡く光るレティを見たときは女神だから近付きたい、と願った。いつでもずっと俺を信じて、俺の王足る資質を信じて、そのために頑張ってきた努力が報われるのを祈ってくれたギルバートのためにも女と関わるのが心底面倒だとしても、俺は彼女の傍に行かなくてはならないと強く思っていた。


それなのにアレクシスに頼んで、動物たちからレティのことを聞く度に高鳴る鼓動に気付かないフリをした。けれど助けた猫を温かい笑顔で眺めていた姿を思い起こしては苦しくなる胸に、どうやら俺は女神に一目惚れをしたのだと理解した。


それを自覚してしまえば、もう彼女のない人生など考えられなくなった。姑息と言われようとレティの愛をもぎ取らなければ自分の人生にすら意味を見出だせずに幕引きしたくなるだろう、と感じた。


ギルバートの知恵を借り、アレクシスの力を借りて漕ぎ着けたサーカスデート。

贈ったドレスがよく似合っていて、本当に花から出てきたばかりのような妖精に見えたレティに俺は呼吸が止まるかと思った。こんな状態の俺が馬車のなかで2人だけの時間に緊張で気が触れるのでは…と心配したが、無意識に彼女の腰を抱き、拒否されなかったことに調子づいて髪にキスをして、さらに手を取って唇を触れさせてみた。嫌なら嫌だと言ってくれないと俺はもう制止が利かない、と思ったが、レティは嫌じゃないと照れていた。

それが本当に嬉しくて、俺をただの俺としてレティは受け入れてくれたんだと感じたら、サーカス会場でも俺はレティ以外が眼に入らなくなっていた。


触れたい気持ちが抑えられず、自分の昂る感情のまま彼女にキスをすれば感じたことのない幸福感に包まれるのに、離れた瞬間から更なる触れ合いを渇望する、たちの悪いスパイラルに陥って、その日一日、俺は唇以外のあらゆるところにキスをし続けた。


触れる度に刻むように震える彼女がまた愛しくて、あまりの離れがたさに連れ去ろうかと、幾度も考えてはやめた。


ギルバートから飛ばしすぎると次がないですよ、嫌われますから、と言われてなければ俺は確実に彼女のすべてを自分の物にしてしまっただろう。


だからレティがマルガに拐われたと知ったとき、まずは彼女に触れたアーロンを生かしてはおけない、と沸き上がる殺意のなかで思った。

俺からレティを奪うことが許されると思ったら大間違いだ、と地の底だろうと天の雲を越えようとも、追い詰めて殺してやるつもりだった。


それを止めたのもギルバートだ。

リチャードは有能かつその父ミケーレを味方につけることは今後の覇道に必要不可欠なのだから、私怨でアーロンを弑してはならない、と諭された。


結果として不愉快なカリーナを廃し、ピナールに恩を売ることができたから、殺さないことにも価値があったと思ったが、正直いまでも辺境まで追い掛けて殺してやりたいと願ってはいる。


やっと俺の腕に戻ってきたレティには意識がなく、やはりあんな生温い処罰で許すべきではなかった、と彼女を抱き締めながら何度も後悔した。

唯一の救いは抱き締めるレティの身体が柔らかく温かいことだった。口許に頬を寄せればか弱くもしっかりとした呼気が感じられ、俺は安堵に泣きそうになるくらいだった。


やがて彼女が目覚め、喜悦に愛する気持ちをぶつけていたら


「眠れば王子のキスで起こしてくださるんですよね?」


なんて、可愛らしいことを掠れた声で強請られて………


これに抗えるやつがいるなら俺の前に連れてきてほしい。一発ぶん殴って正気に戻させてやる。

仮にレティに対して愛情などなくても俺なら我慢できない。ましてや俺は彼女にでろんでろんに溺れているんだ。耐えられるわけがないだろ?


それでも俺は慣れない彼女のためにも触れるだけで満足しようと努力はしたんだ。

努力だけは、頑張って、みたつもりなんだけど。


思わぬタイミングで能力が覚醒したりして、俺なりにハプニングがあったけれど、そんなことは、もう、どうでもいい。


レティから俺の胸に触れてくれたんだ。


なにを確かめようとしたのかもわからないけれど、そんなこともどうでもいい。

大切なのは彼女が俺に触れたことだけ。


あれで俺の理性はぶっ飛んだ。


冷徹王子と揶揄された、俺の、鉄壁の、理性はレティの前で敢えなく崩れて吹き飛んで、跡形もなく消え失せた。


触れ合うだけのキスで満足できるわけがない。

彼女の唇を抉じ開けて舌を絡めれば、甘い吐息が彼女から洩れ、さらなる欲情を煽られて、俺の頭が爆発してた。


もっと、もっと、もっと、彼女に触れたくて、レティのすべてに俺を刻み付けたくて、俺は彼女をひたすら求めて、無意識にドレスの紐を解いていた。


自然と掌がレティの乳房を求めて蠢いたとき、やっぱり俺を止めたのはギルバートだった。


沸きに沸いていた脳と感情から一気に熱が退いていって、俺は自分がコックス伯爵夫人と同じことをレティにするところだったと気付いて、総身から血の気が引いた。


これほどまでに求めて愛するレティの信頼を失う寸前だったと、全身が耐え難い自責の念に包まれた気分だった。


もう二度と理性を失うようなことはしない、自制心を鍛えなくては、と俺は自分自身に強く誓った。


ただ、レティには理解してほしい。


俺はそれだけ彼女を愛してるんだ。

そしてこんなに求めるのはレティだけなんだ、と。


これは俺にとっての初恋なんだと………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ