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6 レティ、癒しの乙女だと知る

レティが己の掌から放たれる光に癒しの能力があることに気付いたのは、ひょんな偶然からだった。


その日は母親の古い友人から頼まれていた白パンを配達するために旧市街地に向かった。アルフィのパンがあるのは下町だが、新市街地の下町である。かつて初代ロマリア王が造ったのが旧市街地であり、彼の亡きあとブルーデン公爵家が先導して造ったのが新市街地だと言われている。


レティは旧市街地が好きだった。


新市街地に建ち並ぶ家々が木造や煉瓦造りであるのに対して、旧市街地の家は全てが盛り上がった大地で出来ている。

それも大理石のような光沢を持つ乳白色の石で出来ていて、岩をくり抜いたような外観である。

しかしなかに入ると妙に暖かみのある雰囲気で、新市街地よりもずっとレティの心を楽しませてくれた。


メインストリートを抜けて、狭い路地を突っ切れば、ポコポコと石造りの家が並んでいる、その一角に目的の家はあった。


「こんにちは!」


玄関のドアをノックすると、なかからバタバタと派手な足音が響いてきた。

この家に住む、母親の友人の孫だろう、とレティは想像して微笑ましく思った。


その時、さらに騒々しい音がドアの向こう側からしたかと思ったら、続いて火が着いたように泣き叫ぶ声が響き渡った。


慌ててレティはドアノブに手を掛けて引いた。鍵は掛かってなかったようで、ドアは簡単に開く。その勢いのまま駆け込めば、案の定、転んで膝を擦りむいた男の子が痛みにギャンギャン泣いていた。


「あらあら、走っちゃダメ、ておばあちゃんも言ってたでしょ」


穏やかに話しかけながら、レティは男の子の膝の怪我を確認する。多少、擦りむいた程度で、血も大して出てはいない。この程度で良かった、と安堵して、彼女はまだ華奢な膝に掌を当てた。


「男の子でしょ、このくらいで泣いちゃダメ。今からおまじない、してあげるから、泣かないで」


「おまじない?」


首を傾げて、男の子がレティを見上げた。その視線に頷いて返すと、膝に当てた掌を撫でるようにくるくると回した。


「痛いの、痛いの、お空に飛んでけ!女神さま、ありがとう」


遥か昔から伝わるおまじないをレティは口にした。

なんでもないものである。

子供なら誰しもが一度は大人にして貰う程度のおまじないだ。


それなのにレティの掌から淡く暖かい光が瞬き、手を膝から外したときには、確かにあった擦り傷が跡形もなく消えていた。


「わぁ、本当に痛くなくなった!ありがとう、レティおねいちゃん!」


男の子は元気良く立ち上がり、嬉しそうに部屋のなかを走り回る。レティは信じられない思いで、己の手をじっと見つめるしかできなかった。


レティは悩んだが、帰るなり、両親に己に癒しの能力があることを伝えた。隠し事をしない、が父アルフィの教えであることから、レティは夢の話からはじめて、男の子の怪我を治したことまでを語った。


母のカレンは驚きに言葉もなかったが、いつもは寡黙なアルフィがレティの頭をそっと撫でて、素晴らしいことだと褒めた。


「だけど、これは内緒にしよう。家族だけの秘密」


20歳の成人の儀式にロマリア王国民が聞かされる伝説がある。アルフィもカレンも神話としか認識していなかった、その物語をレティの話を聞きながら頭に浮かべていた。


かつて世界は混沌としていた。

しかし天から女神が降り立ち、ひとりの青年を愛した。女神ソフィテルから愛された青年ロマリアは不思議な力を使って人々を護り、女神ソフィテルの癒しによって大地が浄化され、ロマリア王国は誕生した。

女神ソフィテルに愛されたロマリアは死からも逃れ、ふたりは手を携えてロマリア王国を発展させたが、王妃ソフィテルの死によってロマリア王も逝去し、ロマリア王の御子が国を治めた。

救国の女神の加護がない王は人として寿命を全うする。ロマリア・ロマリアの血筋を王家とするが、いつの日か救国の女神が顕現し、新たな王を決める。

女神に愛されたものこそ、ロマリア王国を統べるに相応しいものである。


つまり現ロマリア王家は女神が真実の王を愛するまでの繋ぎに過ぎない、と王家が主導して国民へと流布しているのだ。


しかしその物語を信じるものはいない。


あまりにも荒唐無稽だったし、なにより魔法の存在しない世界である。誇張があっての伝説だと、成人の儀で耳にしたものは皆、そう思っていた。

だからこそロマリア王家に対して畏敬はすれど不満をぶつけるようなことはしなかった。

本来の王でなければ、この国の誰よりも豪勢に優雅に、国の中心にある眼にも楽しい白亜の城に住むなんて赦されないのだから。


初代ロマリア王妃ソフィテルは救国の女神として癒しと浄化の能力があった。


新たに顕現する救国の女神、癒しの乙女も同じ能力を有する。


それはこの国で成人したのもなら誰もが知る伝説だ。


そしてアルフィとカレンの眼前にその奇跡が存在していた。


ただの下町のパン屋の娘。


その日からレティの両親はゆっくり安堵して眠ることができなくなった。いつか大事に慈しんできた娘がロマリア王国の真実の王を選定する女神だと知られて、想像もつかない波に翻弄されてしまうのではないか、という不安に苛まされる夜が続いたからだった。


誰にもレティが女神だと知られないようにしなくては…


ふたりは毎晩のように神に祈った。


けれどその祈りは届くことはなく、ほどなくしてレティの能力に気付くものが現れた。


それもまた運命としかいえない出逢いなのであった。

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