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59 閑話 パーシバル

ロマリア王国開国当初から綿々と続く三大公爵家のうちブラッディ公爵家とデイグリーン公爵家の当代当主に振り回されたパーシバルは国王マリオットへの報告が終わったことでやっと解放されていた。

まだ付き合わされていたら、さすがにアレクシスに恨み言のひとつやふたつみっつ…いや10くらいは書き連ねてマルガに送り付けるところだったが、幸いなことに公爵家の面目が潰れることもなく、問題を起こした令息令嬢を秘密裏に処断したことで安堵に胸を撫で下ろした当主たちがパーシバルを労ってくれたこともあり、彼の機嫌は持ち直していた。


アレクシスの私室横の控え部屋を己の部屋に改築し、パーシバルはそこで生活の全てを賄っている。今はその唯一落ち着く空間で、ひとり書類の整理に勤しんでいた。


マルガでは晩餐のときだろうか。


ふと思って窓の外を眺めたパーシバルの視界に足に紙を巻き付けた鳥が3羽舞い降りてきた。

アレクシスからの連絡だと察したパーシバルはすぐに窓を開けてやる。


すると鳥は躊躇いもなくデスクの上に降り立った。


「疲れただろう、よく頑張ったな」


鳥の言うことはわからないが、鳥が理解しているのはアレクシスのおかげで知っているので、パーシバルは乾燥させた豆を手に、鳥に労いの言葉をかけた。嬉しそうにピチュチュッと鳴いて、パーシバルの掌に乗ると、豆を啄みはじめる。


暫くして、掌からぴょんと降りたのでパーシバルは鳥の足から手紙を外した。それを確認すると、鳥たちはパタパタと音を立てて飛び去っていく。


パーシバルは細く巻かれた紙を丁寧に広げ、アレクシスの几帳面な字に眼を走らせた。


レティが無事に保護されたこと。

レイチェルが場合によっては彼女の後ろ楯になること。

アーロンはリチャードが捕らえたこと。

そして誰も怪我せずに無事にマルガで楽しんでいること。


パーシバルは最後の文章まで眼で追って、書かれた文字にほわりと胸を熱くした。顔が弛み、にやつくのを止められない。


パシリと両手で挟むように頬を叩いてから、また丁寧に手紙を巻いて鍵のかかる抽斗にしまった。


そこへレティの専属侍女であるナタリースーがノックのあと、応えもなく入ってきた。


「どうした?」


パーシバルが聞けば、


「なにか情報がないかと思って…」


と、ナタリースーが砕けた口調で答えた。一瞬、アレクシスからの手紙を見せようかと思ったが、パーシバルはナタリースーの腰を抱くとソファに共に座り、手紙の内容を話すことにした。


「レティ様は無事に救出されたそうだよ」


「ホント?!良かったぁ!」


ナタリースーがホッとして力が抜けたのか、パーシバルの肩に頭を凭れさせた。それを抱えるように手を置き、指先でナタリースーの赤毛を弄ぶ。


「ナタリーが無事か、レティ様も随分と気を揉まれたようだから、手紙でも書いて差し上げるといい。アレク様の読みだと暫くマルガに滞在されるようだから」


「ええ、すぐにでも書くわ!」


彼女の鮮やかなグリーンアイが光を受けてきらりと輝きを発した。

その美しさに息をのんだパーシバルはナタリースーの頭を抱いたまま、彼女の唇を奪う。色気に艶めいた吐息がナタリースーから洩れて、パーシバルは己を失うほどに昂った。


「あまり誘惑しないでくれ、結婚まで待てなくなる」


漸く唇を離したパーシバルがナタリースーの耳許で囁く。誘った記憶もつもりもないナタリースーは頬を真っ赤にしてパーシバルの胸を軽く叩いた。


ナタリースーは名門フェアウェイ伯爵家に由来するエモンズ伯爵令嬢である。貴族のお約束で、当然彼女には婚約者がいる。


それがパーシバル・モンゴメリ男爵令息である。


パーシバルはフェアウェイ家に属する男爵家の三男だった。ギルバートに見出だされ、アレクシスに認められなければ何者でもない人生か、どこぞの嫡男のない男爵家に婿に入るくらいしか道のない、血が平民よりやや尊いだけの男だった。

しかしギルバートによってアレクシスに引き合わされ、エモンズ伯爵にも取り立てて貰ったことにより、今ではなによりも得難いと信じるナタリースーとの縁が結ばれた。

エモンズ伯爵家には嫡男がおらず、結婚すればパーシバルが次期伯爵当主となることが決まっていた。


社交界に響くエモンズ伯爵令嬢の勇ましい噂にはじめは躊躇いもあったが、その熱い心情を表す炎のような赤毛と喜びに溢れて輝きを増すエメラルドのような瞳に、パーシバルは一目惚れをした。


今はもう手放すことなど考えられないほどに溺れているが、パーシバルは必死で己を律していた。

でなければレティの専属侍女兼護衛などナタリースーにさせたくはない。

毒味も含まれた仕事内容に憤怒で身体を震わせたのも一度や二度ではない。


それでもナタリースーが望んでレティの傍にありたい、と願うからパーシバルは邪魔などせずに、いざとなったら絶対に護ってみせる、と己に深く誓っていた。


「でも貴方までマルガに行かなくて良かった…」


ぽつりと呟いたナタリースーの言葉に抑え込んだ恋情が再び燃え上がる。


「だって、レティ様もいないのに、貴方までいないなんて寂しくておかしくなりそうだもの」


「置いていかれたときはアレク様を恨みもしたけどね。こうしてナタリーとの時間がゆっくり取れる役得に今は感謝してるよ」


ふたりは視線を絡めると幸せそうに微笑み、どちらからともなく再び唇を合わせた。


「早く結婚したいよ」


ナタリースーの胸元で揺れる指輪にキスを落としたパーシバルが囁いた。


夕闇に沈んだ空に月が昇るまで、ふたりの静かな時間は続くのだろう。





パーシバル、僕はこの美しいザッハにおまえがいないことが本当に残念だ。思ってた以上に僕にはおまえが必要らしい。早く会いたいけれどレイチェル叔母様が離してくれないだろう。暫くは帰れないから、代わりにナタリーでも愛でておいてほしい。


おまえの()()()()

アレクシス・ロマリア

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