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53 カリーナを連行しよう

ジルサンダーが10人程度の騎馬分隊を引き連れてマルガに向かって出立した頃、アレクシスの侍従パーシバルはリチャード・デイグリーン公爵令息から託された手紙を持ってデイグリーン公爵家を訪れていた。


アレク様と行きたかったのに…


何度も愚痴を溢しながら辿り着いた公爵家の応接室で、リチャードの父親であるミケーレ・デイグリーン公爵と接見していた。さすがにロマリア王国の将軍だけあって見事な体躯をしている。ごっつりと鍛えられた筋肉に鷹を思わせる鋭く光る瞳。武骨なほど粗野な手は巨大な刀を振り回して一騎当千を地でいくと武勇伝に欠かさないのが今、パーシバルの眼前にいる男である。

そしてロマリアの王妃ダリアの実兄でもあった。


そんなミケーレは手渡された手紙をじっくりと読んだあと、ふむ、と一言呟いたっきり腕を組んで動かない。

パーシバルは城に残って面倒な後始末を頼まれているので、アレクシスを追いかけることもできない。だからここでどれほどの時間が潰されようが構わないのだが、それでも心地のいい空間とは言い難い緊張感のある雰囲気に、早く開放してくれないだろうか、と祈っていた。


「アレクシス殿下の、パーシバル殿だったか?」


ミケーレも執政に深く関わる重職の一人としてアレクシスの侍従の顔を知ってはいても名前までは把握していない。いかに優れた人物とはいえ、すでに第三王子のものであれば手に入れるわけにもいかないので、知るつもりもなかったのだろう。


確認するように窺うとパーシバルは瞠目してから、おずおずと頷いた。


「リチャードからの手紙は確かに受け取った。それでここになにが書いてあるのかは知っているか?」


「詳細はお伺いしておりません」


が、ある程度の推測は立てている、とパーシバルの表情には書いてある。


「ではアレクシス様からパーシバルを自由に使ってくれ、とお許しもいただいたようだしな、すでに夜も遅いがピナールのところにでも一緒に来て貰おうか」


「ピナール・ブラッディ公爵様でしょうか?」


「ほかにそんな変わった名前のやつはいたか?」


大概己の名も変わっているミケーレが可笑しそうに眼を細めた。自由に使え、とアレクシスに言われたことにも充分な衝撃を受けていたのに、この上、規範大好きクソが付くほど真面目一辺倒なブラッディ公爵に夜更けにもかかわらず訪問するのか?とパーシバルは畏れ(おのの)いた。


「おい!今すぐに行くと触れておけ!それから手練を数人見繕ってくれ、連れていく!」


執事に指示を出すと、ミケーレはパーシバルに茶でも飲んで待っていろ、と告げてから応接室を大股で出ていった。


どうやらただの話し合いだけではないのだな、と腹を括ったパーシバルは公爵家の侍女が素早く出してきた軽食と紅茶を腹ごなしに遠慮なく頂くことにした。


それから半刻(一時間)後。


今度はブラッディ公爵家の応接室にて、パーシバルは向かい合って座る対照的なふたりの公爵家当主を眺めていた。もちろん、パーシバルはミケーレの背後に気配を消して立っている。


「夜にすまないな」


軽くミケーレが挨拶すれば、


「緊急でなければ貴方が動くことはありますまい。事は国家の大事かもしれないのに、夜だからと寝ていられるほど図太くはないですよ、私は」


とひょろりとした体躯のピナールが応戦する。

以前、魔獣が破損した城壁を越えて国境近くの町で暴れていると連絡が入ったとき、今は眠いからあいつらに任せておけ、とミケーレが辺境部隊に丸投げしたことを揶揄しているのだと、パーシバルは気付き、背筋に冷たいものを感じた。


しかし言われたミケーレはさも面白いことを聞いたとばかりに莞爾と笑った。


「ならば気楽にこちらも話そう」


「伺いましょう」


鷹揚にやり取りして、ふたりの男は笑顔を消した。ふいに廊下で蠢く人の気配をパーシバルは感じ取り、連れてきた兵が周囲を固めたのがわかった。


「ジルサンダー殿下の妃候補が拐われた」


「………は?」


「実行したのはうちの馬鹿息子でな、アーロンだ」


「はぁ?」


「さらにそれを指示したのが貴殿の娘御のカリーナ嬢だ」


「はぁあ?!」


レティの誘拐に眉を顰め、未来の婿であるアーロンの名に瞠目し、最後に己の娘の名前に開いた口が塞がらなくなったピナールがわなわなと震えながら怒りに揺れる瞳をミケーレに投げた。


「それは確かな話なのだろうか?」


聞いてはいるが、ピナールは疑ってはなかった。カリーナが大人しくジルサンダーを諦めるとは心のどこかで思ってはいなかったし、アーロンの激情を垣間見たピナールとしてはなにか仕出かすかもしれない、と懸念もしていた。

だからといって鵜のみにもできない。

事が真実ならブラッディ公爵家存続の危機にある。それは当然実行犯を身内に持つデイグリーン公爵家も同様だろう。


「でなければ夜更けに貴殿を訪ねてこんな不愉快な話などせん。どうせなら未来の親族として酒でも酌み交わしたいくらいだのに」


「でしょうな…」


アーロンとカリーナが婚姻を結べば、二大公爵家の結び付きが強くなる。ローズマリアが王家に嫁ぐことが決まっているからブラッディ公爵家だけに権力を集約させない意味でも、このふたりの婚姻は重大な意味を持っていたのだ。


「頭の痛いことです」


「それだけじゃないぞ、カリーナ嬢はレティ様に散々嫌がらせを繰り返していた、と証拠があるらしい」


「はぁ?」


「飲食への異物混入、薬剤混入、動物の死骸遺棄などらしいが、極め付けが今回の誘拐だな。しかも奴隷としてバロー伯爵に売ったとか」


「えぇぇぇえっ…………!」


「陛下に次ぐ好色伯爵に第一王子溺愛のレティ様を売るだけでも大罪、ましてやロマリアでの人身売買は禁止されている。さらにアーロンは許可なくレティ様を連れてマルガに逃亡、監禁。こりゃ、私の首ひとつで贖える罪ではないな!」


吐き捨てて、ミケーレはカカカと笑った。


「笑い事ではありません!デイグリーン公爵家、ブラッディ公爵家が潰れます!」


「だろうな」


嫌な汗を総身からだらだらと流すピナールに身を乗り出してミケーレは囁いた。


「ジルサンダー殿下から慈悲の言葉がある、というか、御家取り潰しか、殿下の采配に乗るか、の二択から選べ、ということだがな」


「殿下はなんと?」


選択の余地などない。ピナールはなにを於いてもブラッディ公爵家を護らなければならないのだ。ロマリア王国の高家として次代に継ぐべき伝統を一身に担っているのだから。

失うわけにはいかない。


「カリーナ嬢を差し出せ、アーロンを廃籍せよ、ブラッディ公爵家は縁戚から養子をとって継がせろ」


実質、己の直系血筋は絶えるのだ、ピナールは思ってがくりと項垂れた。


「リチャードは今回のマルガ救出に単身参加している」


つまりジルサンダーのために命を掛けた忠誠を誓うと身を捧げた、とミケーレは言っているのだ。互いに痛み分けなんだ、と。


「しかしな、私は懸念しているんだよ、このままではブルーデン公爵家を無駄にのさばらせてしまうと」


明け透けな物言いに気配を消して聞いていたパーシバルが唖然とした。ピナールも同じように驚いたのか、己の屋敷だというのに周囲を忙しなく窺っていた。


「……言葉が過ぎますよ、ミケーレ殿!」


小声で囁いたピナールがさらに視線を隈無く這わせる。対するミケーレは事もなくおおらかに笑うだけ。


「して、殿下はそれをなんと?」


「ブルーデン公爵令嬢もなにかを仕出かした様子でな、証拠集めに時間が掛かっているようだが、あれもそう長いもんでもないだろう。殿下が言うにはロマリアも一新するんだそうだ」


ジルサンダーとリチャードの間でどんな話し合いが行われたのか、パーシバルには推測しかできないが、どうやらかなり詰めた話があったらしい、と託された分厚い手紙の内容を思った。


「のみましょう、殿下の采配を」


「まぁ、生き残るにはそれしかないな。ではカリーナ嬢を連行する」


「できるだけ怪我などないように配慮いただきたく…」


立ち上がり、深く腰を折るピナールにミケーレは眼を眇めた。


「お互い親であるがゆえに………辛い立場だな」


ぽそりと呟き、やはり大股で踵を返すと、廊下を固めていた兵たちにカリーナの拘束を指示した。


それをドア越しで耳にしたピナールはさらに深く項垂れて、そのままガタガタと震える身体が地にめり込む勢いだった。

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