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51 マルガ国のレイチェル叔母上

影からの情報を得たジルサンダーは迷うことなく執務室を飛び出すと真っ直ぐにアレクシスのもとに向かって駆け出した。


すれ違う使用人たちが驚きに眼を剥くが、あとを追うギルバートとリチャード、そして護衛騎士の姿をみて、無関心を装った。

間違いなく厄介事が起きたのだと察して、関り合いにならないように宮中を巧く泳ぐためだ。それが長生きの秘訣だと長年勤めていれば誰でもわかる。


「アレク!」


またもやアレクシスの騎士が止めるのも聞かずにジルサンダーは自らが扉を開けて叫びながら雪崩れ込んだ。デスクで書類と闘っていたアレクシスが驚きに心臓を押さえた。


「ジルにいさま?!え?リチャード殿まで?!」


さらに声まで裏返っている。


「頼みがある!マルガのレイチェル叔母上に緊急の手紙を届けたいんだ!」


「え?は?なに?手紙?レイチェル叔母さま?」


「ギルバート!説明を頼む!俺は手紙を書くから!」


意味がわからず挙動不審になるアレクシスを無視して、ジルサンダーはソファに座るとアレクシスの侍従であるパーシバルからレターセットを受け取った。なにが起きたのかを察せずとも、今なにを必要としているかを瞬時に察する辺り、さすがはアレクシスの信頼篤い侍従である。


呆気にとられているアレクシスを気の毒そうに気遣ったギルバートが落ち着くように背中を撫でながら説明をはじめた。


「すぐにでもマルガのザッハに行かなくてはならなくなりまして、しかも騎馬分隊を伴って行きたいのです」


小隊のうち騎馬での戦闘を得意とする分隊ひとつを連れていくならば、マルガ国に対してロマリア王国が害意なし、と表明する必要がある。

それがわかるから説明を聞くアレクシスの金色の瞳が見開かれたまま不安に揺れる。その様をみてリチャードは彼の聡いことを再認識した。

やはりジルサンダーに国王を、アレクシスに宰相を、そしてあわよくばブルーデン公爵の失墜を深層で願ってしまう。


「早急な出立の理由をお聞きしても?」


話すべきかを迷うギルバートの戸惑いを察知したジルサンダーが手紙に叔母だからこそわかるサインを書き終えたあと


「レティが拐われて、マルガにいるんだ」


とだけ伝えた。すぐにアレクシスの顔に険が走る。


「どういうことです?」


「俺との婚姻を願う女が邪魔なレティを廃そうと企んだ。叔母上に頼んで現場に兵を出して貰いたいし、俺が行くことを了承して貰わないと国に迷惑がかかるからな」


率直かつ簡潔な説明にアレクシスは兄の焦燥感を読み取った。これはすぐにでも動かないと、いつ大噴火するか、わからないな、と身震いする。


「まさかブルーデン公爵令嬢ではないですよね?」


「残念ながら私の弟でございます、アレクシス殿下」


それまで黙っていたリチャードがアレクシスの質問に隠すことなく答えた。


「アーロン殿が?!なんで?!」


思いもかけない犯人にアレクシスの声がまた裏返った。


「弟の婚約者が…」


と、リチャードが更なる説明を紡ごうとするのをジルサンダーが苛立ちも露に遮った。


「説明はあとでいいだろ?まずはこれをレイチェル叔母上に頼む!!」


差し出す手には書いたばかりの手紙が握られている。アレクシスはすぐに窓まで行くと、鳥声を真似た口笛を器用に吹いた。大して待つこともなく、数羽の鳥が寄ってきたので手を窓から出した。


可愛らしく鳴き声で応えながら、アレクシスの掌にちょこんと2羽の鳥が乗った。


「マルガのレイチェル叔母さまに手紙を届けてほしいんだ。これから夜だけど…できる?」


優しく問いかけるアレクシスに小さく首を傾げた鳥がピチュッと鳴いた。それに満足そうに頷いて、アレクシスはジルサンダーから手紙を受け取って、2枚に裂くと2羽の鳥の足にそれぞれを結んだ。


「頼んだよ、ありがとう」


アレクシスの礼に応えるように甲高く鳴いてから飛び立つと、あっという間に鳥の姿が夕闇に消えていった。噂には聞いていた事情通のリチャードがアレクシスの能力を目の当たりにして、呆然と口を開けていた。


「リチャード殿、説明の続きを頼んでも?」


問われて我に返ったリチャードが面白そうに眼を細めてアレクシスをみた。その態度に無礼を感じたパーシバルが慇懃に苦言を溢した。


「あぁ、失礼致しました」


誰にともなく謝って、リチャードはこの雰囲気と状況のなか、ふわりと微笑んでからアレクシスに腰を折った。


「私の弟の婚約者が無礼にもジルサンダー殿下に好意を(いだ)き、弟を使ってレティ様の拉致を計画しました」


「それで救出に向かう先がマルガのザッハなんだね。また面倒なところだね、確かにロマリア王国(うち)の貴族たちはそこの別荘地に屋敷(セカンドハウス)を持つのがステイタスみたいだけど」


「バロー伯爵がレティを買ったんだ」


苦々しくジルサンダーが口を歪めた。


「買った?」


どこに自国の第一王子の溺愛する妃候補を拉致した挙げ句買う貴族がいるだろうか、とアレクシスは咄嗟に考える。


「奴隷だと言われて買ったみたいだが、そもそもここは人身売買を許すような国ではない、我が国の貴族が奴隷買いなど、見逃すわけにはいかないが………」


ロマリア王国では奴隷制度は廃止され、当然人身売買は違法となっている。ところがマルガ国では未だに奴隷が罷り通る法律があり、マルガ国で購入したものに関しては人でも物でもロマリア王国の法には抵触しない不文律が存在していた。


まさに法の針の穴を穿った方法である。


「マルガでやられたらどうしようもないね。僕たちが法を曲げれば法律の存在意義が疑問視されちゃうから」


アレクシスの言にジルサンダーの顔がさらに曇るが、他国に干渉しないのがロマリア・ロマリアから続く平和の礎でもある。ここは我慢の一手しかない。


「だからこそ叔母上の協力も必要だし、すぐにでも駆け付けないといけないんだ!」


「じゃ、ジルにいさま、僕も行きますよ」


「はぁ?!アレク様?!」


救出部隊に立候補したアレクシスに、パーシバルが素っ頓狂な声を上げた。


「だって僕が行かないと叔母さまとの連絡に困るでしょ?」


「それはそうですが、御身になにかあればどうするのです?」


パーシバルの言葉に眉を顰めたアレクシスは子供らしくぷくりと頬を膨らませた。


「僕になにかあっても問題だけど、それはジルにいさまも同じでしょ?しかもにいさまは闘いに行くんじゃなくて救出なんだよ。レイチェル叔母さまの協力もあればほぼ無傷で済むんじゃない?」


「ですが…道中には魔獣もいるかもしれないんですよ?!」


「アレクシス殿下のことは私が責任もってお護り致します」


リチャードが騎士の最敬礼をしてパーシバルに頭を下げれば、


「俺もいる」


とジルサンダーからの助け舟も飛び出した。

第一王子に公爵令息がアレクシスを護ると宣言していて、これ以上反対することもできない。

パーシバルは止めようとしないギルバートを恨みがましく睨みつつも、頷くしかなかった。


「では、アレク。連絡はおまえに頼んだ」


「お任せください、にいさま!」


こうして平民の女性一人を助けるためのものとしてはかなり贅沢で大袈裟な部隊が出来上がったが、救国の女神を救出するのだと思えば貧相だな、とギルバートは秘かに思っていた。

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