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47 子供のイタズラから成長してしまいました

文章内に動物虐待の類いがあります。不快になるかもしれないと思われる方はどうか、後半から読んでくたさることをお願いいたします。


内容としてはレティへの嫌がらせが続いている、というだけです。

今朝もだ…


うんざりしてメアリースーは一度は開け放した窓を閉めた。まだ早朝の、爽快なほど晴れ渡った空を見上げれば、清々しい空気を部屋に入れたい、と思うのも当然なのだが、レティが起きてくる前に処理をしなくては窓も開けられない。


これはもう子供のイタズラとは呼べない。

嫌がらせでしかない。


笑って許せる範疇をとうに超えていた。


「ナタリー、ジルサンダー殿下に報告を」


洗顔のためのお湯を運んできたナタリースーに尖った声で指示したメアリースーが心底面倒そうに掃除道具と袋を用意するのを眼にして、ナタリースーはまたなのか、と怒りに肩を上げた。


例の悪意ある薔薇ジャムを手渡された日以来、朝になるとバルコニーに決まって何かしらの動物の死骸が置かれるようになった。

どうやって4階のバルコニーに棄てているのか、誰がやっているのか、双子にはまったく情報が上がらないのだが、逐一ジルサンダーには報告をしているので、いずれわかるのだろう、と考えてはいる。

だが、そうは言っても毎朝迷惑を掛けられている身としては戦略的なことがあるのだと理解していても腹立たしさは半端ない。


だんだんと双子は犯人よりも解決をしてくれないジルサンダーに対してのほうに怒りが向きつつあった。

花を飾るスペースもないので、とレオンから届けられる花束を断るようになって、ひとつ面倒が減ったと思っていた矢先に始まった嫌がらせに双子の忍耐も限界に近くなっていた。

堪忍袋の緒が切れるまで、あと何秒だろう、と冗談でもなくナタリースーは考える。


「今日はなんなの?」


「猫よ」


「だんだん大きくなってるじゃない!」


「声が大きいわよ、レティ様が起きるわ」


メアリースーの注意に慌てて口を手で押さえたメアリースーが窺うように寝室を見てから、憤怒に上がっていた肩を落とした。


「ネズミからのスタートにしちゃ、猫まで早いわよね。そのうち鹿とかになるんじゃないの?」


小声ではあるが、激怒のために声が掠れている。しかしナタリースーの言い分にも納得の過激化だ。メアリースーはざっくりと刃物で斬られたらしい猫の身体を袋に仕舞うとドア前の騎士に庭園にある慰霊塔で弔ってもらうように手渡した。


騎士も不愉快そうに眉根を顰めてはいるが、毎日のことなので手慣れた様子で受け取り、庭園に向かっていく。

それを見送って、メアリースーはバルコニーの消毒をはじめた。ナタリースーは淡々と仕事をする姉の姿にため息を溢してからジルサンダーを訪ねる旨を残って警護している騎士に伝えた。


レティに知られないように普段よりも1時間ほど早起きしている双子のおかげで表面上は平穏な環境にあったが、毎朝報告が入るため、ジルサンダーは幾分か寝不足気味だった。

案の定、ナタリースーが先触れを出して訪問したにもかかわらずジルサンダーは夜着だけの姿でまだベッドに腰かけている状態だった。

しかも額に手を当てて、項垂れている。


「それで、今朝はなんだった?」


問う声は暗く沈んでいる。

爽やかな朝には到底似つかわしくないもので、ジルサンダーに対して辛口のナタリースーですら気の毒に感じて胸が潰れる思いだ。


「猫だそうです」


「そうか、じゃ、今度は昼前か?」


「いつも通りならそうでしょうね」


「わかった、下がっていい。レティは?」


「まだ起きておられません」


「良かった。いつもありがとう。助かっているよ」


「当然のことです。大切な方ですから」


膝を軽く折って礼をするとナタリースーは辞去した。最後まで顔を上げなかったジルサンダーから言われた礼の言葉に思いも掛けず胸が痛んだ。


次は昼前、とナタリースーは腹を括る。


しかし今度は何が来るのか、わからない。

薔薇ジャムの翌日の昼前、運ばれていたスープの色がおかしいことに気付いたメアリースーが匂いを確認したところ、使い古した雑巾の臭いがした。すぐにギルバートに託され、分析した結果、やはり掃除に使われた雑巾を絞った水を入れられたことがわかった。

それ以来、昼食には毎回何かしらのものが混入されるようになり、昨日(さくじつ)は黒光りする虫が数匹入っていて、肝の据わっているメアリースーでさえ悲鳴を上げた。


それがどの時点で誰がなんのために混入しているのか、それも双子には知らされていなかった。

苛立ちが募るのも致し方ないだろう。


足音に視線を上げれば慌ただしく廊下を歩くギルバートがいて、一応ナタリースーは廊下脇に寄って頭を下げた。その姿を眇めてみたギルバートが渋い表情を一瞬だけ浮かべた。


「またか?」


「ええ」


「ジル様には?」


「伝えたわ」


「そうか、ご苦労だな」


「レティ様が起きる前にすることがあるから」


「あぁ、引き留めて悪かった。レティ様を頼む」


するすると下がるナタリースーを眼を細めて見送ったギルバートはため息を溢してからジルサンダーの部屋に入った。


「ギルバートか、今朝は猫だそうだ」


「猫でございますか、まったく飽きもせず厭らしいことをなさいますね、ブラッディ公爵令嬢も」


「まったくだ」


ジルサンダーの心を得たい、と願いながら、その願いから遠ざかることばかり仕出かすカリーナにギルバートはその心を読めずにいた。レティの存在を消そうとするのは理解できる。だからローズマリアが毒を使うのでは、と警戒もした。けれどこの拙く陰湿な嫌がらせは理解できない。

カリーナになんの得があるのだろう、とつくづく考えさせられる。


「そろそろ証拠を固めてブラッディ公爵に警告すべきか?」


レティへの嫌がらせに耐え兼ねつつあるジルサンダーの言葉にギルバートは心を鬼にして首を振った。


「陛下が止めたおかげでアーロン様との婚約は継続になりましたし、いまはまだブラッディ公爵令嬢様の指示だという証拠が薄いかと思います。もう少し決定的なものが欲しいところですね」


「だな、アーロンが直接乗り込んでくれればやりやすいんだがな」


「ブラッディ公爵様が止めたそうですよ、さすがに不遜すぎる、と」


「まったく余計なことを…真面目な公爵らしいがな」


婚約無効の噂を聞き付けたアーロンが衝撃から立ち直ると、まずなによりも先にブラッディ公爵の面会を取り付けた。手紙のやり取りなどはあったが、すぐにでも会いたい、という性急な願いはなかったので、特別勘の鋭いわけでもないピナールでもすでに噂が未来の婿の耳に届いてしまったか、と嘆息した。

いつでも執務室に来てくれて構わない、と返事をすれば、せっかちにもピナールの返事を届けた警護騎士とともに執務室にアーロンはやってきた。


どう話そうかと切り出し方に悩んでいたピナールにアーロンは直情的に斬り込んできた。


「婚約無効と伺いましたが、私は承諾しておりません」


常に沈着冷静で、言葉を選びながら核心を話さないようなタイプのアーロンの、あまりにも真っ直ぐな言い方に不覚にもピナールは感動していた。

それほどまでにカリーナを想っているのか、と父親としてさすがに心が動いたのだ。


「いや、それはないから安心しなさい。無効申立書は破棄したから」


「では申立てしたのは本当なんですね?!」


返ってきた質問にピナールは己の言葉の選択に失敗を悟ったが、真摯に向かうアーロンに誤魔化しや嘘で言葉を飾るのはやめよう、と腹に決めた。


「カリーナの独断で申請したのは事実だ。申し訳ないことをした」


「…………なぜですか?」


静かに問うアーロンの瞳が涙で潤い、瞬きひとつで今にも零れそうになっている。それがわかるからか、眼前の健気な男は瞠目したまま、身動きすらしなかった。


「ジルサンダー殿下だよ」


「第一王子の?」


アーロンにとっては意外な人物の名前であり、ピナールには常に頭の痛い問題の中心人物でもある。


「ブルーデン公爵令嬢との婚約を解消しだだろう?貴族令嬢の間でジルサンダー殿下に憧れるものたちは多くてな、婚約解消申立てが立て続けていると、陛下も嘆いておられた。その、言いにくいのだが、実は、カリーナもその一人でな、殿下の婚約解消を知ってアーロン殿との婚約を無効にしようと考えたらしいんだ」


返ってくるのは無言ながら雄弁に語るじとりとした視線。ピナールはその湿気た視線に堪えられずに、ふいと逸らした。


「………では、カリーナ嬢は私ではなく殿下を慕っていると?」


「憧れ、だよ、小娘、というには少々(とう)が立っているが、女性にありがちな憧れに過ぎないな」


「ですが、私との婚約よりも殿下との婚約を望んだわけですよね?」


「だとしたら、アーロン殿はどうする?娘を諦めるのか?」


ピナールは僅かな苛立ちに顔を顰めた。するとアーロンが慌てて頭を下げると強く否定した。


「いえ!私はカリーナ嬢を諦めるなど有り得ません!今から殿下のところへ参って彼女との婚約だけは打診されないように頭を下げて参ります!!」


煽ったピナールだが、まさかジルサンダーに直談判に行くと言い出すとは思いも掛けず、今度はピナールが慌ててアーロンの肩を掴んで止めた。


「殿下には想い人があって、すでに妃教育も施されている。彼がカリーナを選ぶことはないから行く必要もない!」


「ですが!カリーナ嬢のような魅力的な女性に慕っていると言われてはいかに殿下といえどお気持ちが動くのではないですか?!」


このときほどピナールは足腰から力が抜ける感覚を覚えたことはなかった。アーロンの肩を掴んでいなかったら、本当に床に崩折れていたかもしれない。


「娘をそこまで想ってくれることには父親として感謝しかないが、アーロン殿、安心なさい。カリーナはそれほど素晴らしいものではないし、殿下の溺愛ぶりは噂だけでも侍女たちが赤面するほどだというから、そんなに簡単に心変わりすることはないよ」


「ですがっ!」


「考えてもごらん?今までジルサンダー殿下は王妃すら寄せ付けないほど女性が苦手な方だったのに、今や一時でも離したくないと、殿下の続き部屋に滞在させているくらいなんだよ。カリーナでなくとも誰にも殿下の心を惑わすことはできやしない」


「……………わかりました」


不承不承ではあったが、アーロンの口から納得したらしい言葉を引き出せてピナールはやっと彼の肩を解放した。


こうしてジルサンダーに対する不敬な訪問を阻止できたことに満足していたのだが、それ自体を望まれていなかったことには最後までピナールは知ることはなかった。


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