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45 閑話 旧交を温めましょ!

昼日中にもかかわらず薄暗い廊下をまるでステップを踏んで踊るように歩く人影がひとつ。

大理石の廊下を叩く靴音までもが優美な音楽を奏でるかのようで、すれ違う侍女たちが立ち止まってうっとりと聞き入る。


長身に、程よくついたバランスのいい筋肉。

引き締まった腹部が美しく、艶やかな脚運びをみせる長い脚からは一歩踏み出すごとに芳しい色気が振り撒かれる。


歩みに合わせて柔らかく動く茶色の巻き毛が可愛らしく、平凡な顔立ちに彩りを添えていた。


迷いない態度で豪奢な扉の前に立つと、警固に立っている女性騎士と親しげに挨拶を交わした。


「王妃様、レディ・ロジェール様がいらっしゃいました」


名乗ることなく取り次ぎがあり、いかにロジェールが通い馴れているかを表している。

すぐに中へ入るよう、侍女が扉を開けて促したので、ロジェールは女性騎士にひらりと手を振ってから、今度は音も立てずに入室した。


「お久しぶりね、ダリアちゃん!」


「本当よ、呼ばなきゃ来ないんだもの、失礼しちゃうわ」


軽い挨拶に文句で応えたのはロマリア王国の王妃であるダリア・デイグリーン・ロマリア。光輝く銀髪とレオンに受け継がれた深紅の瞳を持つ、この国における最上位の女性である。

王家カラーの紫のドレスを纏い、夫であるマリオット・ロマリアの瞳の色であるイエローダイアモンドがあしらわれたチョーカーを付けていた。


それに眼を眇めて観察したあと、ロジェールの口許が僅かに緩んだ。


なんだかんだ言っても愛してるのね。


心で呟き、勧められた椅子に腰かけた。もて余し気味に脚を組むと、


「相変わらず無駄に長いのね、貴方の脚は」


とダリアが忌々しげに溢した。


「いつも必ずそれを言うけど、羨ましいの?」


手元に用意された珈琲に口をつけながら、ロジェールは可笑しそうに笑った。ダリアはぷくりと頬を膨らませて、


「そのスタイルを羨ましがらない人はただの見栄っ張りか、相当のナルシストだけよ」


と面白くなさそうに吐く。

いつものやり取りだ。


「それで、今日はなんのご用で呼ばれたのかしら、僕は?」


ダリアはちらりと友人をねめつけると、下唇を尖らせた。


「用がなくてもお茶くらい、いいでしょ?」


「王妃様とお茶するのは大変光栄なことだけど、それだけで僕を呼びつけるのはないでしょう?」


「そんなとこも、相変わらず!」


ふふふ、とロジェールは小さく笑む。知り合ったときは公爵令嬢だったダリアを思い起こさせる態度に、ロジェールの胸に微かに苦いものが過った。

友人でもあり、ロジェールにとっては初恋でもあった、ダリア。

ロジェールがはじめて好きになった人はラモーンズ男爵家にレッスンに来ていたダンス教師だった。ロジェール・ラモーンズは彼と触れ合う度に恋情が増していき、ダンスレッスンにも熱が入った。おかげで男爵家を出てもダンスで食べていけるどころか、王家御用達になることもできた。

無駄な恋はないもんよね、とのちにダリアに語ったくらいには感謝していた。


けれどその幼い恋心を知って、ロジェールはどうやら己は人とは違うかもしれない、と知った。


以来、ときめく相手はすべて男性だけだった。


なのに、はじめてダリアと会ったとき運命を感じちゃったのよねぇ…


そのときの衝撃と気持ちは思い出すだけで未だにロジェールを苦しめる。出会った時点でダリアは王家のものだった。それを言うなら産まれた瞬間からダリアは王家に嫁ぐと決まっていたのだから。


貴族の血筋でありながら男爵家から出たロジェールが太刀打ちできる相手ではなかったのだ。


そしてロジェールは彼女の親友という立場を死守することにした。傍にいられるだけでいい、と。


けれど会えば沸き上がる嫉妬に心を抉られるようで、結局ロジェールの足はゴールデンダリアと銘打った後宮からは遠退くことになってしまった。


ロジェールの心を知らないダリアは淋しいと言外に責めるのだが、苦笑を返すくらいしかロジェールには手立てがなかった。


「ジルの、彼女の、ダンス、教えてるんですって?」


「ええ、レティちゃんね」


「どう?」


「踊れない、て言ってたわりには上手よ。センスがあるのかしら、妙に気品のあるダンスなのよ」


はじめてレティの手を取って指導した記憶を呼び起こしたロジェールが素直に褒める。ソフィテルの記憶があるからこその気品だとは当然のことながら知らないので、下町の娘がはじめて踊るとは思えなかったことも同時に思い出していた。


「そう、いい子?」


「そうね、素直だし、純朴そうだし、でも気も強そうだし、なんだか底の見えない面白い子、て印象だわね。あ、あと、美人じゃないのに綺麗なの。とっても魅力的な感じで、目が離せなくなるタイプね」


「ジルが溺れるのも…」


「納得するわ。でもあの束縛的な溺愛には見てるこっちが辟易するけどね」


肩を竦めてロジェールは言って、珈琲のおかわりを侍女に頼む。すぐにカップに蠱惑の液体が注がれて、ロジェールは満足げにミルクを足した。


「そんなに?」


「ええ、建国祭の夜会に合わせて仕上げるなら彼女だけでもレッスンしなくっちゃいけないのに、ジルちゃんったら僕とふたりにしたくないから、てジルちゃんがいないとレッスンもさせないのよ!」


しかも手取り足取りのレッスンも許さない。

だからはじめに型を教えたとき以外、ロジェールはレティに触れたことがない。常に言葉だけで指導していた。

逆にそれで踊れるようになったレティの才能に感嘆すべきかもしれない。


「誰に似たのかしら?」


「誰かしらね」


ダリアの疑問に答えながらロジェールは貴女よ、と心のなかで不貞腐れ気味に呟いた。


ダリアは意外なことにマリオットを愛していた。それも本人は気付いてないが、熱く焦がれるほどに。

だからこそアレクシスを産んだあと、マリオットから見向きもされずに捨て置かれ、さらにマリオットが毎夜のごとくどこぞの女を床に引き摺り込んでいると知って、後宮から出てこなくなったのだ。


現実を直視したくないがために。


その引きこもりの頑固さはそのまんまマリオットへの愛と等しい。まさにジルサンダーのレティへの想いの大きさと同等に。


「それで、夫婦関係も相変わらずなわけ?」


お茶請けには色取り取りのマカロン。

グラデーションになるように美しく盛られていて、ひとつでも手を出すのに躊躇うほどだったが、ロジェールは敢えて真ん中に置かれていたローズのものを手にとって口に無造作に放り込んだ。


「変わるわけないわ。マリオットは後宮の存在すら忘れてるみたいだもの。それでも毎朝、誰が彼の相手をしたのか、わざわざ耳打ちする人がいるんだから、信じられないわよ」


軽い口調からは想像できないほど苦々しく顔を暗くしたダリアに、ロジェールは思わず抱き締めたいと強く渇望した。ぐっと肩に力を込めて必死でその欲望を抑え付ける。


「そう、マリリンも変わらないのね、やな奴」


乱暴な言い方にダリアは眉根を下げて笑って、本当よね、と頷いた。


「それより、これ、すごく美味しいじゃない?」


食べたばかりのマカロンを指差し褒めたロジェールにダリアは王都で有名な菓子店のものだと教えた。なかなか買えず、今回は内緒で侍女を街に行かせて朝から並んだのだと小声で囁くダリアにロジェールの心がほのほのと(ぬく)もる。


己のために頑張ってくれたのだと、思って、ただそれだけでロジェールは満たされ、幸福を感じたのだ。


親友ふたりは視線を絡めながら、同じマカロンを口にして幸せそうに微笑んだ。

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