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44 運命的な出逢い

アーロン・デイグリーン公爵令息は16歳のとき、運命的な出逢いを果たしたと信じた。それはあくまでもアーロン側の想いであって、出逢った相手側にはまったくもってその気はなかったことがある意味で不幸の始まりだったのかもしれない。


アーロンが運命的出逢いをしたと思っている、その年にロマリア王国第一王子であるジルサンダーは建国祭における重要な祭事を執り行う神官を任じられていた。前年までは国王陛下が国主として行ってきたが、ジルサンダーが15歳になったのだから、と官吏も神官もあまり納得できない理由を挙げて、国王陛下がその座を譲り渡したのだ。


面倒になったから押し付けただけだ、と任されたジルサンダーは苦虫を噛み潰した気分ながらも神妙に大役を受けた。


白の衣を神官たちが纏うなか、ジルサンダーは王族だけが行える神事のために黒字に金糸の刺繍が艶やかな衣を着こなし、女神と見紛(みまご)う宝石類の装飾で全身を飾り立て、厳かな雰囲気を醸して見事に大役を終えた。

そのとき神の加護と信じられるほどの陽光が教会のステンドグラスを(まばゆ)いほどに浮かび上がらせ、女神ソフィテル像に跪いたジルサンダーに神秘的な光が降り注ぎ、まさに神の世界を目の当たりにしたと、幸運にもその場に居合わせたものたちは感動に心を震わせていた。


学院を卒業後に見習い騎士として警備を任されていたアーロンですら、辺りを漂う人ならぬ雰囲気にのまれていた。壇上で(こうべ)を垂れる自国の王子に見惚れていたアーロンの上になにかが落ちてきたのはジルサンダーが祈りを終えて立ち上がったときだった。


「あっ!」


という微かな悲鳴を耳にして、茫然としていたアーロンが声のしたほうを見上げたとき、銀色に縁取られた漆黒のドレスを下から覗き込むような状態にあった。


え?脚?


幾重にも重ねられたチュールから白く艶かしい2本の脚が生えていて、真っ直ぐにアーロンに向かって落ちてきたのだ。


2階のVIP席から誰かが落ちた、と理解したときにはアーロンの腕のなかに切れ長の瞳が美しい令嬢が収まっていた。当然、それなりの衝撃がお互いにあったはずだが、アーロンは己の胸に抱く令嬢の輝くばかりの美貌に意識を奪われて、高鳴る心臓以外のなにも感知できない状態に陥っていた。


その美貌の令嬢こそがカリーナ・ブラッディ公爵令嬢であり、ジルサンダーの麗しい神官姿に一目惚れをして、もっとよく見たいと2階席から身を乗り出しすぎて落ちた人でもあった。


しかしアーロンはこのとき天啓を受けたのだ。


愛すべき国を起ち上げた敬愛すべきロマリア・ロマリア王の神事の際に、まるでロマリアの腕に堕ちてきたソフィテルのように己の腕のなかに現れ()でたカリーナがこの世の全てとこの身の全てをかけて一生愛すべき人なのだ、と。


これはロマリア・ロマリア王の意志なのだと、とアーロンは信じてしまった。


それからの彼は素早かった。

カリーナがどこの令嬢かを調べると、すぐにブラッディ公爵に挨拶に行き、婚約を申し出た。嫡男がないことから婿養子を考慮していたブラッディ公爵は18歳までにブラッディ公爵家に相応しい令息となるように条件を出し、一旦はアーロンを退けた。

しかし彼は諦めなかった。

むしろチャンスを得たのだとより一層張り切ったのだ。


一方でジルサンダーに恋したカリーナがローズマリアの存在のために表立って想いを露にしなかったこともあり、幾重にも降る婚約話を断り続けている噂を耳にして、アーロンは己を待ってくれているのだと盛大なる勘違いをした。

恋は盲目、とはよく言ったものである。


結果、約束の期限の18歳で栄誉ある第二騎士団副団長兼参謀の地位を手にして、晴れてカリーナと婚約する運びとなったのだが…


それから2年、婚姻を結ぶこともなく、デートを重ねることもお茶会に呼ばれることも、当然夜会にともに参加することもなく、それを言うなら手紙のやり取りさえないまま過ぎてしまった。


ちなみにアーロンはカリーナの無体な所業を


「彼女は照れ屋だから」


と頬を染めて話しているのだからどうしようもない。


そんなカリーナにおいてのみ前向きかつ全方向的盲目状態のアーロンのところにカリーナがローズマリアと婚約解消したジルサンダーを慕って婚約を申し込むために己との婚約を無効にしたいと王家に願い出ている話が流れてきた。


曰く、自分の関与しないところで結ばれた婚約など無効であるべき、と。


アーロンは衝撃に鼻から飲んでいた紅茶を吹いた。

ちなみに飲んでいたのは自領の自慢の逸品であり、毎年新茶をカリーナに届けているものでもある。


これを飲んでいるとカリーナといつでも一緒にいる気分になる、と手ずから甲斐甲斐しく入れて楽しんでいる。


「意味がわからない…」


普段英明なアーロンが途方に暮れた表情で鼻から茶色の鼻水を垂らしながら呟き、己の部下でもあり秘書的役割を熟してもいる騎士に嘆いた。


まさに青天の霹靂なのだろう、アーロン的に。


「事の真偽を、お調べしましょう」


気の毒に思う気持ちから発された部下の言葉に、眼に涙をためて力なく頷くことしかできなかった。

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