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42 ジルサンダーは考える

ジルサンダーが個人的に信頼して雇い上げている医師、薬師及び分析官に疑惑の薔薇ジャムを託したギルバートがジルサンダーの執務室に戻ると、意外にもデスクに難しい顔をした主の姿があって、不遜ながらも瞠目した。

レティに会っただけに暫くは戻らないだろうと覚悟していたギルバートはなぜか心が浮き立つ気分になって、ジルサンダーの傍まで早足で進んだ。


「分析に回しておきましたよ、ジル様」


託された薔薇ジャムの報告をすれば、ふむ、と一言返ってくるだけで、ジルサンダーは眉ひとつ動かさずに掌に顎をのせたまま、その眼になにも映さなかった。


不審に感じて、ギルバートは首を傾げた。


「ジル様?」


「レティのお仕着せ姿は是非とも拝見したかった…」


国難を思案するような渋い表情を保ったまま呟いた言葉に、ギルバートは己の耳を疑った。


「はぁ?」


「息抜きに庭園に抜け出したそうなんだ。そのときに侍女に変装をしたんだと」


「はぁ…」


「おさげのカツラにそばかす付きの眼鏡っ娘だぞ?さらに制服だ!まさに男のロマンだと思わないか?絶対に可愛かったはずなのに!!」


「左様ですか…?」


「それを見過ごすなど、俺としたことが!一生の不覚だ!!」


「左様ですね…」


「レティ付き侍女のお仕着せは動きやすいようにデザインされているから、わりと、こう、身体のラインが出やすいだろう?」


妄想が始まったのか、瞳が蕩けて口許がだらしなく弛む。


「レティの隠れた曲線が、それはもう、見事に露になったかと思うと………ぐふふっ」


全身から力が抜け、その場にへたりこみそうになる己を叱咤激励して両足をしっかりと踏ん張ると、これ以上は放ってはおけない、とばかりにギルバートはデスクに強く拳を叩き付けて主を睨み付けた。


「薔薇のジャムは分析に回しました。それからスカイブルーのお仕着せは間違いなくブルーデン公爵令嬢付きの侍女のものだと確認も致しました、これはわかっていたことですけどね」


蒼の貴婦人と呼ばれるだけあって、ローズマリアはブルーに強い思い入れがある。ブルーデン公爵家の侍女のお仕着せをそのまま王城の侍女にも着せるほどに。

なのでスカイブルーのお仕着せを着ていたのならローズマリア付きの侍女であることは疑うべくこともなかった。


が、しかし、彼女を陥れようとするものがあったとしたら…とギルバートは思った。

だからこそジルサンダーと話し合って対策を多方面に取らなければ、と勢い込んでいたのに、当の主がこの様である。


叩き付けた拳の向かった先がデスクであったことを感謝してもらいたいくらいの気分だった。


「ですが、あからさまにそれとわかるものを着て、事に及べば当然疑われると考えないほど愚かだとも思えないんですが!」


やっと眼の焦点があったジルサンダーに語調もきつく伝えれば、主はひとつ頷いてから眉根をきゅっと寄せた。


「かといってあの毒婦を陥れようとするものに心当たりがなさすぎるんだよな」


「左様です」


やっと会話が成り立つ、と顔には出さずともギルバートは歓喜する。


「やり方にも確実性がなくて、俺はどうしてもあの毒婦の差し金だとは考えられないんだが…」


レティ付きの侍女に渡せば飲ませるだろう、というのはあまりにも楽観的すぎるし、計画としては杜撰だ、とジルサンダーは思う。ローズマリアならもっと確実にレティを害せるような手段を取るに違いない、と確信めいたものを感じていた。


「分析結果次第だが、今回の事に毒婦が関わっているとは考えにくいんだよなぁ…」


そこまで言って、ジルサンダーは組んだ手の甲に額をのせてはぁ、とため息を吐いた。


「レオンがなぁ、アレクから聞く限りだとあれのレティに対する想いも唐突すぎるんだよなぁ」


「確かに臭いますよね、あれこそまさに」


「だろう?レオンだしな、アレクの前に毒婦に会ってたようだし、あの豹変ぶりこそあの女が関わってると俺は確信してるんだよ。だとすると、今回の薔薇ジャムは違う気がするんだ」


「かの令嬢なら同時多発的な行動は取らないと?」


侍従の問いかけにジルサンダーは首を軽く振ってみせる。


「いや、幾重にも罠を張り巡らすことはするだろう、でも今回はレオンに手を出した。仮に(バカで)も王族だぞ?しかも陛下的に次期王だろうと目される王子だ。さすがに毒婦でも慎重にやるだろう。相手がレオンだけに先を読むのも苦労するだろうし、逃げ道は必須だろう?だとすればそれ以外の手段は成り行きをみながら、だと思うんだ」


「なるほど」


「まぁ、俺ならそうする、てだけのことだけどな」


「ではこの状況で毒を盛るという手立ては…」


ジルサンダーが鋭い視線をギルバートに送る。


「ないな」


それから胸のうちに燃える僅かな青い炎を握り潰すかのように、己の胸ぐらをぐっと掴んだ。


「レオンはレティに会うために毎日花をもって訪れている。万が一にも彼女があの馬鹿に気持ちを寄せればブルーデン公爵令嬢の思い通りだろう。そんなときにレティを殺そうなど、俺には考えられない」


「むしろ心変わりしたレティ様に嘆くジル様をお慰めして、心を獲ようとされるでしょうね、あの令嬢なら」


己の言葉を受けて、同じ考えに辿り着いた侍従を誇らしげな眼差しで見つめてから、ジルサンダーは首肯した。


「だろうな。少なくとも俺ならそうする。今ここでレティを殺せば当然俺はあの毒婦を疑い、恨むからな。あれに気持ちが動く可能性が完全にゼロになるような愚かなことはしないだろう」


「わたくしはむしろジル様に媚薬を飲ませると思っていましたから」


レオンのレティへの突然の恋情をふたりはローズマリアが原因だと考えていた。おそらく媚薬を飲ませたのだろう、と。

レオンは馬鹿だが、猪突猛進的な一途な男であるとジルサンダーは認識していた。いかにレティがこの世の中でなによりも素晴らしく魅力的な女性だとしてもレオンが彼女に惹かれることはない、と信じていた。


にもかかわらず、レオンはレティを追いかけ回している。


その現実に理由と原因を付加するなら媚薬という存在がなければ説明が付かない。

しかもレオンの影には名高いお家芸をもつローズマリアがいるのだから、その結論に飛び付くのもあながち性急なことでもないだろう。


ただ意外だったのは媚薬(ソレ)をジルサンダーではなくレオンに使用したことだった。


「まぁ、どうやら毒も薬もソフィテルの加護の前には無意味らしいから、俺には効かないだろうしな」


先日、王族限定の歴史書で学んだ知識を思い浮かべながらジルサンダーは呟いた。


「あの令嬢はそれをご存知ないでしょうし、なにより本当にジル様のことを慕っておいでなんでしょうね」


あからさまに顔を顰めてジルサンダーはギルバートを射すように睨んだ。それを恐れることもなく、肩を竦めて侍従はにこりと微笑んだ。


「レオン殿下で試したんですよ、おそらく。副作用や害がないか、効果はどの程度なのか、など、レオン殿下で実験したんでしょう。貴方のことが大切だから。運良くレティ様がレオン殿下にお気持ちを移されればさらにいい、と考えて…」


非常に不愉快だが、ギルバートにも一理ある、とジルサンダーは頭を抱えた。不愉快だし、纏わり付く好意が煩わしい、と口のなかで毒づいてからジルサンダーは珈琲が飲みたい、と侍従に頼んだ。


珈琲をカップに注ぎながら、ギルバートは話しは変わりますが、と前置きをしてから


「例の加護の力は使えそうですか?」


と囁きよりも小さな声で遠慮がちに聞いてきた。


レティと想いを通わせたときに得たあらゆる生き物に変身できる能力のことだ。あれ以来何度も試してみたのだが、一度たりとも成功していない。能力の発現にまた別の鍵が必要なのだろう、とジルサンダーのなかでは納得していたが、それがなんなのかわからない状態だったので、ギルバートにはまだ話していなかった。


「まだ発現しない。どうすればいいのかも正直まったくわからない、完全にお手上げ状態だな」


肩を竦める主に、ギルバートは気落ちした態度で左様ですか、と呟いただけだった。



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