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41 ジルサンダーに相談します

「はぁあ、もぉ、本ッ当に疲れたぁ!」


カツラを投げ捨て、眼鏡をそっとデスクに置き、借りたお仕着せを丁寧に畳んだレティがソファに沈み込みながら叫んだ。


楽しかったお忍び庭園ランチは思いもかけない出来事によって急ぎ部屋に戻らねばならなくなった挙げ句、廊下で出会ったレオンが


「レティの匂いがする!」


と連呼しながら3人の周りを走るので、言い知れない恐怖まで感じて逃げるように戻ってきたのだから疲れるのも当然のことだった。


秘密の通路は中から外へ出ることを想定されて造られているので、部屋に戻るには正規のルートしかなかったのだから仕方ない。

3人はひたすら足早に人と会わないように俯き加減で戻るしかなかったのだ。


テーブルに置かれたピンク色の小瓶に入った薔薇ジャムをレティは見るともなしに視線を注ぐ。


「ジル様に言わなきゃ…」


わかっていても、レティからは躊躇いの吐息しか出てこない。立ち上がって彼の執務室を訪問する気力も湧かなかった。

会いたくないのではない。


説明ができないのだ。


スカイブルーのお仕着せを着た侍女から受け取ったと言うのは簡単だが、どこでどういう経緯で手に入れたのか、どう伝えれば怒られないだろう、とレティは悩んでいた。


己が怒られるのは構わない。

けれどジルサンダーの怒りを買うのは己でなく双子だろう、と容易に考え付くので言いにくくなっていた。


「まずはアレクシス殿下に?」


それも得策ではないだろう。

いの一番にジルサンダーに言わなければ機嫌を損ねるのは想像に難くない。あとが面倒だ。


「メアリー、ナタリー」


深く呼吸してから、レティは双子を呼んだ。すぐに彼女たちは現れて、レティの前で頭を下げた。


「私のこと、精一杯綺麗にしてくれる?ジル様に会いに行くわ」


主の気持ちを慮り、双子は悄気(しょげ)かえった。

少しでもジルサンダーの機嫌を取ろうと、できる限りの手立てを講じようとするレティの心に有り難さを感じつつ、申し訳なさもあったのだ。


双子の力量全開に、レティを仕上げたあと、警護の騎士に頼んでジルサンダーに訪問の取り次ぎを頼むと、間髪置かずにジルサンダー本人がレティの部屋にやって来た。


しかも若干興奮に息を乱して。


「レティ!会いたかったよ!」


室内に足を踏み入れるなり、ジルサンダーはレティを抱き締める。そしてたっぷりと時間をかけて彼女の薫りを堪能すると徐に身体を離して細部に至るまでレティを誉め讃える。

ジルサンダーの通常運転にレティはホッと息を付いた。


どうやらご機嫌のようだわ。


「私も会えて嬉しいです」


レティの言葉が追い討ちとなり、機嫌も上昇したのか、ジルサンダーらしくなく、大きく破顔した。

もうドロドロに蕩けきった表情だ。


「それで御用はなんでしょうか?レティ様」


周囲がまったく見えていない主を余所に、ギルバートが冷静な声音でレティに聞いた。

用があるから伺いたい、と先触れを出したのだから当然の反応だ。ジルサンダーにソファに座るように促して、レティはテーブルのうえの小瓶に視線を送った。


「これは?」


彼女の視線を受けて、ギルバートが小瓶を指差して問う。すぐにジルサンダーが訝しげにそれを手に取った。


「薔薇ジャムか?」


「はい、そうです。それはスカイブルーのお仕着せを着た侍女から私の紅茶に混ぜるように云われて手渡されたものです」


美辞麗句で飾ったり、やたらに遠回しな言い方で誤魔化したりしても結局は言わなければならないのだ。

そう腹を括ったレティは直球勝負(ストレート)に言葉を飾らずに伝えた。


一瞬にして場の空気が凍った。

ギルバートがごくりと生唾を飲む音が震撼とした空気を揺らすほどだ。


暫くして、ジルサンダーがふわりと目蓋を落としたまま、小瓶をテーブルに戻して呟いた。


「スカイブルーのお仕着せ、か?」


「はい」


「それがこれをレティに飲ませろと渡したのか?」


「はい」


「ギルバート!」


「はっ!」


「すぐに調べさせろ」


「承知しました」


テーブルから小瓶を手に取ると、ギルバートは足取り早く退室していき、それを見送ったジルサンダーがレティの侍女たちを鋭く睨み付けた。


「話す必要がある。暫くレティと二人にしてくれ」


「ジルサンダー殿下、それはっ!」


「外せ」


口調は静かだが、低く響く声には間違いようのない怒りが孕んでおり、双子は有無も言わせぬ迫力に言葉をなくした。


「大丈夫よ、少しだけ二人だけの時間をちょうだい。それからあとで紅茶も宜しくね」


やや引き攣ってはいるものの、ほんわかと笑んだレティに促されて双子もすごすごと退室した。


「さて、いかにブルーデン公爵令嬢が大胆でもここへ直接来てあれを本人に渡すほど愚かではないと俺は考えているが?」


「ですよね?」


「レティ?」


「ごめんなさい」


レティは項垂れて、素直に謝る。

そして睨むにしては甘さを含む優しい碧眼を見つめたまま、事の次第をすべて白状した。


「……ですから悪いのは私ですので、メアリーとナタリーを叱らないでください」


最後まで黙ったまま聞いていたジルサンダーが大仰にはぁ、と息を吐いた。ぴくりとレティが身体を竦める。それをちらりと窺ったジルサンダーが無表情で横に座る彼女を抱き上げると、己の膝の上にのせた。


「ジ、ジル様?!」


慌てふためくレティの頬にキスをして、やっとジルサンダーはにっこりと微笑みを浮かべた。


「少し窮屈にさせ過ぎたようだ、悪かった」


「え?」


「大切に思うばかりでレティの気持ちを蔑ろにしてしまったな、すまない。もちろん、今後は絶対にやらないという約束はしてもらうが、今回は俺にも非がある」


茶目っ気にジルサンダーはレティの髪を掬い上げ、口許に寄せる。そして窺うように彼女の瞳を覗き込みながらゆっくりと唇を触れさせた。


「だから侍女たちを叱るようなことはしない。それになかなか面白い物証も手に入れたしな、万事塞翁が馬、てとこか」


「ジル様、ありがとうごさいます!」


バイオレットの瞳を揺らして、レティはジルサンダーの首にしがみついた。嬉しそうにそれを受け入れると、愛しいものを囲い込むようにレティの背中に腕を回す。


「俺はレティに甘いんだ。愛してるからな」


「私も、です」


ふたりは甘く視線を合わせ、瞳を蕩けさせると、小さく笑った。


「まぁ、あとはあの怪しい薔薇ジャムになにが入っているのか、それが楽しみになってきたよ」


ジルサンダーは言葉とは裏腹に渋面で言い、それを払拭するかのように、レティを存分に愛ではじめた。


これは思い出して恥ずか死にするやつじゃないかしら?


早く双子が紅茶をもって戻ってこないかしら?と期待するレティだった。

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