40 ローズマリアの侍女から頼まれました
ごくありふれたブラウンの三つ編みおさげカツラを被り、頬から鼻筋にかけてそばかすを散らして、メアリースーナタリースーの双子とお揃いのお仕着せを着たレティは鏡の前で満足げにくるりと回ってみせた。
「まだレティ様の神々しい美しさが損なわれませんので、こちらを付けてください」
ナタリースーから賛辞とともに渡されたのは丸いフレームの眼鏡。
細く華奢なそれはとても繊細な造りで、レティは受け取ってから、その軽さに驚いた。壊してしまいそうだ、とビクビクしながらかけてみると、すぐに顔に馴染み、付けていることを忘れてしまいそうだった。
「あぁ、それはいいですね。よくお似合いですし、レティ様らしくもないです、ナタリー、上出来です」
メアリースーが出来映えに鷹揚に頷き、ドア前の警護の騎士に眠気が強いのでレティが暫く寝ること、そしてその間誰も通さないことを伝えてから、秘密の通路を使って3人はこっそりと抜け出ることに成功した。
王族専用と言われた秘密の通路に関してはアレクシスから地図を頭に叩き込まれていたのでレティは眼を瞑っていても歩ける程度には熟知していた。当然、双子には固く口止めをしてある。
アレクシスとしてはローズマリアがなにをするのかわからないからこそ教え込んでおいた秘密の通路だったので、このような使われ方は想定外だろうし、不本意だろう、と双子は思ったが、憂鬱そうに薔薇を眺めるレティの姿をみるのも忍びなかったので、致し方なし!と開き直ってもいた。
「こっちよ、この角を右に行くと庭園に向かう小路に出るはずなの」
よく響くため、レティは囁くように双子に説明した。それがまたなんともいえずに官能的で、ナタリースーが堪えきれずにレティに抱きつく暴挙に出る。驚いて悲鳴を上げそうになったレティの口を優しく押さえてから、メアリースーはナタリースーを強く叩いた。
「ここ、ここよ」
全体重を込めてレティが石壁の一部を肩を使って押すと、ガコンという音ともに壁が開き、突然射し込んだ陽にあたって周囲にホコリが舞っているのがよく見えた。3人はそっと外を窺いつつ、何気ない様子で抜け出ると庭園に向かって歩き出した。
レティが久々の外気を胸いっぱいに吸い込んで、綻ぶように笑顔を溢れさせた。
「気持ちいい!」
まだ昼前の陽射しは柔らかく、包み込むのような暖かさに満ちている。足元の草花からは独特の青臭さが漂い、いかにも初夏の香りがした。
双子も同じように大きく息を吸って、気持ち良さそうに眼を細めた。
「今の庭園だとなにが咲いてるかしら?」
「そうですね、カーネーションにガザニア、それから…」
「ダリアにペチュニア!」
「マーガレットにライラックというところでしょうか?」
双子らしく交互に花の名前を上げていく。
名前がひとつ出る度にレティの瞳は輝きを増した。
「楽しみだわ!」
手に持ったバスケットを振り回しそうな勢いでスキップをするレティが可愛らしくって、メアリースーとしては幾分、躊躇われたが、
「レティ様、せっかく変装しているのですから侍女らしくしてくださいませ」
と、小声で注意した。
そうだった!とぺろりと舌を出して肩を竦めるレティの仕草に今度はナタリースーが悶絶した。
「レティとは呼ばない約束よ、メアリー」
ぷくりと頬を膨らませてレティはメアリースーにやり返す。すると苦笑を浮かべてメアリースーが
「そうでした、レティシア、ですね、すみません」
と謝った。
庭園の東屋でランチをしようと軽食を詰めてきたバスケットをツンと澄ました侍女らしく持ち直すと、レティは落ち着いた足取りで庭園の入り口である薔薇の門を潜った。
「わぁ!」
感嘆の声を上げたレティを連行するようにして3人は色とりどりの花が咲き乱れる庭園を抜けて東屋まで辿り着くと、すぐにバスケットからサンドイッチなどの軽食を取り出して庭園ランチと洒落こんだ。
幸いなことに奇跡的にまだ誰にも見咎められてはいない。様々な花の芳香と眼を楽しませるカラフルな色彩を眼前に3人は実にリラックスした気分で食事を楽しんでいた。
そのはずだったのに…
アレクシスの護衛騎士が庭園に入り込んで来たのを眼にした双子が東屋に寄せないようにレティを残して話しかけに行ってしまったあと、レティはまさかの相手から思わぬものを託されてしまっていた。
「あら、あなた、どこの宮の子?」
双子を見送ったあと、レティの背後から突然声をかけてきたのはスカイブルーのお仕着せを着込んだ侍女だった。一重の鋭い目付きにレティは思わず身を竦めてしまう。
「さっきまでいた子たちはレティ様の侍女よね?なら、あなたもそうなの?」
「…はい、入ったばかりですけど」
仕方なくレティは立ち上がり、ローズマリアの侍女と思われる相手に軽く膝を折って言葉を返した。
すると彼女は眇めて、レティを値踏みするように見る。
「そう、入ったばかりなの、ふぅん」
「レティシアと申します」
「名乗らなくてもいいわ、でもあなたにお願いしたいことがあるのよ。先輩の頼みだもの、断ったりはしないわよね?」
口許だけは緩ませても、レティを試すような冷たい視線を逸らすことなく侍女が言い、レティは頷くことしかできない。それでも満足そうに首肯すると、スカイブルーのお仕着せのポケットからジャムの小瓶を取り出した。
「薔薇のジャムなの。是非レティ様に試していただきたいのよ。紅茶に落として飲むと美味しいのよ。美容にも最適だし」
レティの手を取ると、侍女は強引に小瓶を握らせた。
「あなたがお茶をいれるときにでも使ってくれたらいいわ、頼んだわよ」
それだけを言うと、さっと踵を返して彼女は去っていった。レティの手にはキラキラと光を受けて輝く小瓶がひとつ残された。
スカイブルーのお仕着せが新緑に紛れるように消えていくのを眺めながらレティはまたため息を吐いた。
「せっかく気分転換に出てきたのに、厄介なもの、持ち込まれちゃったな」
ジルサンダー相談案件発生に悄然とレティは肩を落として項垂れた。




