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36 懸念材料は調べましょう

「さ、レティ様、殿下も目を覚まされたことですし、すでに夜も更けてございますので、お部屋に戻って休んでくださいませ」


メアリースーがレティの背中を軽く押しながら、ジルサンダーの寝室からの退室を促した。レティは素直に頷くと、軽く膝を折ってベッドに横になったままのジルサンダーにおやすみなさい、と挨拶して辞去した。

当然、ジルサンダーは添い寝を希望して大いなる駄々を捏ねたが、それが受け入れられるはずもなく、メアリースーナタリースーの双子に完全警護の体でレティは去っていった。


「せめて…おやすみの、チュウくらい…させて、ください………!」


泣きの懇願も見事に無視され、ジルサンダーが崩れ落ちたのは言うまでもないだろう。


「で、青いのは?どうしてる?」


甘い時間も過ごせないまま、しかもすでにたっぷりの睡眠を貪ってしまったために眠気すらないジルサンダーは不貞腐れた態度で捨てるように吐く。

一応聞いただけで本当は答えなど知りたくもない、と顔にはしっかり表れてはいるが、ギルバートは気にすることなく影を呼んだ。


「蒼の貴婦人は後宮にて休まれております」


「あれが貴婦人?毒婦の間違いだろう」


だからといって影がローズマリアを蒼の毒婦とは口が裂けても呼ぶわけにはいかない。ジルサンダーの冷気を纏う毒を聞き流して、言葉を紡ぐ。


「殿下が倒れられてから、しばらくはアレクシス殿下の部屋の前で待っておられましたが、そのあと後宮に戻られました。後宮内に潜ませたものからの報告によりますと、地下へと降りて一刻ほど戻らなかったとのことです」


「地下に?」


「なにしに?」


ジルサンダーとギルバートが質問したが、


「蒼の貴婦人が雇われた侍女以外のものが宮に入り込むのは難しく、潜ませた影は料理補佐としてですので、詳細までは探りかねたようです」


と、影からははっきりとしない答えしか返ってこなかった。


「俺の宮の地下に部屋なんか、あったか?」


素朴な疑問。

だが本来、己の管理下にあるはずの後宮内を把握していないのは王子として問題がある。ギルバートは深く眉根に皺を刻んで嘆息した。


「ジル様の宮の地下には拷問用の完全防音室が一部屋、それから座敷牢が一部屋、ただの牢屋が二部屋ございます。あとは納戸代わりの物置部屋と武具武器置き場ですね」


実に物騒な部屋の数々にジルサンダーはあんぐりと口を開けた。


「ジル様が使われることがないように、とは願っておりますが、何分過去の事例を鑑みますと、必要な事態にならないとも限らないようですので、敢えて触らずにそのままおいておいたのです」


妃を狙った暗殺者。

後宮通いに明け暮れる王子をターゲットにした暗殺者。

王族との既成事実を画策した身分の低い侍女。

出入りの商人と密通した妃。

望まぬ夜伽を恨んで王子を害した側室。


かつて不穏な地下を利用したものたちの列挙にジルサンダーは頭を抱えた。


「それで、その血生臭い地下になんの用があって、あの毒婦は一刻もの間、籠っていたと思う?」


絞り出すように言ったジルサンダーがちらりとギルバートに視線を寄越した。


「勝手に地下を使って表沙汰にできない良からぬことをしている、としか考えられませんけどね」


あっさりとギルバートは疑惑を口にする。


青の毒飼い家(ブルーデン公爵家)がやる良からぬことなど一つしかないではないか」


ブルーデン公爵家のお家芸(違法薬物生成)


「さようでしょうね、まず間違いなく」


無言の空間に毒殺の文字がチラつく。


「しかし、俺は加護を得たし、レティは、なぁ?」


「さようでございます。かの方が用意されたものが(ソレ)であるならば、もう意味のない無用の産物でございましょ」


致死毒であるならば…


主と侍従の頭にちらりと過る同一の思い。

死ぬような毒ならば恐れることはない。

ジルサンダーは神の加護を持つ正当なる王だから、死を恐れる必要がない。

おそらくギルバートが殺意をもってジルサンダーに今このとき剣を突き刺したとしても、その刃は彼の身体を通ることすらなく折れてしまうだろう、

少なくともロマリア王国歴史書には初代国王ロマリア・ロマリアがそうだったと記載があるのだから。


加護を与えたソフィテルが尽きるとき、ロマリアもともに尽きるだけで、それ以外で彼の命を奪うのは神とて難問だろう、と。


同じ女神から加護を得ているジルサンダーもレティが命を失わない限り、不死身の肉体とともに生きる運命にある。


だから致死毒なら恐れるものではない。


しかし、毒とは死ぬものばかりではない。


「ロマリア王は薬も効かないのだったか?」


思案のための静寂を破ってぽつりと呟いたジルサンダーからギルバートは視線を逸らして手元の書類に眼を落とした。


「図書室へ参りますか?王族のみ閲覧可能の歴史書がございますが、わたくしだけでは手に取ることすらできませんので」


侍従の言葉を受けたジルサンダーが己の左親指にはめられている指輪をみた。武骨なほど大きなそれには王家の紋章が刻印されている。

ギルバートの言った王族のみが入れる、図書室内にある一室の鍵は特殊で、司書から借りた鍵と王族だけが個人で所有する紋章の入った指輪がないと開かないのだ。


「しかしこの時間に司書はないだろう?」


「鍵のことでしたらご心配なく。陛下の許可を得てわたくしも所有しているのです」


時間があれば本を読み、時間がなくても図書室へ通うギルバートが頻繁に早朝深夜と関係なく、司書を叩き起こしてでも開けさせる暴挙が続いたある日、国王陛下から呼び出されたギルバートの眼前に、学ぶ姿勢が誇らしいという最もらしい理由の褒美として図書室の鍵を特別に賜っていた。


勤務時間外に鍵ごときでプライベートタイムを邪魔されることを厭うた司書からの苦情の為せる技だろう、とほくそ笑んだのをギルバートは思い出して、思わず笑みを洩らした。


「ならば、調べようか。眠くもないしな」


珍しく小さく笑んだギルバートを訝しげに眺めながら、ジルサンダーはベッドから降りた。

そして僅かに窺うように首を傾げる。


「おまえは大丈夫なのか?寝てないだろう?」


「どうせいつも大して寝ておりませんので、このくらいは大丈夫でございますよ」


なんでもないように答えながらも、主の気遣いにギルバートは心からほのほのとした。

いつだって無茶振りばかりの主だが、こうしてちゃんと己のことを見てくれているからこそ尽くせるのだ、とギルバートは忠心を新たにする。


「じゃ、行くか!」


朗らかに言って、ジルサンダーは身も軽く寝室をあとにした。

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