30 ふたりの専属侍女は護衛も兼ねます
「レティ様、こちらが貴女付きの専属侍女の二人です」
いつまで経っても抱き締めたまま離さないジルサンダーからべりべりとレティを剥がしたギルバートが執務室からそう遠くない女神専用の部屋まで彼女を誘導したあと、重厚な観音開きのドアを開けた。部屋のなかにはお辞儀をして待っていたらしい対照的なふたりがいて、彼女たちを指してギルバートが言ったのだ。
「宜しくお願い致します、女神様」
ふたりの声がリンクする。
音質まで同じで、確実に重なっているのにひとりの口から出たとしか思えない。
レティは挨拶を返しながら、ロマリア王国ではほとんど御目にかかれない双子を不思議そうに見つめていた。
「ナタリースー・エモンズです。どうぞナタリーとお呼びください」
燃えるような赤毛の侍女が名乗る。
レティの赤毛がオレンジなら、ナタリーの赤毛は炎そのもの。毛先に向けて少しずつ黄色になった様子まで見事に再現している。そして瞳は夏を思い起こす、爽快なグリーンだ。にっこりと笑う表情からは髪の色同様に周囲を明るく照らすような性格を感じさせる。
「メアリースー・フェアウェイです。メアリーとお呼びください」
ナタリースーと同じ顔、同じ声でもうひとりの侍女が自己紹介をした。彼女の髪は漆黒の闇のよう。艶めいて光を反射させているのがレティには眩しかった。瞳の色は穏やかな秋の陽の色で、暖かな橙だった。柔らかな聞いているだけで心地よい声音は彼女の静かな性格をよく表していた。
「2人ともわたくしの縁戚のものです。どうぞご安心ください。信用できるものたちです」
ギルバートが言って、少し窺うようにレティを上目遣いで見てから
「………わたくし同様に?」
と自信なさげに続けたので、レティはふわりと微笑んでから侍女ふたりの手を取った。
「私の全てを託します。もちろん信頼しています。宜しくお願いしますね!」
ギルバートを含め、3人はさも嬉しそうに破顔すると力強く頷いた。
ここ、ロマリア王国では双子は忌み嫌われる。
だから滅多に姿を見かけることはない。仮に生まれてもどちらかだけを残すからだ。
選ばれなかったほうは運が良ければ修道院で外を知らないままだが、生きてはいける。悪ければ城壁の外に棄てられるのだ。
ほとんどは魔獣や獣のエサになるが、たまたま通りかかった商隊に拾われて孤児として育てられることもある。どちらにしてもロマリア王国内で生きる道は絶たれるのだ。
それも100年ほど前の王が発端だった。
時の王の側妃の腹からふたりの王子が産まれでた。
同じ顔、同じ瞳、同じ髪のふたりを見た王が不吉だと忌み嫌い、側妃を処刑した。
複数の子を産むなど、獣と同じだ、側妃が獣と通じた、と意味不明な罪状が与えられたからだ。
そして産まれたばかりの赤子まで城壁の外に投げ棄てられたのだ。
双子であったことばかりが原因ではないだろう。
歴史書を紐解けば、正妃と側妃の諍いが絶えず、正妃には子がなかった。側妃に王子が産まれれば正妃の立場が危うくなる、と正妃が赤子を排除したのだとわかる。
とにかくこれ以降、ロマリア王国では双子を善しとしない風習ができた。
16年前にエモンズ伯爵家で産声を上げた赤子が双子だったとき、伯爵夫人は半狂乱になって赤子を護った。
愛妻家であるエモンズ伯爵は夫人の気持ちを汲んで、メアリースーと名付けた女の子を夫人の姉であるフェアウェイ伯爵夫人に託すことにした。
フェアウェイ伯爵家にはギルバートを筆頭に4人の男の子ばかりだったので、夫人はたいそう喜んでメアリースーを養子とした。
双子であることがわからないように戸籍上ではフェアウェイ伯爵夫人の実子となっている。
運のいいことにメアリースーとナタリースーは見分けがつかないほど似ているが、髪と瞳の色だけが違ったので、従姉妹として押し通すことができた。
エモンズ伯爵家もフェアウェイ伯爵家もどちらも武人の家系で、エモンズ伯爵は現在軍の司令官として、フェアウェイ伯爵は近衛騎士団の団長としての職を得ている。嫡子のギルバートがジルサンダーの侍従であるのも、将来的に近衛騎士団の団長になる布石だった。
そのような家庭で育った双子は剣の才能を見事に発揮した。並みの騎士にも軍人にも負けないだろう。
体術も剣術も、2人より秀でるものはなかなかない。
信頼ができて腕の立つ護衛として、これほどの適任者はないだろう、とジルサンダーが選んだのだ。
「アレクシス殿下とお引き合わせ致します。ナタリー、メアリー、すぐにレティ様のお支度を」
「はい!」
「では女神様、まずはお湯浴みからはじめましょう!」
ナタリーの言葉に慌てた様子でギルバートはレティの部屋をあとにした。
女神様、と呼ばせるのは止めさせないと、と思ったが、今から湯浴みをするレティの部屋に再度足を踏み入れる勇気はなかったので、あとで必ず注意しよう、と頭に刻み込んだ。
ジルサンダーの、嫉妬の隠った陰鬱な瞳を思い浮かべて、ギルバートはまた嘆息した。
果たしてレティを傍に置くことが正しいのだろうか、と何度めかの自問自答を繰り返した。




