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3 ロマリア・ロマリアの終焉 後編

マリアベルの腹から忌まわしい世継ぎが産まれる前日。

何者かがソフィテルのお茶に毒を混ぜた。


神族である彼女に毒は効かない。

如何なる刃も通さない身体はこの世にあるが、この地界のものではない。


けれど毒を飲めば、それを打ち消すために彼女の身体は光出す。癒しの浄化が無意識に成されるのだ。その姿を目撃したロマリアは半狂乱になった。造り上げた世界そのものを破壊しても構わないほどに愛してやまない己の妃を害するものがあったとなってはロマリアは正常ではいられなかった。


犯人捜しは熾烈を極めたが、結局誰も罪人として浮上することはなかった。実に巧妙な手口だったのだ。


ソフィテルはなにも問題はないのだから、と諫めたが、ロマリアは神経過敏なほど身近に寄るものを信用しなくなっていた。


そんなときに世継ぎを無事に産んだマリアベルから薬師をひとり紹介された。


城下では有名な薬師で、その優秀さはブルーデン家の折り紙付きだった。

実際、ソフィテルが口にする前に薬師が毒の混入を嗅ぎ付けた。文字通り、臭いでわかったのだという。

そんなことが2度3度とあり、ロマリアは薬師をソフィテルの側仕えとした。

毒味役ならぬ毒嗅役である。


薬師は名をレオナルドと名乗った。


普段から目深に被っているフードを取れば、輝くばかりの銀髪がまさに夜空に浮かぶ星々のごとき美しさを見せた、かなりの美丈夫だった。


レオナルドが愛するソフィテルの側にあることを不安に感じたロマリアは妃の前で顔を晒すことを禁じた。

ソフィテルの麗しき瞳に映る美丈夫は己だけでいい、と寄り添って250年以上経ってはじめて嫉妬を覚えたのだ。


この頃になると外戚となったブルーデン卿は世継ぎを旗印にロマリアに退位を迫るようになっていた。言葉には出さずに態度で言外に示すのだ。


ソフィテルとの穏やかな暮らしが望みなら退位して、離宮で蜜月を過ごせばいい、と。


それは思いも掛けずロマリアには魅力的な提案だった。国も安定して治まり、大きな問題もなく、己がなくても進むべき道を歩んでいると確信していた。


ならばソフィテルとふたりの生活をそろそろ満喫してもいいのではないか?


ふと、彼の心に忍び寄る甘美な誘惑。


ブルーデン卿だけでは不安だが、デイグリーン卿もブラッディ卿もいれば、幼い世継ぎの後見人さえブルーデン卿にしなければ、己はソフィテルとの幸せを享受してもいいのではないか。


その蠱惑的な考えが頭にこびり付いてから、ロマリアは政から身を引き始めた。興味を失ったのだ。

民がどうなろうが、国がどうなろうが、ソフィテルさえあれば構わない、という事実に気付いてしまった。


徐々に玉座に就く時間が減り、執務室に籠ることが少なくなった。その代わりの時間をソフィテルの嫋やかな笑顔に癒される浄化のときとして楽しんだ。


そんなとき、マリアベルから予想外のことを耳打ちされた。まさに悪魔の囁き。


「ロマリア陛下、このようなことを申し上げるのはあまりにも僭越かと存じますが、口を閉ざすわけにも参りません」


殊勝な態度で、ちらりと上目遣いでロマリアを見たマリアベルは彼女のドレスに炊き込んだ香の匂いが鼻につくほどの距離まで唇を寄せて言った。


「ソフィテル王妃はレオナルドと通じております」


ロマリアはその場でマリアベルを斬り棄てた。

そしてその激情のまま、ソフィテルの部屋へと向かう。


荒々しく彼女の部屋のドアを開ければ、ベッドに横たわるソフィテルに覆い被さるようにいるレオナルドを眼にした。


「なにをしている!」


怒鳴ったときには、マリアベルを斬った剥身の剣をレオナルドに突き刺していた。驚いたソフィテルがその純真無垢な菫色の瞳を揺らして悲鳴を上げた。


彼女の細く白い首筋に、ぽつんと目立つ紅いマーク。


それが今朝までなかったことをロマリアは知っていた。途端に頭に血が上った。脳が沸々と沸くのすらわかった。


冷静に状況を判断すれば、ソフィテルに疚しいところはなかった。ドレスに乱れもなく、首筋はただの虫刺されだ。昼寝を貪っていただけで、ロマリアに誤解させるためにレオナルドは彼女に覆い被さっていただけなのだと。


けれどロマリアは眼にしたものをそのまま受け取り、信じるべき最愛の人を疑った。


そして芽生えた殺意。


ソフィテルの言葉など耳に入れることもなく、彼は己のなかにある嫉妬すべてを込めて彼女に剣を突き立てた。


本来なら通さないはずの彼女の身体に、ロマリアの剣はズブズブと刺さっていく。


ソフィテルは神族の娘。

決して死なないはずの女神。


けれど愛の加護を与えたものから殺意をもって弑されるとき、その永遠の命を喪うのだ。胸に突き立てられた剣が彼女の浄化の力で融け消えたあと、爆発するように光が奔流した。


それは眩く、眼を開けてもいられないほどの光の渦となってロマリア王国を覆っていった。最期の断末魔とともにソフィテルは愛する国に祝福の光を纏わせて、持てる加護すべてを与えたのだった。


ソフィテルの加護があったからこそ不死身であったロマリアは彼女の父神の嘆きの咆哮とともに、その罪深き魂ごと朽ちた。


こうしてロマリア・ロマリアは最期を迎えた。

それは決して穏やかではない死に様だった。


初代ロマリア王夫妻の墓はない。


遺体すら遺さず逝去したからなのだが、それらの歴史を知るものはない。


それから400年。


ブルーデン家の血筋がロマリア王国を蝕み続けている。すでに栄華を誇った王国は見る影もなく、ロマリアの思想から掛け離れた治世を送っている。


平民は圧政に苦しみ、貴族は矜持を失い、公爵家は己の利だけを追い求める。


そんな城下町に、健気にも必死に生きる少女がいた。


これはその少女の物語である。

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