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26 レティ、いざ城へ参る!

念のため、と強硬に休むように訴えるアルフィに従って、起きたばかりのレティは朝の販売時間を自室のベッドで横になって過ごしていたが、朝食を摂るためにパンがすっかり完売した頃合いを見計らって階下に降りた。


柔らかい朝陽がダイニングテーブルのうえに置かれたレティの涙(サファイア)に当たって、夢のような美しさでキラキラと瞬いている。


それが己の眼から出たものだとは到底信じられず、触れるのすら怖かった。

後片付けに忙しそうな両親が来るのを待って、レティはダイニングテーブルに付いた。両手に顎をのせて、大きいだけが自慢の傷だらけのテーブルに似つかわしくない宝石をじっと見据えていた。

そのとき裏口から息を切らしたジルサンダーが挨拶もなく駆け込んできた。


「レティ!」


朝陽に銀色の髪が艶やかに光り、喜びにブルーサファイアの瞳が煌めいたジルサンダーがうっすらと額に汗を浮かべて、ダイニングの入り口に手を掛けて立っていた。その姿を眼にした瞬間、レティは心の奥底から湧き上がる、経験したことのない歓喜に身を震わせた。


「ロマリア!」


思わずソフィテルの最愛の人の名を叫び、そのことに驚いて口を両手で押さえた。呼び掛けられたジルサンダーが眼を見開く。


「あ、ごめんなさい、私、ちょっと記憶がちぐはぐになって混乱してて!」


「いや、構わない。急に来た俺が悪い」


金縛りが解けたように、スマートにレティのもとに歩を進めると、その柔らかい身体をそっと抱き寄せた。


「しかしさすがに他の男の名を呼ばれるのは面白くない。理由を聞いても?」


例えそれが建国の父であり、己の先祖であっても、とジルサンダーは呟いた。


抱き締められたレティはくすりと笑ってからジルサンダーの背中に手を回した。そして自分から鍛えられた胸に頬を擦り寄せた。まだソフィテルの記憶が強く残るためか、恋愛免疫抵抗力の弱いレティにしては大胆な行動に、ジルサンダーが僅かに驚いて身動いだが、すぐにくつくつと笑んだ。


「寝ている間、ずっとソフィテル様の夢を見ていたんです。まるで記憶そのものを。暫く自分がレティだとわからないくらいに混乱してました。だからジル様を見たときロマリア様だと思ってしまったんだと思います。ごめんなさい」


「謝ることでもない。ところで、テーブルのうえのバイオレットサファイアは?」


あれほどの宝石を無防備にテーブルに投げ出して置けるほどの店ではない。だとすればレティに良からぬ想いを抱いた誰かからのプレゼントか、とジルサンダーが疑うのも無理はない。

一粒ならまだしも、両手から溢れるほどには山になっているのだ。サファイアのなかでも貴重なバイオレットは王家ですら手に入れるのが難しいのに、アルフィのパンに文字通り溢れるほどあるのを不思議に思わないほうがおかしい。


だからこそ、レティは困惑気味に説明した。

流した涙が宝石になった、と。

誰がそんな与太話を信じるだろう、と思いながら。


しかしジルサンダーは感心したように何度も頷いたのだ。


「王家に伝わる神話では知っていたが、まさか本当だとは思わなかったな。ソフィテル王妃はダイヤモンドを流したそうだ。宝石で有名なコリンナ国はソフィテル王妃の涙が地に埋まり、それを知ったロマリア王がそこに国を造り、浮民を住まわせたという伝説があるんだ」


眼を細めて、愛しそうにレティの髪を漉いたジルサンダーは嬉しそうに微笑んだ。


「本当にレティは女神なんだな」


「うん、信じられなかったけど、信じてあげることにするわ」


ふたりは視線を絡めて、弾けるように笑い合った。


「朝食にしましょうか、お腹空いたでしょ?」


髪を覆っていた三角巾を取りながらダイニングに入ってきたカレンがジルサンダーと抱き合うレティを見て、


「あらあら、お邪魔したかしら?貴方も食べていくでしょ、うちのパン」


と、驚く様子もなく、とても王族に対する態度でもなく言った。レティが目を覚ました時点で鳥たちが飛び立って行ったのを見ていたので、報せを受けて会いに来るだろう、とは思っていたのだ。


これほど早いとは思わなかったけど!


カレンは朝陽に溶けるように笑ってみせた。それが妙に心地よく感じたジルサンダーは楽しそうに眼を細めて、もちろんご馳走になります、と答えた。


「すぐにアルフィが来るから、離れて座っていてちょうだい」


ウインクを残して、カレンはキッチンに向かっていった。急に恥ずかしくなってふたりとも頬を赤く染めたのは言うまでもない。


珈琲とアルフィの白パンにハムやチーズ、レタスなどを挟んだものが並べられた食卓を囲んで、5人は朝食を食べた。

アルフィとカレン、ジルサンダー、レティに、暫くして追い付いたギルバートである。


「そうそう、起きたばかりだからまだレティには伝えてないのよ、ごめんなさいね」


カレンがジルサンダーに歌うように言って、レティが不思議そうにふたりに視線を送った。それを受けて、ジルサンダーが珈琲でパンを流し込むと、彼女のほうに身体を向けた。


「俺の婚約者候補として城に住んでほしいんだ」


追い付いたギルバートからジルサンダーが騎士ではなく第一王子だと打ち明けられたレティは大して驚くこともなく、むしろ彼女がすんなりとその事実を受け入れたことに、ギルバートのほうが驚きに眼を瞠ったくらいだった。

だから唐突に城に住もう、と誘われてもレティはごく自然に答えた。


「私がお城に?」


ジルサンダーは頷く。


「後宮に入るわけじゃない。俺が傍にいる。レティのことは必ず護る。だから…」


今までのレティだったら断っただろう、とカレンは思った。しかしソフィテルのロマリアに対する深く熱い想いが今のレティには宿っている。

今までのレティは何に対しても無欲だったが、ソフィテルの記憶を持つレティはジルサンダーに関しては欲張りになっている。

だからジルサンダーの願いを聞くこともなく彼女は当然のように即答した。


「行くわ。ジル様と一緒にいたいから行きます」


宣言したレティは両親に向き直る。


「いいわよね?私、行ってもいいよね?」


諸手を挙げて賛成はできないが、だからといって反対もする気はなかったカレンは仕方ないわね、と笑って許した。秘かに溺愛しているアルフィはジルサンダーがいるだけで不機嫌だったのに、さらに輪をかけて渋面になったが、それでも渋々認めたので、レティはジルサンダーに抱き付いた。


「レティ!」


アルフィの悲鳴も聞こえない様子で、喜びにはしゃいでいるレティを幸せそうにジルサンダーは眺めていたが、


「ジル様、ただでさえレティ様の前では締まりのないのに、顔面崩壊してますよ」


とぼそりとギルバートに囁かれて、慌てて顔を背けた。耳まで紅潮させている主の姿にギルバートはため息しか出なかった。

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