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25 ソフィテルの記憶

ジルサンダーに愛の加護を与えたときに気を失って以来、レティは3日3晩寝続けた。


その間、アレックが心配そうにオパールの瞳を揺らしてずっと彼女に寄り添っていた。鳥からアレクシスへと伝わるレティの様子は当然のようにジルサンダーにも伝わり、そのため心配した彼からの花束が連日山のように届けられていた。

おかげでアルフィのパンは店のなかから店先まで美しく誇らしげに咲く、色とりどりのガーベラで満たされていた。


カレンが届けられたばかりの花束を持ってレティの部屋を訪ね、ベッドの上で呆然と座っている娘を眼にしたのは4日目の朝のことだった。


「レティ!目を覚ましたのね!」


もしかしたら二度と目覚めないかもしれない、と日々不安を募らせていたカレンは喜びに王子から贈られた花束を放り出してレティを抱き締めた。

とんだ不敬だが、そんな些事に煩っている場合ではなかったのだ。


「良かった!起きないかと思ってたのよ、貴女、もう3日間も寝っぱなしで、赤ちゃんだってそんなに寝ないのに!」


抱き締め、頬摺りし、何度も何度も髪を漉くように撫でた。


「おかあさん?」


「そうよ、レティ」


「私…レティ、よね?」


「そうだけど、なに言ってるの?どうしたの?」


なかの様子を窓の外から窺っていた鳥たちの内、数羽が慌てたように飛び去っていく。

視線の定まらないまま、レティはカレンに顔を向けた。


「ソフィテル様の夢を見たの。ソフィテル様の記憶そのもの、をずっと見てたの」


神の娘としてソフィテルが火山から生まれたこと。なにもかもを燃やし尽くす熔けた大地が心地よかったこと。

父神から大切にされ、愛されたこと。ソフィテルを愛しく想うあまり、父神がそれ以上の子供を求めなかったこと。

次第に地上の人間が傲慢になって哀しかったこと。敬愛する全能の神である父を人間が信じなくなり、その力が弱まって、危うく消えてしまうところだったこと。

それを憂いた女神たちによって人間から魔力を奪い、文明を奪い、彼らが汚した大地のなかでなにも持たずに人間が生きなくてはならなかったこと。

そしてそれを救う術を持たなかったこと。

永いこと哀しみに打ち拉がれていたこと。


悲哀に沈んで闇に堕ちそうになっていたときにロマリアに出逢ったこと。産まれたばかりのロマリアを助けたことで喜びを知ったこと。

成長していくロマリアに恋をしたこと。

彼からの愛を受け入れたこと。

それがどれほどの歓喜だったか、言葉に尽くせずに焦れったかったこと。

ロマリアとともに国を治めたこと。

最愛の彼に殺されたこと。

そしてその瞬間でさえ、ロマリアを愛して幸せだと感じながら逝ったこと。


レティはソフィテルそのものになったように、彼女の記憶すべてを受け継いだのだ。

目が覚めた瞬間、己がレティなのか、ソフィテルなのかすらわからないくらいだった。


わかることはひとつ。

己が女神であること。救国の女神。癒しの乙女。

ソフィテルの生まれ変わり。

そして神の加護を一身に受けた稀有な存在。

もてる力はソフィテルと同じ癒しの光。

ソフィテルと同じく、生きとし生けるものたちのために王を選ばなくてはならない運命。


それからもうひとつ、確信をもってレティは感じていた。


ジルサンダーはロマリアの魂をもつ男性(ひと)

レティがソフィテルの導きにより心を預けるべき大切な人。

そして彼はロマリアを血を受け継ぐ王族であること。


でも、だからって、好きになったわけじゃない。

ソフィテル様の気持ちに引き摺られてもいないわ。

私はジル様と過ごした時間で、彼に惹かれたんだもの。


短い時間だったけど…


己の思考に沈みかけていたレティはカレンに抱かれ、名前を呼ばれてハッとした。


「なんだかずっと別人になって旅行してた気分」


ポツリと呟いたレティにカレンはにかっと破顔した。


「そうなのね、おかえりなさい。帰ってきてくれて嬉しいわ、レティ」


待ち詫びていた母の言葉にレティは無意識に涙を溢した。ポロポロ、ポロポロと流れる涙にカレンは優しく指で拭おうとして、眼をひん剥いた。


「レティ!貴女!!」


拭うどころか、カレンは涙を受けるように両手を器のようにしてレティの顎に当てた。その掌に美事なバイオレットサファイアが貯まっていく。


驚いて、レティは泣くのを止めた。


「おかあさん、これ…」


「宝石よね、これは」


カレンの両手から溢れんばかりの紫に輝くサファイアを母娘ふたりで唖然として眺めることしかできなかった。


ちょうどその頃、レティが目覚めたことを報せる鳥たちがアレクシスの自室の窓を(つつ)いていた。

すぐにジルサンダーに伝えられ、報せを聞いた彼が諫めるギルバートを押し退けて馬に跨がったのは想像に難くない。


その後ろ姿をアレクシスは可笑しそうに、けれどどこか悲哀を含んだ微笑みを浮かべて見送っていた。

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