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24 愛の加護を得て神の認めし王となる

少し前からレティが淡く瞬くように光っていると思っていたが、まさか本当に光を発しているとは考えもしなかったギルバートの眼前で、己の主を包み込むようにレティから放たれた金色の輝きが光の塊となって蠢いた。


あまりの光の強さに眼が眩み、ギルバートは掌を翳して目元に影を作ったが、そんなものなどなんの意味も成さなかった。


「レティ!」


ジルサンダーが叫び、カレンが悲鳴を上げる。慌てて立ち上がったアルフィのせいで椅子が勢いよく倒れた。


何事か、とギルバートがよくよく眼を凝らしてみれば、気を失った様子のレティが光のなかで仰け反り、天を仰いだ状態で数十センチ程度ではあったが、浮いていたのだ。


ジルサンダーが繋ぐ手だけが拠り所のように、その高さで留まっているが、離してしまえば、どこまで昇ってしまうのだろう、と思いがけない不安がその場にいた全員の胸に迫った。


次第に彼女を包んでいた光のうねりがジルサンダーへと流れていき、ふいに消えたとき、レティの身体がジルサンダーの胸のなかに落ちてきた。

まるでロマリアがソフィテルを抱き留めたように、ジルサンダーはレティを受け止め、そのまま想いの強さを示すように抱き締めた。


まだ昼下がりの室内は本来なら明るいはずのなのに、レティから溢れでた光があまりにも眩くて、ギルバートは暫く周囲を薄暗く感じた。

それほどの輝きだったのだ。


まさに神のごとき聖なる光。


「間違いなくレティ様は救国の女神様なのですね」


思わず溢れたギルバートの言葉はカレンの耳に痛みをともなって響いた。できれば聞きたくなかった言葉。

そしてそれを否定するだけの根拠を失った衝撃に声を発することもできずにいた。


気を失ったままのレティを横抱きにして、ジルサンダーは愛しい彼女の両親に向き直った。


「レティ嬢がこの状態のときに言うのも卑怯かと思いますが、俺はロマリア王国第一王子ジルサンダー・ロマリアです。そして今、女神の加護により王たる能力も授かりました」


切なげに腕のなかのレティを見て


「彼女が俺を受け入れてくれたら、このまま城に連れて帰ろうと思っていました」


と続け、そっと閉じられた瞼にキスをした。

その行動を目の当たりにしても、己の娘が真実女神だったと見せ付けられたアルフィはジルサンダーを非難することもできずにいた。


「でも今日は俺だけで帰ります。後日、必ず迎えに来たいと思います。どうかそれをレティ嬢に伝えてください」


それだけを言葉にすると、慈しむように一度強く抱き寄せてから、アルフィの腕にレティを渡した。


「戻るぞ、ギルバート」


「はい」


主従が颯爽と踵を返し、去っていく姿をただ眺めていたが、唐突に我に返ると、ふたりとも慌ててレティを彼女の寝室に運んで寝かせた。


「どう、話せば、ここを離れてお城に行く気になるかしら?」


カレンの呟きが哀しみに彩られて、薄れていった。


いつもの王都端の厩戸まで早足で戻ったジルサンダーとギルバートは預けていた馬の背にひらりと跨がり、王宮を目指して馬の腹を軽く蹴った。

嘶きのあと、厩戸が窮屈だったのか、ストレスを発散するように常にない速さで馬が駆け出す。


「ジル様!」


「舌を噛むぞ!話は戻ってからいい!」


馬の動きに合わせて弾みながらジルサンダーは言ったが、ギルバートは諦めずにさらに馬を主の方に寄せた。


「いえ、宮ではどこに耳があるかわかりませんから!」


それを聞いてジルサンダーは手綱を引いた。すぐに馬が反応して足を止めたので、首筋を優しく叩いて労った。


「なんだ?」


「ジル様のことです」


ギルバートもジルサンダーの馬に添って馬を止め、耳打ちするように主の顔に口を寄せた。


「あの光は、天啓ですよね?加護を受けたんですよね?」


「…だろう」


「では能力を?」


窺う侍従のひたと見据えられた視線に居心地の悪さを覚えたジルサンダーは馬を歩かせる。

それに合わせてギルバートも進んだ。


「おそらく」


「どのような?」


ロマリア王国を建国したロマリア・ロマリアはありとあらゆる物体の操縦ができたと伝わる。

旧市街地の石造りの家しかり、今では発展した浮民の国に残る宮殿しかり、未だに国土を護る城壁しかり、そのどれもがロマリアの能力によって出来たとされている。


ギルバートが好奇心に駆られるのも仕方のないことだ。今後の王位争いが起きたときにジルサンダーが持つ能力いかんに依っては勝負のかけ方が変わってくる。


「レティで頭がいっぱいだったとき、そこに捩じ込むように声がした。それがなんなのか、わからないが、俺は彼女を通して受け取った光がすべて俺のなかに入る間でロマリア・ロマリア陛下が為した所業を知った」


端正な顔を歪めて、大きく舌打ちを洩らす。


「そのあと、俺はこの世のものでも天世のものでも、想像できる範囲の獣であればなんにでも成れる力を授けると言われた」


獣化の能力。

しかも実際のものでなくてもいい。神獣と呼ばれるものでも幻の魔獣でも、想像さえできれば姿を変えられる能力。


ギルバートは派手ながら使い道に迷う能力に、政治的な意味で判断に迷った。

どう活かせば優位だろうか、と。


「ロマリア陛下は嫉妬のあまり、ソフィテル王妃を弑してしまったらしい」


ロマリア王国の王族として、ロマリア・ロマリアがソフィテルをどれほど愛し、慈しんだか、そしてソフィテルの神の力によって興した国の王として、どれくらいロマリアの死を惜しむほどの賢君であったか、知らないものはない。

だが300年の長きに渡り、国を支えた両陛下が突如として崩御した訳を知るものは実はいなかった。

どの歴史書にも遺されてはならない記憶だったからだ。


ジルサンダーは恐怖を覚えた。


ロマリアがソフィテルを愛したように己もレティを愛するだろう。レティがジルサンダーを裏切るなど、絶対に有り得ないが、果たしてそれをいつまで信じることができるだろう。


100年か?

200年か?

それとも1000年だろうか?


神に認められた王に寿命はない。

国か神から見捨てられない限り、生き続ける。

善政を布けば、おそらくいつまでも生き残るのだろう。


レティとともに。


怪我をしても瞬時に治り、病気もせず、毒も効かない。それだけの存在になる。


はじめの100年はあっという間だろう。

国の進むべき道を歩むために、寝食忘れて必死に没頭するだろう。

けれど国が安定したとき、ロマリアに囁く悪魔の声があったように、ジルサンダーにも同じような囁きがあったら、それでもレティを愛し、信じることができるだろうか?


今ならできる、と胸を張って宣言する。

彼女が裏切ることも、彼女を裏切ることも、絶対にない、と言える。


しかしあれほどの恋情があったからこそ、ロマリアはソフィテルを殺さないではいられなかった、と知って、ジルサンダーは同じ轍を踏むのでは、と己に潜む闇を見せ付けられた気がして怖かった。


「よほど後悔したんでしょうね、神の怒りも凄まじい。400年も女神を遣わさなかったのだから、ソフィテル様は愛されてたのでしょう」


ギルバートの言葉に、ジルサンダーは悚然した。

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