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18 閑話休題 アレクシスとアレック

にゃうにゃうと膝の上に乗せた猫が、ときおりアレクシスからハムを貰いながら鳴く。

一頻りにゃうにゃうみゃあみゃあと話したあと、アレックはすべてを吐き出した満足感に酔いしれたように喉をゴロゴロと鳴らした。アレクシスの膝の上でころんと腹を出し、尻尾をゆらゆらと揺らす。


「そうかぁ、ジルにいさまはそんなにヘタレだったんだぁ、でも結局はサーカスに誘えたんだし、アレックはいい仕事したね」


朗らかに笑うアレクシスの手はモフモフとした猫の腹を撫でている。アレックは気持ち良さそうに眼を細めたが、すぐににゃう、と鳴いて否定した。


「そりゃ好きな人の前だもの、カッコつけたいのは仕方ないよ」


レティの髪にキスしたことを快く思っていないアレックは面白くなそさうに唸ると、爪を出さない前足で己れの腹を撫でるアレクシスの手をパンチした。


「でもいいなぁ、にいさまは。僕もレティに会ってみたいよ」


奥で燻る、吹けば消えそうな淡い恋心を意識しないように耐えるアレクシスが呟いた。会えば、気持ちを抑えられないかも、と懸念しつつ、己れのなかで美化されたレティと現実のレティの差に逆に頼りない恋情が消え失せるのでは、という期待もあってアレクシスはレティと話してみたいと思っていた。


けれどそれもただの言い訳で、単純に会いたくて仕方ないのだ。アレックはそれを知っていたので、みゃうぅと鳴いて、アレクシスの手をぺろりと舐めた。


「ジルにいさま抜きでは会えないよ」


クスクスと笑い含みで言ってアレクシスはこてんと首を傾げてみせた。


「それを言うならにいさまも婚約者がいるんだった。サーカスデートなんてして大丈夫なのかな?ほとんど婚約者らしいことはされてないけど、もう何年もローズマリア嬢のお茶会にも参加してないし」


だからといって婚約解消したわけではないのだ。

現に母である王妃はもっと寄り添うように、と苦言を呈していたし、父である王も事あるごとにローズマリアのことをジルサンダーに聞いていた。


王の質問には無表情で


「なかなか会う時間が取れず、ローズマリア嬢のことは存じておりません」


と冷たく言い放っていたし、母の苦言には渋面をみせるだけで応えもしない。


ジルサンダーが女性を苦手としている、という認識が宮内で当然のように蔓延しているから、今まではそれで罷り通ってきたが、今後はどうなのだろう、とサーカスデートに漕ぎ着けたとスキップでもしそうな勢いの兄を思い出してアレクシスは嘆息した。


「にゃう!」


「そうなんだ、にいさまには7歳のときに婚約した令嬢がいるんだよ。以前からジルにいさまは結婚する気もなかったと思うけどね、でも今回の事がどう影響するかは、わからないよね」


「にゃ~う!」


「うん、レティが心配だね」


腹に置かれた手を尻尾でタシタシと叩きながらアレックは甘く鳴いた。


「君たちからレティのことを聞いてるから、僕は誰よりも彼女の事を知ってる気になるんだ」


「にゃん!」


「そうだね、彼女には君たちがいるから、大丈夫だね、これからも宜しく頼むよ」


アレクシスは猫を抱き上げ、目線を同じにすると、アレックの鼻にキスをした。アレックは厭そうにアレクシスの額に猫パンチを繰り出したが、パシパシと軽いパンチは擽ったいもので、アレクシスは笑った。


それからアレックはレティに会いに行く馬車のなかでどれほどのヘタレぶりをジルサンダーがみせていたのかを話し始めた。


道中ずっと、背中を撫でられ続けるという苦行を強いられながら、おまえがキーパーソンなんだからしっかりやってくれよ、あ、でも猫だからキーキャットか?などどうでもいいことを聞かされたのだ。


レティに会ったらなにを話そうか、おまえはどう思う?と聞かれてもアレクシスと違って己の言葉が通じない相手にどうしろというのか。


サーカスのチケットをどう渡せば自然だろうか?おまえからさっと渡してくれたらいいのに、と頼まれても猫から渡されたチケットをレティが喜ぶとでも思うのだろうか?

いや、あのレティなら絶対喜ぶな、と考えてアレックがにんまりしてみたり。


最終的には城に戻る、と泣き言を洩らしはじめたジルサンダーの盛大なるゴネを完璧な態度で無視(パーフェクトスルー)したギルバートによってアルフィのパンまで連れられて行ったことを話して、アレックは地に降りてぐぐぐっと伸びをした。


馬車のなかで散々グズグズしていたジルサンダーに辟易していたアレックは、だからこそ差し出されたレティの腕のなかに迷わずに飛び込んだのだ。


そのくらいのご褒美があってもいいだろう。


そのままレティのベッドに居座ってやろうと画策していたのに、あっさりとジルサンダーに抱えられ、今度は浮かれすぎて頭が沸いた男を相手に同じ道を辿ることになって、アレックは脳の毛細血管が何本か切れる音を耳にした気がした。


緊張に泣き言を洩らす男よりも、浮かれおかしくなって、意味もなくしゃべりまくる妄想が止まらない男の方がより厄介だと、アレックは知りたくもない人間の特性を知ってしまった気分で、ひたすら己を撫でようとするジルサンダーの手の甲を引っ掻き続けてやった。


「それでにいさんの手に包帯が巻かれてたんだね、心配してたんだけど、アレックが原因だったんだ!」


ダメじゃないか、と頬を膨らませて叱るアレクシスに猫は甘えた猫なで声でにゃ~~~んと抗議した。


「まぁ、辛い任務、ご苦労様」


軽やかに笑ってアレクシスは足元に座る猫の額を柔らかく撫でてやった。


アレックの眼が細くなり、眠くなったのか、あふりと欠伸を溢した。


その様子に微笑ましげな眼差しを送ったアレクシスは残った朝食を口にした。


「今日もいい天気だね」


囁いた声は清々しい朝の空気に溶け込み、ふわりと消えた。

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