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11 レオンは薔薇を愛でたい

ジルサンダーが侍従のギルバートを今日も下町のパン屋まで限定のパンを買うために走らせた、と密偵から手紙を受け取ったレオンは美しい金色(こんじき)の髪を苛立たしくかきあげて、報告書を握り潰すとゴミ箱へと投げ捨てた。


真っ赤に燃えるような瞳は激烈な性格を見事に表現している。


3人の王子のなかで、誰よりも王子然としているのは第二王子であるレオンだった。


誰もが二度見する整った顔立ちに、いかにも王族らしい艶やかな金髪。

瞳こそパイロープガーネットのような燃え盛る炎のようだが、それすらも情熱的だと令嬢からは好意的に受け入れられている。ジルサンダーほど長身ではないが、バランスのとれた体躯は男の色気を振り撒き、剣技に秀でているだけあって、胸板も厚く、これまた令嬢たちからは


「わざと転んで飛び込んでみたい!」


と陰ながら囁かれるほどだった。

所作も完璧なレオンが苦手とすることがあるならば、それは勉強だ。

本を読めば秒で撃沈し、ペンを持てば本人すら読めない文字を書く。宰相であるブルーデン卿から渡される書類も意味がわからず、採択するべきなのか、却下すべきなのかの判断どころか、なにが書いてあるのかすら理解できない為体(ていたらく)だった。

仕方なくブルーデン卿も諦めて、16歳になってから負うべき公務をまだ14歳のアレクシスに、レオンの代わりに熟してもらっていた。

本当に残念な王子である。


ジルサンダーはレオンが勉学が苦手だとは知ってはいても字が読める程度で、政治的なことがまったく理解できていないとは考えもしなかったので、王位に相応しいのはレオンだと思い込んでいるが、彼の残念さを身をもって知っているアレクシスからすれば、誰よりも王位から遠いのはレオンだと確信していた。


「レオンが王になったら僕は王族をやめて商人になるよ」


アレクシスが侍従にだけ囁く、毎度の名台詞である。これを耳にする度に、侍従はロマリア王国の行く末に不安を感じないではいられない。仮に残念王子が王になってもアレクシスがいれば国は成り立つ、と信じて疑わない侍従なので、商人になるのだけは阻止しよう、と常日頃から心に誓っていた。


一番望ましいのはジルサンダー殿下が王となり、その補佐にアレクシス殿下がおられることだ。


それを願うからこそ、侍従は毎晩、神に祈りを捧げる。


僭越ながら、レオン殿下が消えますように…と。


アレクシスが傍で彼の祈りを聞いていたなら、きっと横に並んで同じことを祈るだろう。


それほどまでに残念王子であるレオンは己より先に産まれたジルサンダーにいっそ情熱的に敵対心を抱いていた。ジルサンダーさえいなければ王位に就くのは己なのに、と信じ込んでいたのだ。

女神が王を選ぶことを根幹としたロマリア王国にあって、世襲制ではないことすら脳内に刷り込まれていない脳筋馬鹿王子だけに、ジルサンダーがいなければブルーデン卿以外の貴族たちはアレクシスを推すだろう事実には眼も向けない。

まさに残念だからこその猪突猛進タイプである。


「確かにあれは旨かったがな!」


毒でも入っていないか、と土産で貰ったパンをレオンは毒味役に最初に食べさせた。するといつもなら小さな一口で終わるはずの毒味役がパンを口にするなり、眼を輝かせ、


「これは、いや、もう少し、なんとも」


とブツブツ呟きながら丸々ひとつを食べきってしまったのだ。驚いたのはレオンとその侍従だったが、さらに驚愕していたのは食べてしまった毒味役だった。

大仰に床に身体を投げ出して謝罪してきたが、残っていたひとつを口にしたレオンもパンの味わいに早々ノックダウンさせられたので、侍従が叱りつけるのも止めて、レオンは毒味役を許した。


止まらないのも理解できるし、なんならジルサンダーが毎日食べたくて侍従を買いに走らせることすらわかる気分になる逸品だった。


けれどブルーデン卿に言われて、レオンはギルバートに密偵を付けていた。パンは隠れ蓑で、絶対に他の目的があるはずだ、とブルーデン卿が唾を飛ばして力説するからだ。


「あれは兄上を買い被りすぎだ」


相も変わらずパンを買いに行っただけの報告を受けたレオンは腹立ち紛れにデスク上の書類を床にばら蒔いた。どうせこれもブルーデン卿に言われてレオンの印章を捺すだけのものだ。

そう思えば、散らばった書類一枚にさえ腹が立つ。


それよりもレオンはアレクシスの行動の方が野生の勘で気になっていた。弟がジルサンダーに惚れ込んでいるのは知っていた。願わくばジルサンダーに王になって貰い、己はその補佐に就きたいと考えていることもレオンはわかっていた。

そういう面では愚かではないのだ。


そのアレクシスが最近、やたらとジルサンダーと接触している、と報告が入っていた。これはどう解釈しても怪しいのではないか、と。


ところがその信憑性を疑うべき報告も混じるので、レオンはどう処理すべきか、秘かに悩んでいた。


アレクシスが動物と話せる能力があるのは知っていたが、己の風の魔法に比べればなんて脆弱なものだろうと小馬鹿にしていたのだが、レオンのところに上がってきた情報では、アレクシスが動物から得たものをジルサンダーに報告しているとのことだった。


果たして動物からの情報に有益なものがあるのだろうか、とレオンはついつい考えてしまう。

ブルーデン卿に相談しても一笑に付されるだけだろうと思うと話すこともできなかった。


王になりたいレオンが彼を馬鹿にするブルーデン卿をブレインとして重用するのにも大いなる理由があった。レオンはブルーデン公爵令嬢ローズマリア・ブルーデン嬢を愛していた。いずれは己の妃にと、幼い頃から願っていたのに5歳のときに夢が打ち砕かれたのだ。愛しの彼女はあろうことかジルサンダーの婚約者にされてしまった。

思えば、これを切っ掛けにレオンはジルサンダーに負けたくない、と敵対し始めた気がする。


拗れた初恋を温めまくって、今や王都を覆うほどに大きいと噂の魔鳥並みに育ってしまった恋心を満たすために、レオンはブルーデン卿と組んで、ジルサンダーを追い落とすために慣れない権謀術策を巡らせている。兄を追い落とせば、娘の婿にはレオンを選ぶ、とブルーデン卿が約束したからだ。


彼は麗しのローズマリアを愛でるためなら、父王の命すら悪魔に売り渡してもいいと思っていた。


己の恋が報われるなら、父とて尊い犠牲を厭いはしまい、とどこまでも自己中心的にレオンは考え、絶対に自分が正しいと信じて行動していた。


それはまさにロマリア王国を牛耳りたいブルーデン卿にとって理想的な人物に他ならなかった。

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