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108 ロマン王城内での密談

時は少し遡る。


ジルサンダーから一命を帯びたギルバートが馬を跳ばして王城に戻ったとき、マリオットは愛しのダリアを膝にのせ、ご満悦で夕餉の最中だったし、ミケーレはレイチェルとお遊びと称した本気のカードゲームで互いの持ちうる国宝級の品をやり取りしており、レオンは年相応の健康を取り戻したバーバラとともに薄闇に沈む直前の庭園を散策して、アレクシスだけはパーシバルとナタリースーを相手に執務室で滞りがちな採択すべき書類と格闘していた。

ちなみに体内から毒が消え、溶けたはずの内臓が見事な復活を遂げたマリオデッラはピナール相手に久々の酒を呷っていた。あれほど生真面目で融通が利かない、と毛嫌いしていたピナールと酒を酌み交わすなど以前のマリオデッラなら考えられないことだったが、内から沸き上がる歓喜にともに呑んでくれるなら誰でも構わない状態だったのだろう。おそらく迷惑を被った、と辟易しているのは特別酒など呑みたくもないピナールの方だったと思われる。


ギルバートはまずパーシバルに召集を手伝って貰おうとアレクシスの執務室から覗くことにした。


「お、もう、帰ったのか?」


応えのあと、ドアから顔を覗かせた友に気安く声を掛けてきたパーシバルに、ギルバートは周囲を窺うような様子をみせた。すぐになにかを察したパーシバルがアレクシスに人払いを頼むように険しい視線を送った。


アレクシスが執務室にいた侍女たちをすぐさま下がらせると、ギルバートが恭しく礼を取ってから挨拶抜きの無礼を詫びた。


「そんなことは構わない、なにがあったの?」


悠然と落ち着きを払ってアレクシスが問う。


「ロマリア西端国境で戦端が開かれた様子です」


ギルバートの低い答えにパーシバルが一瞬狼狽えた。真剣な顔つきでアレクシスがひとつ小さく頷くと、


「パーシバル、すぐにレオンにいさまをお呼びして。バーバラ殿下とご一緒ならお連れして。ギルバートはレイチェル叔母さまと、たぶんミケーレ殿が一緒だと思うから二人ともお連れして。陛下への報せは後回しでいいから。あ、それからパーシバルはレオンにいさまにすぐにでもレオニティを動かせるように伝えるのを忘れないでね」


予めコリンナの進軍を信じていたアレクシスはギルバートの一言ですべてを察知して指示を素早く飛ばした。パーシバルが短く御意、とだけ言葉にすると足早に執務室を後にする。

指示をされたはずのギルバートが辞すことなく己の眼前にいることに違和感を持ったアレクシスが首を傾げた。


「詳細はあとで聞くよ。僕に説明する時間すら勿体ないでしょ?揃ったらちゃんと聞くから、まずは動いて」


アレクシスの静かな命令にギルバートはふわりと笑って頭を下げた。そして影にレイチェルとミケーレを迎えに行くように命じた。


「ジルにいさまは…?」


ギルバートが影に命令する姿にアレクシスははじめて焦燥感を露にした。


「レッドドラゴンにおなりになってレティ様と向かっておられます」


「他にはにいさまはなにか仰っていた?」


「どのくらいのものを動かせるのか、把握しておくように、と」


「なら、にいさまは西だけで済むとは考えてないわけだね」


俯いて考え込むアレクシスにギルバートはかなり年下なのに安心感と頼もしさを感じて肩の力をふっと抜いた。


「カジィ叔父様から国境を封鎖してコリンナに備える、てマルガを出るときに言われてたから、きっと北と西、両方に兵を割いてるはずだよね?」


その呟きは同意を得ようと発したものではないらしく、ギルバートが黙っていてもアレクシスはまったく気にした素振りもなかった。


「北はカジィ叔父様がしっかり護るからいいとして、西はジルにいさまとレティ様。きっと女神の力で一旦は勝てるだろうね。でもロマリアにはアガロテッドがいるんだ、となると内部からの切り崩しを警戒しないといけないわけだ…」


「ジル様もそれを懸念して影を付けるように命じられました」


ギルバートが口を挟む。ちらりとアレクシスが彼を見上げてふいににっこりと微笑んだ。


「さすがにいさま!じゃ、そのうち報告があるね」


「かと存じます」


そのとき荒々しい足音とともに青筋を蟀谷に立てたレイチェルが乱暴に入室してきた。


「私の勝ちだったぞ!」


レイチェルとは正反対に機嫌よく満面の笑みのミケーレが続いて入ってきて、


「いやいや、勝負つかず、だよ」


と、懐中時計を両手に包み込むように持って言った。どうやらあれが賭けの商品で、レイチェルが取り損ねたんだ、とアレクシスもギルバートも察したが、言葉にはせずに浅く腰を折って挨拶をした。


「ジルにいさまからコリンナが西端国境で戦端を開いた、と報せがあったんです」


「はぁ?!」


眉根を派手に寄せた2人から怪訝げな声が洩れて、アレクシスはもう一度同じことを繰り返した。


「コリンナが西端国境に攻めいったようです」


「本当に遣りおったか!」


ミケーレが拳を振り上げ、鋭く叫んだ。

ジルサンダーから予測として聞いてはいたが、どこかで事なきを得るのではないか、と甘く考えていた部分もあったのだ。もちろん、西端国境に軍を配備し、城壁を越えさせるようなことはないように通達はしていたが杞憂で終わればいい、程度の気分だったと、この期に及んで気付いた。

レイチェルに至っては祈年の偽での女神の顕現を見ればロマリアを襲うという馬鹿げたことを考え直すかと思い込んでいたので、甥から受けた忠告を南端国境にいるカザーロマルタに伝えるだけで済ませていたのだ。彼女の額にじわりと汗が滲んだ。


カザーロマルタなら大丈夫だ、と己に言い聞かせて、レイチェルはアレクシスに戸惑いが孕んだ視線を向けた。


「ジルにいさまが西に向かったそうですから、そちらは任せておきます。にいさまはマルガにも進軍していると予測したようなので、すぐに鳥たちに確認させますね。でもカジィ叔父様が国境封鎖すると仰っていたので、むしろ問題はこちらですよ」


アレクシスが声を潜めた。瞬時にレイチェルの瞳に力が宿る。


「すでに王都にコリンナの手の者が入ってしまってるからな」


レイチェルが囁き、それにアレクシスが首肯した。


「アガロテッドは…?」


「ジルにいさまの影からの報告待ちです」


「王城にはいないぞ、入城の報せは聞いてない」


ミケーレがポケットに懐中時計を仕舞う。それをじとりと睨んだレイチェルが顔を歪めて舌打ちをした。


「ならブルーデン公爵家か?そこで捕らえるか?」


問うミケーレにアレクシスはゆっくりと首を振って答えた。


「アガロテッドは私兵を警備として連れてきています。下手に屋敷(タウンハウス)で揉めれば民に犠牲が出るかもしれません。ここはひとつ罠を仕掛けて王城内にて捕らえてしまおうかと思うのですが…」


「罠?」


「はい」


アレクシスが傍に寄るように指で誘うと、3人は額を合わせて囁き合った。そして誰ともなく、くつくつと笑いを溢すと深く頷いた。


ミケーレはさらに深く黒い笑みを大きくすると、身を起こして首を左右に傾げてボキボキと骨を鳴らす。


「よし、ではマリオットに伝えてこよう」


「なら私はレオンが来たら動くとしよう」


アレクシスは頼もしい味方にホッと安堵の吐息を洩らした。そして戦端の開かれた西に想いを馳せる。


どうかご無事で…


願いを込めて窓から空を見上げると、すぐに鳥を呼ぶために爽やかに口笛を吹き鳴らした。

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