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106 コリンナ国主バテッド·コリンナ

「マルガはどうだ」


聞かれた側近が長い上着の裾を丁寧に捌いて跪くと頭を垂れて主の問いに答えた。


「国境警備隊がしぶとく抵抗しておりますが、時間の問題かと思われます」


「ロマリアのほうは?」


「アガロテッド殿下のおかげで内部からの誘導もあり、すでに第一城壁は破壊、第二城壁まで進軍中との報せがありました」


「ふむ、思ったより順調じゃないか」


掌を振って側近を下がらせると玉座にふんぞり返った男は満足げな笑いを洩らした。


ここはコリンナの中心部に建つ王城、玉座の間。

その象徴ともいえる宝石の散りばめられた座り心地の悪そうな、やたらゴージャスなだけの椅子に座っている男がコリンナの国主であるバテッド·コリンナその人である。

アガロテッドによく似た薄い瞳を持ち、煌びやかに宝石で飾り立てられた王冠を戴く頭には髪がない。すでに毛根が死んでいるのか、雄々しさを表すために剃っているのか謎だが、バテッドには頭髪がなかった。

艶々と光を反射して、下手をすれば王冠以上の輝きを魅せている。


アガロテッドと同様に裾の長い上着を着て、ベルトで腰を強調するように絞めているが、でっぷりと肉のついた腹がせっかくのベルトの上に被さり、その細工の美しさを半減させていた。


およそ半月ほど前にロマリアのローズマリア·ブルーデン公爵令嬢に惚れたから求婚した、との報せを受けたときは怜悧だと誉めそやされていたアガロテッドが慢心したか、と焦ったが、マルガどころかロマリアまでを手中に納められそうになると、さすがは我が息子よ、と拍手を贈りたくなる。

幼少期に親同士の政略で定めたアガロテッドの婚約者をバテッドは無慈悲にもさっさと解消して息子の恋の応援をした。適当な男でも押し付ければいい、と侯爵令息を一人紹介したこともあり、表沙汰は揉めることなく円満解消になっている。


500年以上に渡って採掘してきた宝石の底が見えはじめたときは国の未来に絶望しかなく、バテッドはどうしようかと頭を抱えていたが、


「ないなら、あるところからいただけばいいのですよ、父上」


とアガロテッドに諭され、バテッドは息子の甘言にのってマルガに向かって軍を進めていた。ところが狡猾にもカザーロマルタがいち早くコリンナの動きを察知して、国境の護りを堅くした。

これによって不毛なにらめっこがはじまったのがおよそひと月前のことだった。

コリンナの建前としては領地拡大のための進軍であり、侵略ではない、という体裁を整えてはいたが、当たり前だがマルガはそう単純には受け取らない。コリンナの本音がマルガの特産である絹製品とアタという名のシダ植物で編まれた籠などのアタ雑貨やアタ家具にあることなどお見通しだった。

アタ家具などしっかりと漆塗りされたものになればかなりの高値で売り買いされる魅力的な商品でもあり、美術品でもある。絹織物と合わせれば宝石にも負けない価値は生み出せるはずだ。さらにマルガには風光明媚な観光地という利点もある。

コリンナの宝石のように枯渇してしまえば終わりではない、半永久的に金のなる木だ。


アガロテッドが秘密裏に捕えたマルガの密偵は決して口を割らないまま、実に見事な最期を迎えたが、コリンナに入り込んだ間諜が一人とは考えられないことから、コリンナの宝石枯渇問題がカザーロマルタの知るところだとは想像に難くない。


だからこれほど早い軍備と国境警備隊の増強が可能だったのだろう、とバテッドは忌々しげに舌打ちをした。


ロマリアの建国祭に招かれたアガロテッドから女神が顕現したこと、そして奇跡を起こしたことを教えられてバテッドは激昂したが、逆に浮き足立っている今がチャンスだと告げられ、バテッドは勢い込んでロマリア国境まで兵を進めさせた。


危機(ピンチ)こそ機会(チャンス)あり、ですよ」


アガロテッドの訳知り顔が見てもないのに瞼に甦り、バテッドは腹立たしげに首を振った。息子ながら癇に障るやつだ、といつも思っていた。


ここからが勝負だ、とバテッドは緊張に乾いた唇を舐めた。ロマリアの城壁は実はひとつではない。

幾重にも重ねられており、今回はそのうちのひとつを看破したに過ぎない。

警備隊も置かない、打ち捨てられた風情の城壁を破壊したからと浮かれているわけにはいかない。次の城壁には砦があり、常駐する兵もある。

そこを突破すれば今度はしっかりとした大門を構える城壁が立ち塞がっている。

これを抜けてこそ、王都に手が届く。


大門はアガロテッドが開けてくれるだろうから、まずは第二城壁の突破だ。


それもさほど難しいことでもないだろう、と悪辣に笑ったバテッドのもとに信じられない報せが届いた。


曰く、朱龍(レッドドラゴン)がロマリア側から現れた、と。


「南の守護神獣のことか?!」


「左様でございますっ!」


額を床に擦り付けんばかりに額づいて報告をする側近にバテッドは苛立たしげに地団駄を踏んだ。


「そんなもの、いるわけがなかろう!」


「ですが、実際に現れたのでございます!しかも我が軍に応戦しているのでございます!!」


「なんだと?!」


沸き上がる憤怒のあまり言葉を失うバテッドを窺うように恐る恐る視線を上げた側近はひっと喉から悲鳴を洩らした。


バテッドの眦が有り得ないほど吊り上がり、口元には泡を吹いたあとが見えた。激高で全身を真っ赤に染め上げ、これではどちらがレッドドラゴンかわからないぞ、と側近が口のなかで呟いたほどだ。


「わしが出る」


かつては勇猛と恐れられた国主バテッドが宣言し、その重そうな身体には似つかわしくないほどの身軽さで玉座から降りると、戦支度を命じた。


「この眼で確かめねば納得などせんぞ!」


怒号が降り、荒々しい足音を残してバテッドは自室に去っていった。

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