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104 羊の串焼きとガラス細工

揚げた肉の芳ばしい薫りと炭火焼きの煙から漂う食欲をそそる芳香に焦れながら待つこと四半刻(30分)


ギルバートが4本の串を持って戻ってきた。

その後ろからメアリースーもやはり4本の串を持ってやってくる。


「お待たせしました。こちらが今回ノミネートされた名物羊の串焼きだそうです」


ギルバートが己の持つ串をジルサンダーとレティにそれぞれ1本ずつ渡す。そしてメアリースーに視線を投げて、


「あちらが強い香辛料を使ったピリ辛の串焼きだそうです」


と説明した。どちらも脂で艶々と輝き、所々焦げた箇所がとても美味しそうで、ジルサンダーの喉が鳴った。


「マルガのスパイス料理が懐かしいと仰っていたので買って参りました」


メアリースーがほわりと笑んで、レティに1本差し出した。レティは両手に串焼きを持ってどちらから食べようか、迷っている。


「では、食べてみよう」


ジルサンダーの一言で、ギルバートもメアリースーもぱくりとひとつ噛んで器用に串から肉を引き抜いた。そして美味しそうに咀嚼する。

ジルサンダーはひとつ口に入れて、その味に渇望したのか、噛む間もないほどのスピードで次から次へと食べていく。

レティはまず名物のほうから食べてみることにした。串の一番上の羊に齧り付き、串から外して咀嚼すると、口腔内にじゅわっと甘い脂が溶け出して僅かに残る獣臭さが鼻に抜けた。肉は柔らかく、旨味も強いが、慣れない臭いにレティは少しだけ顔を顰めた。美味しいのに、軽い吐き気を覚える臭い。それならば、と今度は香辛料強めの串焼きに挑戦した。

今度はスパイスの香りが一番に鼻を刺激して、すぐに脂の甘さが口一杯に広がった。柔らかな肉がほろほろと解けていって、まさに口福の味そのものである。


「美味しい!」


頬を大きく膨らませて食べているジルサンダーがその呟きを耳にして嬉しそうに微笑んだ。口の回りが脂でテカテカと光っているが、それがまた粗野な感じがして、レティには眩しいほどの色気を放っていた。


「レティはスパイスのほうが好きみたいだな」


言ってジルサンダーは彼女の手から名物の串焼きを奪うと、実に旨そうに食べてしまう。これなら何本でもいけるな、とギルバートと笑い合っていた。


口直しに珈琲を飲んだあと、ギルバートが王都名物コンテストノミネート商品がラインナップされた地図を広げたので、全員で覗き込む。


「ここが近いですね」


メアリースーが指差した店は旧市街地の一画、下町の路地を抜けて表通りに出たところにある雑貨屋だった。レティの紫の瞳がふわりと色を濃くする。


「そこ、凄く素敵なんです!」


レティの食い付きの良さにジルサンダーが機嫌良くその店に行こうか、と誘い、4人は仲良く連れ立って向かった。


旧市街地の表通りはロマリアが建てたこんもりとした岩をくり抜いた建物がずらりと並んでいる。レティはそれらを懐かしそうに眺めながらキョロキョロと落ち着きがない。ジルサンダーはそれを眼を細めて愛でながら、彼女の腰を抱き寄せた。


「懐かしいのか?」


低く問われた声に微かな嫉妬が混じるが、レティはそれには気付かない。フェアウェイ兄妹だけが400年前に生きていたロマリアにまで妬くのか、と呆れ顔で嘆息した。


「はい、ロマリアが手を翳して大地を盛り上げたときのことを思い出していました」


ソフィテルがロマリアの格好良さに見惚れて大地の浄化を忘れていたくらい素敵だったな、とレティは思って、どれほどソフィテルが彼を愛していたかを感じていた。それはそのまま己のジルサンダーへの想いと比例して、思わず頬を染めて隣に立つ愛しい人へと潤んだ眼差しを送った。


「あ、あそこですよ、ジル」


レティが指差した先にはドアに繊細なガラス細工でできたリースが飾られており、陽に当たった鏡面がきらきらと七色に反射していた。


「ガラス細工か?」


「そうですね、ここの名物はガラス細工でして、そのなかでも特にコリンナの宝石にも負けないと評判のクリスタルを使った指輪などのアクセサリーがノミネートされています」


ギルバートが先程広げていた地図の後ろに記載された説明書きを読んだ。クリスタルの素晴らしさだけではない。この店の最大のポイントはデザインだった。常に流行の先を走るデザインは奇抜ながら気品に溢れ、クリスタルであることを誇りとしたようなものばかり。その上カットに特殊性があるのか、宝石にも劣らない輝きを放つ。


「よし、では母上の土産も見つかるだろう」


ジルサンダーはマリオットから預かった小遣いというには多い金額に顔を弛ませながら店のドアを潜った。

店内はガラスケースに入れられた細工も見事な商品と商品棚に等間隔で飾るように展示されたものがあり、そのどれもがクリスタルとは思えないほどの光を反射させて輝いていた。七色のプラズマが店内のあちらこちらに散って、それだけでもひとつの装飾のように煌びやかだ。

普段はポーカーフェイスなメアリースーでさえ、やや興奮気味に瞳を爛々と商品を見て周りはじめた。レティも幸せそうにブローチを手にとって眺めている。

ギルバートは興味がないようで、ドアの内側に立って警護の態勢に入っていた。


「あ!」


小さく声を上げたレティの手元には名物にノミネートされたクリスタルでできた指輪とブレスレットのセットがあった。赤、桜色、アイスブルー、ダークグリーン、イエローなど様々なカラーと大きさのクリスタルを配置された三連の指輪とブレスレットは大振りなのに華奢で繊細な造りになっていて、いかにも女性好みだ。その横には似たデザインながらペアリングになっているものも置いてあり、優雅に波打つ指輪になっていた。ふたつ合わせてはじめてクリスタルがハートの形になる工夫が為されていて、単品だとまるで葉のようでもある。


「レティ、これをプレゼントしたら付けてくれるか?」


ジルサンダーがそのペアリングを手にとってレティに伺った。できれば宝石で似たようなものを造りたい、とさえ思う。菫色の瞳が見開かれ、唇が期待に薄く開いたとき、店のオーナーらしき女性が話し掛けてきた。


「いらっしゃいませ。こちらはクリスタルでできており、今回の名物としてノミネートされているものですが、失礼ながら殿下の指には少々似つかわしくないものかと存じ上げます」


「俺を知っているのか?」


驚いて振り向いたジルサンダーににっこりと笑いかけたのは小柄で、ロマリアには珍しい桜色の瞳が印象的な女性だった。


「これでも王室に商品を納めさせていただくこともございますので」


柔らかく腰を折って、女性はガラスケースのほうにふたりを(いざな)った。


「当店はクリスタルが人気商品ではございますが、取り扱っているのはガラス細工だけではないのですよ、どうぞ、殿下でございましたら、こちらの商品がより似つかわしいかと存じます」


そう言われて覗いたガラスケースにあったペアリングがジルサンダーを射貫いた。

やはりふたつ合わせてハート型になる構造は同じなのだが、それらには滅多にみないほど見事な宝石があしらわれていた。


「これは…!」


「まさに殿下が求められるものではございませんか?」


女性の言葉に思わず頷く。


男性用の指輪にはバイオレットサファイアを中心に小さなダイヤモンドが配されており、女性用にはアクアマリンをメインにして落ち着いた色のロードクロサイトが散りばめられていた。

ジルサンダーの色とレティの色。


「こちらはこの一組のみ造りました。一点ものでございます」


「貰おう」


躊躇いなくジルサンダーは決めた。驚いたレティが彼の袖をそっと引っ張ったが、その手を取って、サイズを計測して貰うように頼まれる始末。

女性は嬉しそうにレティのサイズとジルサンダーのサイズを計ると数日で直すので、でき次第王城に持っていくと約束した。


メアリースーもナタリースーとお揃いのクリスタルのブレスレットを購入し、4人は次の名物の店へと向かうことにした。


レティとのペアリングにテンションだだ上がりのジルサンダーの機嫌は鰻上りで、ギルバートは気付かれないようにそっとため息を溢した。


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