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102 アガロテッド·コリンナ判断のとき

「くそっ!」


大神殿祈りの間、3階席にある王族専用席の一画で賓客として招かれていたアガロテッドが毒づいた。その横には明らかに健康を取り戻し、両手(もろて)を挙げて喜ぶマリオデッラを見下ろすローズマリアが安堵と憎悪の複雑に入り雑じる表情を浮かべて親指の爪を噛んでいた。


アガロテッドがふと視線を上げれば、反対側の3階席でドリュー国王女バーバラが瞳を輝かせて、婚約者のレオンと抱き合っているのが見えた。虚弱だと言われていたバーバラも女神の癒しの効果があったのだろう、薄闇のなかでも薔薇色に色付いた頬が美しく光を放っていた。


「くそっ!くそっ!」


この様子ではドリューがロマリアに恩義を感じるだろう。ロマリアの王子が婿入りすれば、二国間の絆はさらに強く結ばれる。

マルガはすでに女神レティを娘とし、その婿にやはりロマリアの王子ジルサンダーが決まっている。ただでさえマルガにはレイチェルというロマリアの血縁が嫁いで絆が強い。

より強固な縁が結ばれるのだ。


もとよりリッテにはロマリアから嫁いだ王女があり、その王女の政治的手腕によって技術大国の名を欲しいままにしている。機器の輸出はしていたが、技術と人材のレンタルをはじめたのがモニカだった。おかげでリッテは類をみないほどの発展をみせて、ハーランド女王以来の豊かさを誇っている。

それだけに現在の国主リーガルはモニカなしでは一秒でも生きられない、と噂になっている。


つまりはロマリアとリッテの繋がりも深い。


コリンナだけがロマリアからもその他の国からも距離があった。


それも仕方のないことだと、ジルサンダーなら鼻で笑うだろう。


コリンナは傲り高ぶり、孤高の国としてやってきてしまったのだ。頼まなくても頭を下げて宝石を買い付ける商人たちによって、彼らは唯一無二の存在で、創建の王ロマリアや女神ソフィテルよりも高位のものだと長い間勘違いをし続けてきたのだ。


本来なら定期的に女神の涙が降るはずの妹女神と結んだ約定も、ソフィテルに申し訳ないという想いもあったが、女神たちの可愛がるソフィテルを軽んじるコリンナに流す涙など有りはしないと、ここ数年女神たちは守らなかった。

それが宝石の国と重宝され、神の奇跡の地だと崇め奉られていたコリンナから宝石が枯渇した原因だった。


アガロテッドにとってリッテの技術力は軍事転用された場合恐ろしくて仕方ない。

だからまず先にマルガを狙った。

今もまだマルガ国境に軍を配備したままだ。次にローズマリアを獲たことによってロマリア内部に入り込めた。それなら中から壊してやろうと計画した。

やはり王都ロマンに近い国境に軍を配備してある。

あとはドリューを抑えるために虚弱な王女を盾に脅迫するつもりだった。合図ひとつで拉致できるように準備もしていたが、レオンが彼女から離れないのだけが誤算だった。

レオンを只の王子と侮ると危険だ。彼の背後にはレオニティがある。


しかしその計画もロマリアに求心力がなければ、の話だった。


今や世界的に求めてきた女神がロマリアに現れた。

そして神話でしか知り得なかった奇跡を起こしたのだ。


女神信奉のこの世界において彼女の存在は祈年の儀の奇跡によって非情なまでに濃くなった。強すぎるほどに濃い光だ。


傍観を決め込むと思っていたロマリア高官も国民も、そしてドリューもマルガも、さらにリッテまでもがなにを犠牲にしても女神を有するロマリアを護るために動くだろう。


建国祭の、警備の手薄な時期を狙おうと画策したのが間違いだった。女神の顕現前であれば…


アガロテッドは悔しさに歯噛みするが、今更遅い。


このまま友好的な隣国で通すのか…

それとも………


アガロテッドがこのままロマリアに敵意を持たず、女神レティを崇めれば、以前と同等の女神の涙が降り注ぎ、コリンナはまた宝石の国として生まれ変わることができるのだが、そんな神の都合など知らないアガロテッドは拳をぎゅっと握り締めた。


孤高の存在として培われてきた矜持がそう簡単には折れはしない。己の下に人があっても己の上にあるのは耐えられない。我慢ができない。

人だけではない。

神も女神も己の上に立つべきではないのだ。


この世に君臨するのはアガロテッドただ独りでいい。


アレクシスにエスコートされて下がるレティを射殺せるほどの眼力で睨むと、アガロテッドは不穏に呟いた。


「邪魔だな、あれはまったく邪魔でしかない」


場内を揺るがす歓声に、アガロテッドの言葉は掻き消されたが、隣で同じことを感じていたローズマリアにだけは響いてきた。


彼女の手が無意識にアガロテッドの手を探り当て、指を絡めて握られた。



鏡の前でくるりと回ってみたレティは久々の軽装に気分までもが軽やかだった。いかにも王都のお嬢様といった風情の軽装ながらものの良いワンピースで、レティの瞳に合わせて薄紫だ。


「あぁ、実によく似合ってる。俺のレティの可憐さが際立つ。綺麗だ」


甘い眼差しで見つめるジルサンダーもどこぞの商会の若旦那然とした平服だ。


「昨日の今日だけど、気付かれないかしら?」


前日の祈年の儀で巻き起こった女神ブームは治まることを知らず、丸一日経った今も王都全体を騒然とさせているが、あの祭壇で奇跡の癒しを施した神秘的な美しさを纏ったレティと、不安そうに可愛らしく瞳を揺らす可憐なレティとは雰囲気からして違う。

どちらも眼を引く美しさだが、眼前のレティのほうが親しみ深く感じる。


「大丈夫だろう、それにアルフィの新作パン、食べたいじゃないか!」


レティが顎に指を当てて小首を傾げる。そして唇をすぼめて眼を細めた。

ジルサンダーがその可愛さに鼻を抑えて天を仰ぐが、レティの世話に忙しい双子は白い目で見るだけで、ジルサンダーにタオルひとつ渡さない。

たらり、と流れる鼻血にジルサンダーが眼だけを動かすと、相変わらずの呆れ顔でギルバートが寄ってきてそっとハンカチを手渡した。


「そうね、パパの新作は食べたいし、ねぇ、ナタリーが前に貸してくれたメガネ、かけてみようかしら?」


レティの言葉にナタリースーが嬉々としてなぜかエプロンのポケットから取り出し、妄想したらしいジルサンダーは腰が抜けそうになったのか、ゆらゆらと揺れた。


「じゃ、三つ編みおさげにしましょうね!」


メガネをかけたレティの髪を器用にするするとナタリースーが編んでいく。


「新作パンはどのようなものなのですか?」


メアリースーが持ち歩くバッグを用意しながらレティに聞いた。お忍びで建国祭を楽しもうと画策しているジルサンダーには悪いが、メアリースーとギルバートが後ろから護衛として付いていくので、フェアウェイ兄妹も平服を着て、護衛の用意に余念がない。


「チョコとオレンジのデニッシュだって聞いてるわ」


「それはすでに絶品な響きがします」


お留守番のナタリースーが涎混じりに呟いた。

お土産買ってくるわね、とレティは笑った。


建国祭の王都名物コンテストのために、そして娘が傍にいない寂しさをぶつけるようにアルフィが作り出したのが、オレンジピールとチョコレートを練り込んだデニッシュパンだった。

その名もレティパン。


親の溺愛も甚だしい、レティ愛溢れたものである。



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