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101 祈年の儀 後編

厚いカーテンで陽を遮られた祈りの間に厳かな雰囲気をいや増すように天使の声如く、子供たちで結成された聖歌隊の歌声が細く高く響き渡る。女神ソフィテルへの讃美歌は祭壇に奉られたソフィテル像に吸い込まれていくかのようだ。

ソフィテル像の後ろに後光のように燦々と輝くステンドグラスには神々の世界が描き出されており、より神秘的な空気が清廉に流れていた。


今年の建国祭における祈年の儀には女神の顕現がある、と巷で囁かれてはいたが、普段は入れないはずの平民でも怪我病気に悩んでいるものであれば誰でも祈りを捧げていいとの下知があったことで、長年の希望だった女神が真実現れるのでは、という期待が神殿内に満ちていた。


ソフィテル像前に設置された供花台に溢れんばかりに捧げられた百合と桃の鮮烈かつ甘やかな香りが充満し、その芳香に誰もが酔いそうになったとき、アレクシスが讃美歌に誘われるように祭壇に進み出てきた。

ロマリア王家専用漆黒の聖衣に身を包んだアレクシスがソフィテル像に跪き、両手を絡めて祈りを囁きはじめた頃、淡く輝くレティがソフィテルそのものの姿を現した。


そのあまりにも現世離れした美しさに居合わせたものたちは思わず息をのむ。


アレクシスの前に立つとレティは慈悲を込めた微笑みを浮かべて掌を上に、両手を大きく広げた。


「女神ソフィテル様の魂を受け継ぐ女神レティ様、今日この日までの世界の平和と国民の安寧に感謝申し上げるとともに、今日これからの日々がまた平和で安寧に満ちたものでありますことを祈り奉ります」


アレクシスが深く頭を下げる。


「どうか女神の祝福を我らに!!」


息を合わせるように神殿内の人々から同じ言葉が唱えられる。


「どうか女神の祝福を我らに!!」


祈りの大合唱が止むことなく、木霊していくと、貴族だけが使用可能な2階席からも、


「どうか女神の祝福を我らに!!」


と、同様の祈りが合唱に加わった。

レティの人ならざる神秘な優美さに我を忘れた貴族たちの合唱はまさに前代未聞の出来事。


平民と貴族がともに同じ空気を吸い、同じ祈りを上げる。


ロマリア·ロマリア亡きあと、失われた光景が今ここに再現された。するとそれを慶びとしたのか、天上から雅な音が降り注いだ。はじめは微かに、次第に波打つように大きく。


柔らかな光とともに降り注ぐ音は聞いたこともない旋律を奏でながら神殿内に満ちていく。

アレクシスは神々の歌声だと歓喜し、レティは天を仰いで微笑んだ。


「お姉様方、ありがとうございます」


そしてレティの身体から眩いほどの黄金の光が溢れ出した。


「あなたたちの感謝に応え、()()()から祝福の光を!人々への癒しを!国の浄化を!!」


光が言葉に呼応して、細かい粒子へと変化する。それがレティを中心に弾けるように四方に舞い散った。


悲鳴とも歓声とも嘆息ともつかない声が上げられるなか、そこここで声にならない呻きが洩れた。

それはゆったりとした波を形作って、レティから波紋のように広がっていく。


鍛冶屋で必死に頑張ってきた男は数年前に仕事中の事故で左半身に酷い火傷を負った。醜く爛れた顔に、火傷のせいでうまく動かせない腕をもて余して男はそれでも鍛冶屋を続けていた。怪我に悩むものは集え、と言われ、藁をも掴む思いで参加した祈年の儀。女神の合唱のあとに降り注いだ光の粒がふわりと己の身体に触れたとき、得も言われぬ温かさを感じていた。

なんと素晴らしい感覚だと、触れたものを感じることのなかった火傷の痕に眼を落としたとき、驚愕より先に喜悦に嗚咽を洩らしていた。

火傷の痕などどこにもなかったのだ。

恐る恐る確認した顔にも、指に触れるのは滑らかな肌。男は叫んだ。

女神様、万歳!と。


病を得て明日をも知れぬと諦めたものも、国境で魔獣に襲われ下半身に酷い傷を負ったものも、幼い頃からの奇病で結婚を諦めていた少女も、目が見えずに親の厄介者にはなりたくないと命を諦めたつつあった少年も、皆が皆、己の懸念が取り払われて歓喜に咽び泣いていた。そして口々に女神の萬世を祈念して声を上げる。


「女神様、万歳!」


その歓喜の渦に巻き込まれるように、我知らずと女神への讚美に声を上げるものたちのなかにマリオデッラ·ブルーデンの姿もあった。


久々の身体の軽さにマリオデッラは無意識に滂沱の涙を流していた。両腕を高く挙げて、彼は2階席から身を乗り出して叫ぶ。


「女神様、万歳!!」


癒しの光に救われたマリオデッラにはもう矜持などなにもなかった。ただ死にたくない、と足掻き、そしてその切実な祈りに女神が応えてくれた、その慶びだけが彼を突き動かしていた。


レティはふわりと膝を軽やかに折ると、アレクシスの肩に手を置いた。それを合図にしてアレクシスが優雅に聖衣を翻して立ち上がり、レティをエスコートして祭壇から去った。


それでもなお、神殿そのものを揺るがすほどの歓声は止むことなく響き渡り、神官たちが歓喜に震えながら、人々を外へと誘導し始めた。


天上の女神たちからの力添えもあったからだろうか、レティの癒しは神殿を越え、王都中に舞い散ったので、外に出ても女神の奇跡は起きていた。

おかげで興奮した人々の声がさらに高まり、その日はそれから一日とは言わず、翌朝を迎えてもなお、人々の歓喜は増すばかりだった。


これ以上ない女神の顕現にロマリア王家だけでなく正教会までもが驚嘆に開いた口が塞がらない有り様だった。今回のことを予測していたとしたらジルサンダーとアレクシスだけだったろう。


実に見事に祈年の儀は成功を修めたのだった。


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