06
「どうやって」
「え?」
「どうやって私が分かったん?」
聞きたいこととは別の質問が口をついて出た。喉がからからだった。
彼は何の気負いもなく、ごく自然な様子で言った。
「御幣島に会いたいなと思いながら歩いてたら、目の前に現れたんや」
「うそばっかり」
と言いながら、私は彼の言葉が本当だと直感していた。
「ほんまやで」
「そうなん?」
私はとぼけて笑ったが、彼は笑わなかった。
ただ、怖いくらい真っすぐな瞳で、じっとこちらを見つめていた。
千本の甘い針で貫かれたように胸が、痛い。
おごそかな沈黙が、何かを形作ろうと蠢いていた。
「御幣島」
不純なものなど一つもない彼の面持ちを見て、告げなければならないと思った。
「南坂君。私、」
「雪絵」
恋人が手を振り現れたのは、そのときだった。
私よりも一瞬早く、南坂君の目が彼の姿を捉えた。
そして、即座にその意味を察したようだった。
彼の顔に驚きの色が浮かび、太陽が雲に遮られたように翳りが差すさまを、私の目は残酷なほど間近に見た。
すぐに南坂君は平静を装ったが、先程まで表情にあったものは永久に喪われていた。
そのことが、どうしてだか私を傷つけ打ちのめした。
小走りに寄ってきた彼は、私と南坂君の姿を一瞥して、
「知り合い?」
と優しい声でたずねた。おびえる猫をなだめるように。
私の顔色は夜目にも分かるほどに悪かったと、後から彼に聞いた。
どうしてもどうしても言葉が見当たらず、私は顎で空気を噛むようにして頷いた。
「こんばんは」
と丁寧に頭を下げられて、南坂君はきっと当惑したに違いない。
しかし彼は最後まで落ちついていた。
「こんばんは。俺、南坂といいます。御幣島さんの中学の同級生です」
それは私が言わなければならなかったことだ。彼に居心地の悪さを与えてしまった。
裏切り、という血の色をした言葉がぐるぐると頭を巡っていた。
「久しぶりに会ったので、つい声をかけてしまって。……困らせて、ごめんな」
言葉の半分は、私に向けられていたものだった。
きれいな抑揚の、つめたくもあたたかくもない声だった。
きっと彼は、怒っていないのだろうと思わせた。
それなのに、南坂君の顔が見られない。
私を見抜き、指摘し、泥のなかからすくいあげてくれた、たった一人の人。
ごめんなさいもありがとうも聞かぬまま、何も残さずに去ってしまった少年。