表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻燈  作者: 凪子
4/8

04

間近で見た彼の瞳は、おそろしく透徹とうてつに光っていた。


混じりけのない、精錬せいれんされた怒りが宿っている。


それは私に対する怒りではなく、私を緩やかに包囲しているこの理不尽りふじんな網への怒りだった。


戦慄せんりつにも似た胸のふるえに、私は目を見開いた。


自分のために本気で怒ってくれた人など、今まで親以外にいなかった。


いや、親でさえ、「いい子」でいる私以外に何を欲したろう。


その条件のもとでだけ、私は認められ、庇護ひごされ、存在を許されていた。


顔色を読み、動向をうかがい、思惑を察するために身も心もすり減らして、くたくたに疲弊ひへいしていた。


生きているのか死んでいるのかさえ分からないほどに。


ゆっくりと手を離すと、彼は言った。


「確かに俺は関係ない、部外者や。せやけどな、隣の席に座ってる奴が無理したり、我慢したり、辛そうな顔で頑張ったりしてるのを見て、知らんふりしてられるほど人間腐ってへんで」


思わず口を手で覆っていた。


いつから彼は見破っていたのだろうか。一体どこまで。


「もう、ええんとちゃうか。無理して合わせんでも、御幣島は御幣島やし。

嫌なことは嫌、好きなことは好き。それでええんと違うんか。

世の中、人それぞれやろ。みんなと一緒の考えじゃなかったからって、お前が間違ってるわけやないやろ。

いっぺん、我慢せんと普通にしとけよ。それで離れていくような友達やったら、きついこと言うようやけど、それはほんまの友達と違うんやで」


目頭が熱く、息は苦しく、釘を打ち込まれたように頭ががんがんした。


「普通に、思ったとおりでええんや。なんも自分の気持ち我慢することなんかない。好きなときに、好きなように喋ったり、笑ったり、怒ったり、泣いたりしたらええ。

どうするか決めて、選ぶんは御幣島やで。友達も、勉強も、掃除も、遊びも、どうするかは全部自分で決めるんや。何が好きで何が嫌いか、何をして何をせえへんか、お前自身が決めてええんやで」


彼の言葉は海のよう、静かで、熱などこもっていないのに、とてつもない強さで頬を打った。


肌や胸や魂の奥底までぐんぐん沁みた。


嬉しいときに笑って、悲しいときに泣くなんて、そんな当たり前のこと、どうして今のいままで忘れてしまっていたのだろう。


「俺はそう思ってる。最後に、それだけ言いたかったんや。無責任かもしれへんけどな」


そう言うと彼は潔く歩き去った。あっという間の出来事だった。


世界はやがて、何事もなかったような色に戻る。


見下ろすと、箒とちりとりと落ち葉で膨らんだゴミ袋が、いつの間にか魔法のように消えていた。


触れていた手首の熱さと、耳に残る残響ざんきょうだけが証明している。


この出来事は幻想ではない、と。


心に灯ったあたたかな燈火ともしびを抱きしめ、私は喉が痛くなるほど泣いた。

















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ