04
間近で見た彼の瞳は、おそろしく透徹に光っていた。
混じりけのない、精錬された怒りが宿っている。
それは私に対する怒りではなく、私を緩やかに包囲しているこの理不尽な網への怒りだった。
戦慄にも似た胸のふるえに、私は目を見開いた。
自分のために本気で怒ってくれた人など、今まで親以外にいなかった。
いや、親でさえ、「いい子」でいる私以外に何を欲したろう。
その条件のもとでだけ、私は認められ、庇護され、存在を許されていた。
顔色を読み、動向を窺い、思惑を察するために身も心もすり減らして、くたくたに疲弊していた。
生きているのか死んでいるのかさえ分からないほどに。
ゆっくりと手を離すと、彼は言った。
「確かに俺は関係ない、部外者や。せやけどな、隣の席に座ってる奴が無理したり、我慢したり、辛そうな顔で頑張ったりしてるのを見て、知らんふりしてられるほど人間腐ってへんで」
思わず口を手で覆っていた。
いつから彼は見破っていたのだろうか。一体どこまで。
「もう、ええんとちゃうか。無理して合わせんでも、御幣島は御幣島やし。
嫌なことは嫌、好きなことは好き。それでええんと違うんか。
世の中、人それぞれやろ。みんなと一緒の考えじゃなかったからって、お前が間違ってるわけやないやろ。
いっぺん、我慢せんと普通にしとけよ。それで離れていくような友達やったら、きついこと言うようやけど、それはほんまの友達と違うんやで」
目頭が熱く、息は苦しく、釘を打ち込まれたように頭ががんがんした。
「普通に、思ったとおりでええんや。なんも自分の気持ち我慢することなんかない。好きなときに、好きなように喋ったり、笑ったり、怒ったり、泣いたりしたらええ。
どうするか決めて、選ぶんは御幣島やで。友達も、勉強も、掃除も、遊びも、どうするかは全部自分で決めるんや。何が好きで何が嫌いか、何をして何をせえへんか、お前自身が決めてええんやで」
彼の言葉は海のよう、静かで、熱などこもっていないのに、とてつもない強さで頬を打った。
肌や胸や魂の奥底までぐんぐん沁みた。
嬉しいときに笑って、悲しいときに泣くなんて、そんな当たり前のこと、どうして今のいままで忘れてしまっていたのだろう。
「俺はそう思ってる。最後に、それだけ言いたかったんや。無責任かもしれへんけどな」
そう言うと彼は潔く歩き去った。あっという間の出来事だった。
世界はやがて、何事もなかったような色に戻る。
見下ろすと、箒とちりとりと落ち葉で膨らんだゴミ袋が、いつの間にか魔法のように消えていた。
触れていた手首の熱さと、耳に残る残響だけが証明している。
この出来事は幻想ではない、と。
心に灯ったあたたかな燈火を抱きしめ、私は喉が痛くなるほど泣いた。