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幻燈  作者: 凪子
1/8

01

再会は夏の匂いがした。


御幣島みてじま?」


むせ返るような人いきれのなか、呼ぶ声だけが凛然りんぜんと蒼く透きとおっていた。


他ならぬ、私の名を。


「やっぱり。お前、御幣島やろ」


振り返った私の目に、懐かしい笑顔が映った。


祈りにも似た蝋燭ろうそくの灯りは、宵闇よいやみを穏やかに照らしだす。


蛍とも、月明かりとも違う、ほんのりと甘く優しいの光。


それらが無数に連なって、道や芝生や公園の、あらゆる暗がりに淡く満ちていた。


その静謐せいひつな祭りの名を、燈花会とうかえという。


「浴衣着てたから分からへんかったわ。久しぶり」


と言った彼は、夜にまぎれる紺のポロシャツにジーンズをいて、かばんも持たず身軽そうに立っていた。


「……南坂みなみさか、君」


やっとのことで、私は鈍い返事をした。


彼は安心したように表情をゆるめた。


「よかった。覚えてないんかと思った」


「ちゃうねん、びっくりして。戻ってきてたん?」


「そうや。夏休みやし、いっぺん帰省しよかと思ってな」


しゃべり方、変わってへんねんね」


と言うと、彼は胸を張って誇らしげに、


「せやろ。まあ、向こうではちょっと標準語入るけどな」


「今は、埼玉の方に住んでるんやんな」


「そうやで。よう覚えててくれたな」


嬉しそうな顔に、胸がきしんだ。


「ほんまに、久しぶり――」


忘れたことなどない。忘れることなどできるものか。


南坂秀みなみさかしゅうの名前は、胸底に大切にしまわれている。


彼が中学三年生の春に転校してしまってから、ずっと。


噴水のふきあげる清らかな水音が絶え間なく降りつもる。


誰も彼もが人待ち顔に立ち尽くしている公園の片隅で、私と彼はしばしの間、声もなく見つめあった。

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