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廃英雄とベスジアの王  作者: 葵大和
第一幕 【英雄産業】
6/31

6話 「その魂を捧げよ」

 それからいくばくか。

 ある日、ついに二人に公式な外出が許された。


「これからお前たちには自由な外出を許す。民との交流を図り、その士気を支えろ」

「はっ」

「忘れるな、お前は〈英雄〉になるのだ」


 左眼に片眼鏡(モノクル)をかけた王の側近(そっきん)に言われ、リリアスとゼムナスはうなずいた。

 リリアスにはさして感慨(かんがい)はなさそうであったが、ゼムナスの青い目は好奇心と責任感に輝いていた。


「あとリリアス。――自分の役割を忘れるなよ」

「わかっています」


 王の側近にそう言われ、リリアスは淡々(たんたん)と答える。

 ゼムナスはそのやりとりを首をかしげて見ていた。



 二人はマナフ王国の英雄候補としてときおり城下街に下りては住人たちと交流を図った。

 公式な二人の立場は『王が拾ってきた孤児(こじ)』である。

 もともとマナフ王が戦災孤児(せんさいこじ)の保護に熱心だったことを利用し、彼らが特殊な生まれ方をしたことは隠された。

 とはいえ、民衆からすればその扱いは王族に近い。

 たぐいまれな才能を買われ、王城に住むことを許された二人の特別な孤児。

 その二人も王への恩義から強い忠誠を誓っており、のちのちはマナフの兵士となってこれからの戦いを勝利に導くであろう。


「……すごいですね。この術式を編めるのは世界を見渡してもそう多くはいませんよ」


 ある日、マナフの魔導細工店(まどうざいくてん)を訪れたとき、そこの店主にゼムナスが言われた。

 店の中に置いてあった魔導書の中の術式を、ゼムナスが実際に編んでみせたのが原因だ。

 店主は目を丸くしてゼムナスの手の上の術式を見る。

 ゼムナスは少し恥ずかしそうに頭をかいていた。


「でも、王城での訓練ではもっとめんどうな術式も編んでいたので」

「いやはや、まさしく天才と呼ぶにふさわしい。あなたがマナフのために戦ってくださるのなら、次は〈バルトローゼ帝国〉にも負けないでしょう」


 初老の店主は年に似合わず少年のように目をきらきらさせてゼムナスを見る。


「まさしく未来の英雄だ」


 ほめちぎられていたたまれなくなったのか、ゼムナスはリリアスの姿を探す。


「ちょっと、兄さん」

「うるさい、静かにしてろ」


 だが当のリリアスは店においてあった時計型の魔導細工を穴でもあけるのかという勢いでじっと見つめていて、二人のやりとりなどまったく気にしていないようだった。


「ホント兄さんって術機とか魔導細工とか好きだよね」

「すごいなこれ……どうなってるんだ……」


 リリアスは持っていた時計型の魔導細工品をいろいろな角度から眺め、そこに刻まれている精緻(せいち)な術式に感嘆(かんたん)の息を()らしている。


「あの、そちらの方は……?」

「ああ、僕の兄さんです」

「なるほど、ご兄弟で。これはますます将来が楽しみですな」

「俺は弟のように魔術が使えるわけではないですよ。むしろからっきしです」


 期待するような視線を向けてきた店主に、リリアスはそっけなく答える。


「だから、いざとなったらそいつを助けてやってください。俺の弟は、いずれマナフを支える英雄になります」

「弟思いなんですね」


 店主に言われ、リリアスはハっとしたように顔をしかめる。


「……今のはなかったことに」

「フフ、お二人がマナフに来てくれたことを心から感謝します」


 それから二人は店主に別れを告げ、店をあとにした。


   ◆◆◆


 ゼムナスは人当たりもよく、またその整った容姿も(あい)まって瞬く間に王国内で有名になった。

 リリアスもまたゼムナスに劣らない端正(たんせい)な顔立ちをしていたが、もの暗さを感じさせる黒い髪のせいか、ゼムナスほどの人気は出なかった。

 二人は城下街に下りるようになってから、世の情勢を身近に感じるようになった。


「この国の人たちはみんな魔術が得意なんだね」

「魔石鉱脈にめぐまれた立地なのが大きいんだろう」


 マナフ王国は魔術振興(まじゅつしんこう)の国であり、豊富な魔石鉱脈に恵まれている。


「でも、九年前にその魔石鉱脈をめぐって戦争が起きて、負けてしまった。マナフ人は魔術が得意だけど、その国民性は戦いに向いていない」


 〈バルトローゼ帝国〉と呼ばれる大国との戦争は、たったの七日で終結した。

 結果はマナフの惨敗(ざんぱい)だった。


「敗戦後、マナフ王国はバルトローゼ帝国と停戦条約を結んだけど、みんなまだ戦争をおそれている」

「……そうだな。マナフも悲惨な戦争を経験して軍事力の強化に力を入れはじめたが、バルトローゼはさらに早い速度で強大化している。そもそもスタートが違うんだよ。今までどういう国家方針を(かか)げ、戦乱の時代を生き残ってきたか。バルトローゼはマナフのように立地に恵まれたわけではなかったから――戦って奪って、そうして生き残ることを選んできた」


 生き残ることへの意志、渇望(かつぼう)、戦うことへの意欲。

 マナフはたしかに魔術力にすぐれているが、戦うということに関して、それだけでは(くつがえ)せない差がある。


「バルトローゼとの停戦条約も、今となっては身を守る十分な後ろ盾にはならない。もしバルトローゼが条約を反故(ほご)にしたとしても、それを公然と(とが)められる国家が周辺にはもうないからだ」

「……」

「だから、〈英雄〉を欲している」


 リリアスが言う。

 たったひとりでこの劣勢(れっせい)な状況をくつがえせる人間。

 かつて魔王と戦い、その後たったひとりで時代を滅ぼしてしまうような力のあった、勇者のような。


「怖くなったか? ゼムナス」


 ふと、リリアスは優しくゼムナスに訊いた。

 リリアスは知っている。

 このゼムナスという少年が、ほかの多くのマナフ人と同じく、争いごとに不向きな性格をしていることを。

 英雄に憧れはすれど、本人もまた自分の性質を自覚し、訓練のときなどは感情を押し殺して(はげ)んでいる(ふし)がある。


「怖いよ。――でも、僕は戦える」


 ゼムナスはその青い瞳でリリアスを真正面から見た。

 表情に不安がなかったかといえばけっしてそうではない。

 しかし、その眼には不安な表情をかきけしてしまうほどの、強い意志の光が宿っていた。


「こうして街に下りて、実際にマナフのみんなと関わってみて、思ったことがある。――僕はこの国が好きだ」


 そのときたしかに、リリアスはゼムナスの中に〈英雄〉としての素質を見た。


「僕は戦うことがあまり好きではない。でも、この国を守るためなら、好き嫌いなんて関係なく戦える」

「――そうか」


 リリアスは小さく笑ってうなずく。


「そういう兄さんは?」


 と、そこでゼムナスは逆にリリアスに訊ね返した。


「……」


 リリアスはゼムナスの問いに即答できなかった。

 理由があったが、その理由をゼムナスに伝えるのも気が引けて、結局リリアスは当たりさわりのない答えを返した。


「……好きだよ」

「――うん、そっか。それなら良かった」


 ゼムナスは柔らかく笑った。

 その笑みがリリアスの胸にちくりとした痛みをもたらした。


   ◆◆◆


 二人が城下街に出るようになってさらに二年。

 リリアスとゼムナスが生まれてからちょうど三年後のこと。

 その年、マナフ王国は国境を二つ(へだ)てた国に侵略を受けた。


 戦争がはじまったのである。


「リリアスは白兵部隊(はくへいぶたい)と共に前線に出ろ。ゼムナスは術式兵団に帯同(たいどう)し、その魔術で戦況を支えろ」


 マナフ王城の大広間に呼ばれた二人は、王の側近からそんな命令を受けた。


「〈英雄〉としての晴れ舞台だ。負けは許されない。命を懸けてマナフを守れ」


 リリアスは終始(こうべ)を垂れて命令を聞いた。

 そこには微塵(みじん)も動じた様子はない。


閣下(かっか)、この戦では何人が死ぬのでしょうか……」


 しかしゼムナスは、さすがにはじめての戦争に動揺しているようだった。


「お前の働き次第だ、ゼムナス・ファルムード。たぐいまれな魔術の才を持つお前が、その術士としての力をいかんなく発揮できれば、我が国の損害は軽微なものになるだろう」


 そんなゼムナスの様子を、リリアスは頭を垂れながら横目にうかがい、その足が震えているのを見た。


「行け、マナフの〈英雄〉よ。王国を守るため、その魂を捧げよ」

「はっ」


 その日、二人は軍人になった。

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