1話 「名も知らぬ兄弟の物語」
自慢の弟がいた。
頭がよく、眉目は秀麗。才色兼備とはこのことを指すのだろうと、子どもながらに思っていた。
一時は嫉妬もあった。けれど次第にそれもなくなった。
弟は自分によくなついていた。自分もまた、そんな弟のことを大切に思っていた。
けれど、神は無慈悲だった。
「兄さん、僕、もうあんまり生きられないのかな」
弟が重い病にかかった。
見舞う場所が自宅から病室になるのにそう長い時間はかからなかった。
「兄さん、本が読みたい」
弟は真っ白な病室のベッドに寝たきりになったころ、そんなことを言った。
「どんな本が読みたいんだ?」
「英雄が出てくる本が良い」
「なんだ、いつも難しい本ばっかり読んでるのに、今回は子どもっぽいな」
「いいんだよ。これでも僕、小さいころ兄さんに読み聞かせてもらった英雄の物語をずっと覚えてるんだから。――憧れてたんだ。どんな苦難にもめげず、目標を成し遂げようと突き進み、やがてみんなに称えられるようになる、子どもっぽい英雄の姿に」
それから古今東西のあらゆる英雄にまつわる本を探して、それを弟に届けた。
自分で本を開くことができなくなってからは、隣に座ってそれを読み聞かせた。
「ありがとう、兄さん。僕は兄さんの弟で幸せだったよ」
そんな言葉を残して弟がこの世を去ったのは、月のきれいな冬の夜のことだった。
「……逆だよ。お前ともっと、話をしたかった」
冷たくなった弟の頬に触れ、そのとき彼はある覚悟を決めた。
「……いや、必ずもう一度、話をしよう」
そして彼は一人になった。
のちに彼はある偉業を成し遂げる。
人生のすべてをなげうち、ある一つの方程式を解いた。
科学、魔導。
人が忌避するような、あるいは罰せられるような、あらゆる手段を駆使し、彼は――
『人を造る道具』を生み出した。
だが、奇しくも彼はそれを自分で使うことがなかった。
「……あと、少しなのに」
彼もまた病に侵されていた。
結局彼の偉業は誰にも知られぬまま一旦は闇に葬られる。
それからとても――とても長い時間が過ぎ――
ある日、彼の生み出した道具が動き出す音が、世界のどこかで鳴った。