2.目が覚めたらそこは
「って、そんなことってある!?」
思わず私は叫び声をあげ、目が覚めた。慌てて起き上がり、周りを見る。
今の何!?夢?ああ、そうだよね、夢だよね。良かった。もうびっくりしちゃったじゃない。そうだよね。私がばりばりのキャリアウーマンで、アラサーで、年齢=恋人いない歴で、恋愛出来なくて悩んでるなんて、うん、ないない。そんなことありえない。そう、そんなこと。
そう思って、私は安堵し、また横になる。ふかふかのベッドに身を倒し、そのまま再び眠りへつこうとして、再び叫び声を上げた。
「て、えええ!?なんじゃこりゃああ!?」
「どうしたのですか!?」
すぐそばから聞こえた私ではない声。
私は慌てて、ベッドから跳ね起き、そちらを見る。すぐそばには見知らぬ女性が立っていた。
ほどよく整った顔に、きりっとした目元をした美人。大人のお姉さんといった雰囲気のする女性だった。髪の色と目の色を見る限り、外国人の様だ。まさにファンタジー世界の住人ですって感じの西洋風な顔と服。
あれ、ちょっと待ってここどこ?私っていつからそんなところに来てたの?
固まる私に見知らぬ美人は「大丈夫ですか」と問いかけてくる。
「大丈夫って……」
はい、あの、全然大丈夫じゃないです。だって、ねえ。目が覚めたら西洋風のどこだかよくわからないところに来ているなんて。うん、やっぱり、全然大丈夫じゃない。
私は自分がいる部屋を見渡す。少なくともここは私の知っている国ではない。部屋の様式や家具とかでなんとなくそれがわかる。
じゃあ、ここはどこか。はっきり言おう。全然わからない。ついでに私を心配そうに見ているこの美人さんは一体誰?え、どうしよう、何もわからないんだけど。
私はおそるおそる、声をかけてくれた美人さんを見る。
「あ、あの……」
「まだお加減がすぐれないのですか、レティシア様?」
「レティシア!?」
なに、そのこっぱずかしい名前は!?え、ま、まさかと思うけど私の名前じゃないよね!?
「えっと、あの」
「レティシア様?」
「えっと、すみません。貴方誰ですか?」
私の言葉に心配げに見ていた美人さんの顔色が変わる。そして、その顔がみるみる蒼白になる。そして「姫様!どうか正気に戻って下さい!」と彼女はそう叫んだと同時に、激しく私の身体を揺さぶる。
姫様って何よ!?全然わからないんだけど!?しかし、その疑問を口にする前に、私の意識は再び遠のいていった。
「姫様、大丈夫ですか?」
「うん、まあ」
激しい胸焼けと吐き気に悩まされながら私は答える。もっともこの不快感はそもそもそこで心配そうに見る美人さんが私を力の限り揺さぶったせいなんだけど。
すこし整理してみよう。私の名前はレティシア。ウォンデルト王国のなんと王女様らしい。そしてつい先日私は隣国であるアルフガルト王国、つまり今いるこの国の王の元に嫁いできたのだという。そう、つまり私はいずれこの国の王妃になるらしい。
うわあ、すごい。自分で言っておいて全く現実味がない。まあ、いずれそうなるという話なだけで、まだ正式な王妃ではないらしい。半年後にある結婚式まで、私は公に王妃とは認められず、王妃候補という立場になっているそうだ。
という訳で私はその半年間、王宮に入ることはできず、この離宮で過ごすように言われたのだが、ここにきて数日、私は体調を崩し、倒れたらしい。
三日三晩高熱をだし、生死をさまよい、散々うなされた結果、私はどうやら、いわゆる前世の記憶というやつを思い出したみたいだ。そして同時にそれまであったレティシアの、私の記憶はまるでもやがかかったように不鮮明なものへと変わった。記憶はぼやけ、言われればなんとなくそんなことがあったようなという程度にしか今は思い出せない。
「レティシア様、お加減はどうですか?」
そう言って、私を心配げに見てくる美人さんは侍女のルイザだ。彼女は幼少から私に仕える侍女で、今回ここに嫁ぐにあたって、祖国からわざわざついて来てくれたらしい。
本当にありがたいことだ。ここまでの現状を理解出来たのも、彼女から詳しい事情を聞き出せたからだ。ルイザがいなければ、未だに現状を理解できずにいたと思う。
「大丈夫よ。それよりひとつ確認したいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
「私とその、アルフガルトの国王との結婚はもう決まっていることなのよね?」
「ええ、まあ。レティシア様がよほどの不興をかわないかぎりはそうなると思います」
「そう、そうなのね」
それって、つまり政略結婚じゃない!?
私は頭を抱える。今の私には前世の記憶がある。そして私は、前世の死に際のことも思い出した。
そう、今度こそ思いっきり恋愛をしてみたい、今度こそ恋愛に生きたい。そう深く深く心に刻み込まれた思い。その思いが、今、私に引き継がれている。
そう、今度こそ私は恋愛に生きたい!今度こそ思いっきり恋愛をして、幸せになって、結婚したい!そんな思いを数分前まで胸に抱いていた訳なんだけど。
「いきなり挫折してるんですけど!?」
「レティシア様!?」
頭をかかえ、柔らかなベッドに私は何度も頭を打ち付ける。その意味のない動作にルイザはただただ驚き、目を見開いている。
「王女様がついに壊れた」とか小声で言われたけどその言葉さえ、今はどうでもいい。だって、それどころじゃない。
「だめ!絶対にだめ!私は今度こそ恋愛に生きたいの!」
そう、政略結婚?冗談じゃない!そこに愛はないじゃない!今度こそ私はラブロマンスのような恋愛をするって決めたのに!それなのに、それなのに!
結婚の相手となるアルフガルト王とは私がこの国に来た時に一度会ったきりで、それ以降、一切会っていないという。
「なんてことなの!?」
そもそも恋愛しようと思っていても、既に相手は決まっていて、しかもその相手は私に全く興味がないときている。あれ。もうつんでない!?いきなりつんでるよね!?
「なんでこうなるのよ!?」
私はただ恋愛をしたいだけなのに!それ以上は望まないのに!
私はベッドに倒れ込み、じたばたと手足を動かし、気が済むまで暴れまくった。