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第6話 イメージアップ・キャンペーン(上)

 さて、エルヴィンさんのネガキャンならぬポジキャンを始めようと決意した私ですが。


 嘘を言っても信用を失うだけなので、さりげなくエルヴィンさんの美点について下調べしてから計画を立てねばなりません。


 と言っても、何から手をつけていいか分からないですね。困ったな。


 そこでダメ元でエリザベートさんとマリアンヌに相談したところ。


 わりと簡単に情報が出てきました。


 まずは、この国で隋一の工業都市、西部に位置する工房の町クレイフォード。


 ここは元々領主としてのエルヴィンさんに下賜された領地であり、辺境寄りの痩せた土地しかない貧しい地帯でした。


 彼は領主として着任してすぐに、私財を投じてたくさんの工場を設立し、機械を買ったり開発したりして設置すると、周辺の村人を雇って様々な製品を生産する拠点としました。


 やがて、流通と町の規模が拡大してそれを取り仕切る商会が必要となり、書類仕事や帳簿の管理業務が得意な人間を集め、クレイフォード大商会を新規設立しました。


 このように、工業都市としての地盤が整い全てが軌道に乗ったところ、クレイフォードは政府の直轄領となりました。


 エルヴィンさんは私財を投じて発展させた領地を横取りされる形となり、国から派遣された別の貴族が領地を治める任に就きました。


 これが引き金となり、エルヴィンさんの処遇に憤った群衆が、領地の城を取り囲む事態に発展します。


 彼が着任する前は十分な作物が収穫できず、飢えと貧困に苦しんでいた土着の人々。彼らは新しくできた工場により仕事を与えられ、生きる糧を得ました。


 エルヴィンさんはマイペースな人ですが、領主としてもかなり型破りな行動に出ていたようです。生産現場では職人たちとともに働くという異例の対応をしていました。彼自身が身分に関係なく優れた技術に対して敬意を払う人だったため、次第に職人仲間として職場に溶け込んでいきました。


 ただの領主ではなく、ともに働く仲間としてエルヴィンさんのことを認めていた街の人々。彼らは一団となって立ち上がり、エルヴィンを領主に復帰させるよう直訴を起こしたのです。


 そして、この集団直訴について、領民に対する監督不行き届きとして、既に領主ではなくなり王宮へ戻っていたエルヴィンさんが謹慎処分を受けることになります。


 この対応が火に油を注いでしまい、今にも流血沙汰になかねない一触即発の状況となってしまいました。


 その報を受けたエルヴィンさんは、かつて共に働いた職人たちの身を案じ、書簡をしたためました。


 君たちの手を失うのは国家にとっての損失であり、その技術に敬意を持つものとしてあまりに惜しい。どうか新しい領主に歯向かうのをやめて欲しい、と。


 工場で彼の書く仕様書や図面を見ていた人たちは、それがエルヴィンさん直筆の書面であることを即座に悟ったでしょう。


 これに感銘を受けたクレイフォードの人たちの多くは、表面上は国家の方針に従いつつ今もなおエルヴィンさんに忠誠心を抱いているとのこと。


 この話の裏付けを取るべく、本人からも話を聞きました。話を壮大にしすぎだとは言われましたが、大筋は事実であることが確認できました。


 今やすっかり仲良くなったエルヴィンさん。私のことを信頼してくれているのか、大事であろうことも特に隠さずペラペラとしゃべりました。


 エルヴィンさんは自身が設立に関わったクレイフォード大商会のトップとは今も深い親交があり、この人にほぼ独占に近い形で新発明のデータを売り付けて儲けています。


 でもこれ、実質は無償提供なんだそうです。


 図面や研究ノートを商会に対して高く売り付け、次の研究に使う機材や素材をかなり割高な価格設定で買い付けるのです。


 そうすることで、エルヴィンさんの儲け分をほぼ0に調整しています。基本的に提供しているのは実験室レベルのデータなので、大量生産ラインに乗せるために多額の開発費がかかるそうです。


 そのため、エルヴィンさん自身はお金を取らないそうです。元本が減らなければ問題ない、とか言ってますけど、異世界デビューからそんなに経っていない私の知識でも、あなたが今口にした取引金額が大金であることくらいは分かります。


 さすが王族。趣味のスケールがヤバイです。莫大な個人資産を持っているからこそできる荒業です。


 普通の貴族は適正価値なんて分かりませんし、収支の帳簿を見られても、せっかくの稼ぎを端から潰して回る道楽にしか見えないでしょう。


 今の王家は学者を優遇していませんから、王宮内に滞在している学術的な専門知識を持つ人間は一部の家庭教師を除き、侍医、薬師くらいのものです。


 エルヴィンさん曰く、今まで何度か仕事部屋に侵入された痕跡があり、帳簿を漁られていたらしい、とのこと。


「賊は帳簿を盗み見ていたようだが、バレていないのか特に疑われたことはないな」


 ヒィィ! なんという危機管理力のなさ。私が寝返って王妃に付いたらどうするんですか!


 エルヴィンさんから領地を横取りしたの、絶対王妃サイドの嫌がらせでしょ!


 領主でなくなった今も影響力があると知れたら、王妃が黙っていないですし。彼らにバレたら大商会との取引ルート、お友達ごと即座に亡きものにされるんじゃないですかね?


 エルヴィンさんは自宅を荒らされた件について「奴等は私の研究内容には全く興味はないらしい」と憤慨する様子を見せました。


 いや、怒るポイントがおかしいよ!


 とまぁ、色々と驚いたり青くなったりの連続でしたが、ここまでの話をまとめると。


 一人の天才の手によって産み出された数々の産業技術は、彼がクレイフォードを去った今もその経済活動の根幹を担っているのです。


 そればかりか、大商会が新しく産み出す商品のクオリティに追従するため、企業努力を惜しまなくなりました。これが国全体の技術革新を後押ししています。


 めっっっちゃいい人じゃないですか!


 これだけで1冊の伝記が書けますよ!


 ところが、本人は領主をさせられていた時より自由に研究する時間が増えて嬉しい、としか思っていないようで。


 その素晴らしい功績をこんこんと説いて賞賛してみたのですが、自身のやったことだというのに興味無さそうにしていました。


 まぁ、本人がどう思っていようが、事実であることには変わりませんから。


 気を取り直して、次のアピールポイントです。


 エルヴィンさんは国内、特に物価の高い首都に居を構える学生や学者の保護をしています。


 有名な高等教育機関や学術研究所は都市部に集中しており、収支状況がよろしくない地方の田舎貴族や、平民の子息は学生時代に非常に苦労することになります。その多くが、勉学や研究を諦めて去っていきます。


 そのような方を助けるために、エルヴィンさんは支援活動を秘密裏に実施してきました。


 とある大衆食堂のおかみさんに特定の紋様が刻まれた銀の腕輪を見せると、2階へ案内されるそうです。彼らはエルヴィンさんの奢りで酒を含み全てのメニューを無料で飲食できます。


 こうして浮いた3食の食費を全て学問に注ぐ。ささいな額かもしれませんが、このシステムがあるおかげで大学の講師の座に就くなど、後に大出世を果たしたり学会で評価されるようになった苦学生も多数存在するようです。


 研究仲間である彼らと意見を交わしたり、交流を楽しんでいるエルヴィンさんですが、このことが王妃サイドにバレたら大変なことになります。


 そこで、クレイフォード出身の口の固いおかみさんの店を利用させてもらっているのだとか。


 今日はエルヴィンさんについて、色々なことを知ることができました。


 私は思わず嘆息せざるを得ませんでした。


 ああ、天才的な頭脳と先見の明があるのに。


 どうして処世術だけはピュアで素直な小学生レベルなんですかね……。


 †††


 さて、ここまでの情報収集により、エルヴィンさんを慕う人がたくさんいることは理解しました。


 しかし、お友達に危害が加わることだけは絶対に避けたいですね。


 さて、どう動いたものか。


『お友達だけではなく、あなた自身も目立った動きをしすぎて、王家のいざこざに巻き込まれないよう気を付けてくださいね』


 はーい。女神様は心配性ですね。


 と、密かなやり取りをしていると、大きな包みを抱えた兵士さんがエリザベートさんを訪ねてきました。


 むむむ。これはもしや?


「失礼します。()使い様がエルヴィン王子に作成を依頼していたという品をお持ちしました」


 兵士さんは「どこに設置いたしますか?」と尋ねながら、荷物の梱包を解き始めました。


 これこれこれ、待ってました!


 思わず子猫のような「ミャーオ!」という声が出てしまいました。


 嬉しさのあまり、大事な荷物を運んだ来てくれた兵士さんの足にスリスリしながら、盛大に喉を鳴らしてしまいました。


 先程から兵士さんの手が小刻みにプルプルしていますね。猫が苦手だったかな。なんかごめんなさいです。


 いやいや。


 そんなことより爪研ぎです、爪研ぎ!


 王宮に来てからずっと、手先がムズムズして困っていたんですもん。


 リクエストしたとおり、素材が適度に廉価であり、バンバン使い潰してもそこまで良心が痛みません。


 高級ソファー風のイラストが描かれており、使いやすいだけでなく、見映えもカワイイ素敵な爪研ぎです。


 断面は滑らかな曲線を描いており、上に座ったときの感じも最高!


 爪研ぎに乗り上げて無心にカリカリしていると、心が安らぐように感じられました。


「アンナ様、この柱のような品はどこに置きますか?」


 とりあえず、邪魔にならないように壁の隅に置いてもらいましょうか。ここがいいかなと思った場所でグルグル回ると、意味が通じたようで指定した場所に設置してくれました。


 お、キャットタワーの仕上がりもいいですね。倒れないようにしっかりとした土台がついていますし、これならあまり怖くないかも。


 とりあえず、この下段の所にに乗ってみましょうか。よいしょっと。


 芯は固い素材で作ってあるようですが、表面は爪をかけやすい素材で覆ってあります。


 しっかりと爪を立てられるけれども引っ掛りすぎないので、安心して登り降りできました。


 何点か修正したほうが更に良くなりそうな点はありましたが、どの猫も満面の笑みを浮かべる仕上りですね。


 そういえば、この国の人たち、猫神様を信仰している関係で、大人気のペットは猫でしたっけ。彼らも夢中になりそうですが、非売品なのが惜しまれますね。


 あ、そうだ!


 いいことを考え付きました!


 †††


 お仕事の1つに、バステシャン教の総本山であるバステスト大教会で実施される神事への参加があります。


 今日のイベントは一般参賀のようなもので、一般市民もありがたいご神体を拝むことができます。王族や貴族たちだけではなく世俗から離れた僧侶、そして多数の市民が参加していました。


 そう。この外部の人の耳が多い公の行事をエルヴィンさんの爪研ぎとキャットタワーを宣伝する場として利用したわけです。


 これまでの神事を通じて、教会の聖職者の説法を聞く機会が多々あったおかげで、バステシャン教の教義の概要は掴んでいました。国民への日頃の感謝を述べるとともに、教義を上手く利用する感じで話を持っていきました。


 演説の内容はざっとこんな感じです。


“ バステシャン王国の王家及びその臣下である国民の皆様には日頃から親切にしていただき、ありがとうございます。この機会に改めて、皆様にお礼を言いたいと思います。王宮の皆様は私が少しでも過ごしやすくなるように気を砕いてくださります ”


 参拝客は大感激しているようですが、私にとっては後半の内容が本題なのです。


“ また、第3王子のエルヴィン殿下においては、知恵を尽くしてすばらしい寝台や爪研ぎ、遊具を開発して下さいました。猫神様が愛する他の猫たちにも使わせてあげたい、と思うようなすばらしい品です ”


 一般の参拝者も多く参列していましたし、猫を飼っている人々は身分に関係なく、私とお揃いの猫グッズが欲しいと思ったことでしょう。


 最初の布石を投じた私は、意気揚々と帰城しました。


 王宮に到着したところ、50音ボードを抱えたエルヴィンさんが、かなり慌てた様子で息を切らせて走ってきました。


「事情を……事情を説明してくれ! クレイフォードの大商会だけじゃなく、全く付き合いのない商会から大量の書状が届いているんだ。あと、さっきから、ひっきりなしに商人っぽい人たちから面会希望が」


“ それは爪研ぎとキャットタワーの製法を聞きに来たか、1枚かんで儲けたいということだと思いますよ。どちらと提携されるかはご自由に選んでもらって結構ですが、成金主義の人たちはNGで。市井に広く愛用してもらえるよう、平民でも働いていてそれなりの収入があれば手が届く価格帯でお願いします ”


「今日予定は確か、大教会での公開行事だったよな? いったい何を言えばこんな騒ぎに発展するんだ?」


 あの演説内容を手短に説明すると、賢いエルヴィンさんは状況を理解したようです。


“ そういうわけで、皆さんが欲しがっているものですから、早くなんとかしてあげたくて。工場で大量生産できる仕様書を書いてくださいませんか? あと、皆さんに一目で商品の使い方を理解してもらうために、私の肖像画を描いて欲しいです。エルヴィンさんは絵がお上手ですし、他の絵師に頼んだらデフォルト盛り盛りのお堅い宗教画みたいになりそうなのが嫌で ”


「いや、あのな。わたげの友人の頼みなら協力するのはやぶさかではないが。なんでまた、そんなことを?」


“ ご存じのとおり、猫神様は心が清らかな者を愛しています。そして、欲深く財を分かち合わないことを最も罪深きこととお考えです。このすばらしい発明を私一人で独占してしまっては、私にとって大切な同胞である他の猫たちに申し訳が立たないな、と ”


 ここでペチャッと耳を垂れ、こぼれんくらいに目を丸めて見上げました。エルヴィンさんは、狼狽した様子でうっと呻きます。


“ 日頃から思っていたことをつい口にしてしまいました。ここまで反響があるとは思わず。できれば欲しい人たちみんなの手に届けばいいなと思って……。巻き込んでしまってごめんなさい ”


「いや、そこまで気にしなくても、別に怒っているわけではない。状況を確認しておいた方がいいと思っただけだ。幸い、今回の商品は既に工場で量産できるレベルの研究は完了している。仕様書ならすぐに作れるから安心して欲しい」


 ですよね。


 色々考えて、どこかに話が漏れないよう事後承諾にしました。


 そのため、事前に研究ノートを確認しています。仕様書の原案もほとんど完璧な状態に出来上がっていましたし、既に工場で大量生産に移れるレベルの製法を確立していることは間違いありません。


()使い様のお墨付きとなると、買い手が殺到するのは間違いない。品薄や商人による買い占めで平民には手の届かない額まで高騰するだろう。それを防ぐためには初手で大量の商品を供給する必要がある。今回は、私の仕様書を読み慣れているクレイフォードの連中に任せることにしよう」


 うーん、しかし、この人に()使い様と呼ばれるのは違和感があるなぁ。


 そういえば、メイドさんにしか名乗っていませんでしたね。この人はエルヴィン=オブ=バステシャンと名乗っていましたっけ。


“ そういえばお名前を聞いたのに名乗り忘れていましたね。私の名前はアンナです。フルネームは、私の国の表記だと霜月アンナですね。家名にあたるのが霜月ですが、堅苦しいのでアンナと呼んでください ”


 ドサドサドサっと、派手な音がして、エルヴィンさんの抱えていた書状の束が床に散らばりました。


「まさか真名を……。そうか、分かった。ならばその信望に応えてみせよう」


 ん、なんだこの熱意に燃えてる感じ。


 困惑していると、女神様が解説してくれました。


『思い出してください。名前の一部を明かされただけで、メイドたちが喜んでいたでしょう? 神の使いの名前を呼ぶなど、通常なら畏れ多くて国王ですら許されません。過去の例で名前が伝わっていないように、歴代の()使いの名は人に明かされていないのです』


 あ、気軽に名乗ってはいけないのか。危ない危ない。幸いメイド達とエルヴィンさんにしか教えていませんが、今後は相手を選ぶようにしましょう。


 やー、最初は怒濤の日々で慣れるのにやっとでしたし、名前がなくてもコミュニケーションに困らなかったもので。文字数が多いと疲れるから、あえて名乗ろうとか考えなかったもんなぁ。


「ちょうど大商会の代表が遊びに来ているんだ。そこでコンセプトを話して仕様書を渡そうと考えている。同席してもらえると話が早いだろうな。今日の予定は?」


“ ご飯を食べて寝るだけです。着替えの必要がないですし、このまま直行します ”


 お膳立てができているのなら、善は急げです。人間のお友達には初めて会いますね。


 どんな人かな? 楽しみです。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人のために知識を活用する姿勢は見いていて、 気持ちがいいです。 ポジキャンの第一歩は成功と言っていいのかな。 [気になる点] 神事にはメイドさんたちは同行するんでしょうか。 ちょっと気に…
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