第5話 孤独な発明家
お久しぶりです。霜月アンナです。王宮に来て1月ばかり経ちました。
猫としての生活にも、ずいぶんと慣れてきました。
式典やイベントに担ぎ出されることもありますが、まぁ、タダ飯食らいですしそれくらいは、ね。
宮廷付きの教師アルフレッド老が暇な時は、お茶会がてらこの国に関する知識を仕入れたりもしています。
たまにあの可愛らしい王女様も遊びに来ます。イザベルさんは私よりずっと若いですが、慧眼の持ち主で、話を聞いていて大人として恥ずかしくなるほど立派な人です。
話をしていてとても楽しいですし、私の話を目で追って確認するのをめんどくさがることなく、とても楽しそうに聞いてくれます。
元の世界に残してきた家族や友達が恋しくなってきた私にとって、このような他社との温かな交流は大きな癒しとなっています。
あとは私のご機嫌伺いで、手土産を持った王子たちが訪問して来たりとか。
彼らは私を尊敬する態度を見せつつも、私の知性が高いことを知っているのにも関わらず、私について何一つ知ろうとは思わないようです。
パーティーなどで何度も食卓を共にしているのに、私の食べている物すら承知していません。私に興味が全くないのが丸分かりなくらい、自分の話しかしないですね。
言葉を理解する以外は普通の猫と同じ、と思い込んでいるようです。
私は生きている鳥や生肉・生魚は食べないんですよ。寄生虫が怖いし。そのため、もらった肉は後でこっそり火を通してもらっています。
彼らとの交流は全く楽しくないですが、仕事と思って割りきりましょう。仕事の取引先の社員の接待と同じように、礼儀正しく大人な対応をするだけです。
そんな私の最近のマイブームは、王宮内を一人で散歩すること。
先日は敷地の隅っこにある別館を発見しましたっけ。色々あってフワフワで可愛いネズミ――わたげ君とお友だちになりました。
そして、わたげ君の飼い主さんと初めて会ったのは、私がうっかり彼の仕事部屋に踏み込んだときでした。あの日はわたげ君とたくさん遊んだ後、また今度遊ぶ約束を取り付けました。その後もちょくちょく訪問させていただいています。動物好きとして、これほど嬉しいことはありません。
それにしても、不法侵入の件を許してくれるなんて、エルヴィンさんはいい人だなぁ。
話を聞いたところ、どうやら彼は発明家のようなことをしているようです。
建築学を研究していますし、工場の機械からペット用品まで幅広い物を作っているようです。果てや医薬品まで開発まで。
いや、それなりの知識があるようでしたし、一人でカバーできる範囲じゃないですよこれ。
天才すぎません??
私の部屋にある50音ボードや快適な猫用ベッドを作ったのも彼だと聞きました。
猫用ベッドについては、私のお世話をしてくれるメイドの1人であるマリアンヌという女性がが、現在の生活環境に何かのストレスを感じているいるのではないか、と心配してくれていたようなのです。
マリアンヌは、エルヴィンの腕を見込んで相談したそうです。彼は博物学にも明るいそうで、動物の生態にも詳しく、過去に怪我をしたネズミ――わたげ君を治療したことすらあるとのこと。
そんな彼は私の様子を伝え聞き、ストレスなく快適に過ごせるように低い場所に設置できる猫用ベッドを開発したそうです。
これまで全然気づいていませんでしたが、夜会や式典の会場にエルヴィンさんもいたらしいのです。
メイドから話を聞いたエルヴィンさんは、私の仕草を注視していたらしく、私が高い所を怖がっているのを隠しているのではないか、と推察したと語りました。
あらら。態度に出さないように頑張りましたけど、バレていましたか。
というか、ドタバタしていてメイドさんから名前を聞いていませんでしたね。今度お礼を言っておかないと。
この猫用ベッドについては素材からこだわって作り、繊維製品の工場を運営している知人にその開発に関するデータをほぼ無償で渡したそうです。
繊維、織物、染料に関する最先端の知識ですよ?? 信じられます??
手触りが良く、紡績用の機械さえ開発すれば更に効率良く量産できるそうです。素材も高級なものではありませんし、他の製品にも転用てきれば繊維産業に革命が起こるでしょう。
国家から表彰されても良いほどです。
エルヴィンさんは私に「何か他に作って欲しいものはあるか?」と尋ねてきました。図々しいと思いつつも、気兼ねなく使い捨られる猫用の爪研ぎを作って欲しいとお願いしておきました。
ものづくりが好きな彼は、満面の笑顔で快諾してくれました。世界最高の爪研ぎを作ると意気込んでいて、使用後に忌憚なき意見が欲しいとお願いされたほどです。
猫用のペット用品絡みでキャットタワーの話をしたら、未知の新商品に目を輝かせ、メチャクチャ食いついてきました。爪研ぎといっしょに作ってくれるそうです。
仕事が早くて優秀な彼のことですから、きっと近日中に納品されことでしょう。
キャットタワーが届いたら、この体に慣れるために安全な高さから跳躍する練習をしようと思います。
†††
あの一件があった後、猫ベッドの件でお礼を言いたくて、メイドさんたちにお名前を尋ねました。
エリザベートとマリアンヌ。
年上なのはエリザベートさんで、落ち着いた雰囲気の大人な女性です。20代後半くらいかな。
年下のマリアンヌちゃんは二十歳くらいのフレッシュな新人です。こちらが高所恐怖症な私のために尽力してくれた方ですね。
マリアンヌはエリザベートさんと同じ学校を出たそうで、首席として卒業した優秀な先輩を尊敬し、心から慕っている様子が見て取れました。
2人は極めて良好な関係のようですが、私のお世話に関して、たまに無言の争いをしているのを見かけます。
猫好きが原因で不和が生まれては悲しいので、不公平にならないよう、だっことブラッシングは均等にお願いするよう気を付けています。
2人の名前を尋ねたついでに、まだ名乗っていなかった名前を教えると、2人は鼻息も荒く「アンナ様ですね!」と大騒ぎし、とても嬉しそうな顔で私の名前を復唱していました。
いや、私など様をつけるほどの者では……あ、やはり呼び捨てはダメなのですね。残念。
そんな感じでメイドさんと雑談をしつつ、マリアンヌの名前からエルヴィンさんのことを思い出しました。
雑談でお散歩で知り合ったかわいいネズミの話をし、エルヴィンについて尋ねてみると、2人は引きつった顔で目をそらしました。
「その……エルヴィン様は、宮廷ではとても微妙な立ち位置というか……」
と歯切れの悪い説明をしたのはマリアンヌです。
エリザベートさんは、困った顔でマリアンヌと私を見て、そして意を決したように口を開きました。
「わたくしもエリザベートめも、アンナ様直属のメイドです。私たちが1番に忠誠を尽くすのはアンナ様、ですよね、マリアンヌ」
エリザベートさんの真剣な顔を見て、マリアンヌは背筋をピンと伸ばしました。
「はい! もちろんです!」
「では、これから話す言葉はアンナ様に誓って他言しないように」
「はい! 分かりました!」
「アンナ様もマリアンヌも、この話は他言無用でお願いします。面倒ごとになりかねません。最悪、これを語った私が処刑されることがないのように、くれぐれもお願い致します」
そして、エリザベートさんは過去に自分が見てきたことを語り始めました。
「第1王子であるコンラート様がご生誕されたとき、私はメイドとしてこの城に勤めていました。18才の時の話です。ずいぶんと昔のことになりますね。その数年後に生まれたのが、第2王子のアルベール様と第3王子のエルヴィン様でした」
ん? ということは。
エリザベートさんってアラフォー??
お肌がめっちゃ綺麗だから、まだ20代だと思っていたんですが??
と、心の中で考えただけなのに、エリザベートさんの目がキラーンと不穏な光を帯びました。
女性に対して年齢の話をするのは失礼ですね。はい。
それよりも、エリザベートさんの話に集中集中っと。
不躾な思索をごまかすと、エリザベートさんは再び過去の話を始めます。それは、メイドの目線から見た王族の家族間の軋轢に関する話でした。
最初は驚いてこちらから色々と質問することもありましたが、そのヘビーな内容に、私とマリアンヌさんは次第に言葉を発しなくなりました。
エルヴィンさんのお母さん――現国王の側室の死因は原因不明ですが、状況から王妃の手の者による毒殺であるようです。
王妃は侍医を丸め込み、悪事の証拠を握りつぶしたようですが、その日、現場の周囲で仕事をしていたエリザベートさんは、王妃が嫉妬心から側室を殺害したと確信しているようです。
そして、そのような噂を口にした使用人、エルヴィンさんの後ろ楯となるはずの側室の父親――彼にとっては祖父に当たる人物――までもが次々と原因不明の死を迎えました。
殺害されたのは側室と言っても身分の高い貴婦人であり、当時はその方のお世話を担当していたエリザベートさん。
彼女は現王妃のことは心底軽蔑していると冷ややかに語りました。
特に、国の防衛を第一に考えず、辺境伯という非常に重要な役割を担っていた臣下を殺害した点を酷評していました。
嫉妬に狂った王妃は国王に対してもヒステリーを起こしがちであり、ことなかれ主義の国王はこの問題を放置しました。
実の父親から、何の庇護も受けられなかったエルヴィンさん。
彼は奇人変人のレッテルを張られ、王宮においてかなり冷遇されているようです。
私のことをこっそり相談する程度にはエルヴィンさんと交流のあるマリアンヌ。彼女は驚いたり、青くなったり、憤慨したりと、エリザベートさんの話に激しく心を動かされている様子でした。
そして、現在のような状況に陥れるべく、優秀なエルヴィンさんのネガキャンをしたのがあのムキムキ王子とイケメン王子だったそうです。
うん、やっぱあいつらクソだクソ!
私も同期に似たようなことをされて出世の道を潰されましたから!
絶対に見過ごせません!
すぐには改善できないはずですが、地道に活動をしていけば皆さんもエルヴィンさんの素晴らしさを認識してくれるはず!
この風評被害を何とかしなければ!
そう、今こそあの素晴らしい猫用ベッドと、爪研ぎの恩義を返すときです。
悪逆非道の王妃一派でも、さすがに天の御使いを毒殺する勇気はないでしょう。
密かに熱意を燃やしていると、女神様がとても心配そうな様子で釘を刺してきました。
『やる気をくじくようで申し訳ないですが、気を付けてくださいね。猫として命を落とすことがあれば、この世界であっても本当に死んでしまいますからね』
分かっています。目立たないようにジワジワと外堀を埋めていきますとも。
†††
次回予告(=゜ω゜=)
今日も今日とて、エルヴィンさんの株を上げるために水面下で動き回る私。
得意の建築分野について意見交換しつつ、少しずつ王宮の空気を変えていくことに成功してきました。
ん?
何だか最近、王妃様のご機嫌が悪くなってきたようですね。
~第6話 毒餌パニック