番外編1 銀髪の美少女
※第3話の別視点。ややシリアス。
王女イザベル。
女子であるため自身は王位継承権を持たない彼女だが、弱冠14歳にして隣国で顔が知れわたっている稀代の美少女である。
どことなく憂いを含んだ表情は、控えめで貞淑な美女になるに違いないと評され、幼少期から多くの縁談が舞い込んできた。
彼女としては、別に繊細な深窓の令嬢を気取っているわけではなく、物心付いた頃から家族関係で悩んでいたのだった。
彼女の悩みは兄達の仲が悪いことである。
堅牢無比のコンラート、華麗なるアルベール、そして奇人エルヴィン。王宮内での呼び名が彼らの扱いの差を如実に表していた。
イザベルは年が離れて産まれた末っ子なので、兄弟みんなに可愛がってもらっている。しかし、腹違いの兄で三男のエルヴィンの待遇を見ていると、心底不愉快な気持ちになるのだった。
まぁ、兄弟のうち彼だけが側室の子供であり、嫉妬深い母親の影響をもろに受けた上の二人がああなってしまったのは仕方のないことではあるけれども。
同じ男子だということで、母親の自分より若い側室に対する対抗心は兄たちに向けられた。
正直なところ、イザベルが知るかぎり、父の子のうち最も頭が良いのはエルヴィンだ。彼は幼少期から天才じみた知性を発揮していた。
そのため、実兄たちは常に弟と比べら、責められ続けてきた。
何でもいいのでエルヴィンより良い結果を出した兄弟が誉められる。劣る結果を出せば、母親の機嫌を損ねてしまう。そんな時の母は、徹底して子の存在を無視した。
かくして、結果のために手段を選ばない第1王位継承者と第2王位継承者が誕生したのである。
兄弟関係が完全に歪んでしまった。もはや是正するすべはないだろう。
一番年下のエルヴィンが変人扱いされて王宮内で爪弾きになっているこの環境は、実兄たちが長年の根回しで作り上げたものだ。
エルヴィンは良くも悪くも裏がないため、色々と工作しやすかったのだろう。
共通の敵、もしくはどんなに冷遇しても許される格下の存在がいることにより、互いにライバル心を燃やしている上の兄2人の間に一種の協定関係のようなものが生まれている。
そのため、仲が悪い上の2人の兄は、罵り合いつつも表面的には普通にふるまっているのだった。
しかし、この均衡はギリギリところで成り立っている。
正直、エルヴィンがいなければ、権力闘争の末兄弟のどちらかが暗殺されていてもおかしくなかったと思う。
妻のヒステリーを嫌って家族に関わろうとしない国王と、国政の安定よりも1人の男の歓心を得ようとする愚かな女が玉座にある。これが一番の問題だった。
そういった悩みが、彼女の顔に拭い去れない憂いの影を落としていた。
事実、王宮内では既に派閥ができあがっており、王位を巡っていつ諍いが起こっても不思議ではない。
唯一の救いは、エルヴィンが兄弟や宮廷の人間を歯牙にも掛けていない点か。おそらく彼は、気ままに研究できる今の環境を喜んでいるに違いない。
幼少期から才能に恵まれた彼は自分の世界を持っていて、基本的にマイペースな所があり、他人の評価や流言に左右されることはない。
そうでなければ、とっくに精神を病むか自殺していただろう。
イザベルとしては、いっそ隣国に嫁いだ方が楽だとは思う。
しかし、エルヴィンのあり方に憧れや尊敬の念を抱いている彼女の心は、家族の問題を捨ておいて自分だけ逃げることを受け入れがたく感じているのだった。
†††
あの日のこと、天の御使い様が現れた。
私たちバステシャン教徒にとって非常に神聖でめでたいニュースだというのに、兄たちはどちらが迎えに行くかで争っていた。
第1王子のコンラートは国境付近の防衛拠点を視察中だったので、競争に勝って先に現場にたどり着いたのは第2王子のアルベールだった。
彼は御使い様を王宮へ送り届けたあと、子供のように目を輝かせてそのことを母親に誇らしげな顔で報告していた。
これが婚約者とそろそろ結婚するかという年齢の立場がある人間――王族だと考えると、血の繋がった兄弟ながら恐怖を感じた。
狂っている。
王宮での歓迎セレモニー中も、兄たちはいつものごとく周囲に悟られない位置に立っているのをいいことに、口汚く罵り合っていた。
内心ため息をつきつつ、ぼんやりとホールを見渡していたイザベルは、末席の方の変な場所にエルヴィンの姿を見つけた。
公式の場に彼が姿を現すのは本当に珍しいことで、イザベルの目は丸くなった。よく見ると、エルヴィンは御使い様の様子を熱心に観察しているようだった。
そして、エルヴィンの視線を追ったイザベルは恐ろしいことに気づいたのである。
2人の王子の姿をじっと見つめる猫の耳が、彼らが汚い言葉を発するのに合わせて、ピクピクと動いている。
そのタイミングを見ると、明らかに隣の2人の罵詈雑言が聞き取れていることがわかった。
イザベルは顔から火が出るような気持ちだった。
神の遣いに、このような醜聞を聞き付けられるとは。猫の表情はよく分からなかったが、きっと軽蔑されてしまったに違いない。
そして、そんな二人を止められない自分の狡さもお見通しなのだろう。神からすれば自分もあの兄たちと同列に違いないと思った。
そんな時だった。
御使い様が、おもむろにイザベルの元へと近付いてきたのである。
愛らしい声でゴロニャンと鳴いたその猫は、イザベルの足にすり寄り、宝石のようにきれいな瞳キラキラと輝かせた。
じっとイザベルを見つめ、何かをおねだりするようなそぶりで小首をかしげている。
「ニャーン」
と、さらに愛らしい声が響く。
イザベルの足にヒシとしがみつく姿は、どこからどう見ても抱っこの要求だった。
「え? 私、ですか?」
その言葉に、猫は相づちを打つようなタイミングで鳴き声をあげる。
何かの間違いかと思ったが、何度も抱っこを求めるしぐさをする姿を見て、イザベルは涙を押さえ込むのに必死だった。
" 愚かな私を、赦してくださるのですね "
そっと抱き上げると、天の御使いはグルグルと満足そうに喉を鳴らしたのだった。
†††
『そういえば、歓迎パーティーのとき、迷うことなく王女を選んだのはなぜですか? 口喧嘩をしていた王子以外にも、王家の人間が多数集まっていましたよね?』
「それはその……彼女の身長がぶっちぎりで低かったからです。抱っこされた時の位置が一番低いかなー、と思って」
知らぬが仏とは、まさにこの事である。