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第4話 離れの住民たち

 王宮での生活にも慣れてきました。


 三食昼寝メイド付き、労働をしなくてもいいという最高の環境。こうなると、元の生活に戻れるか若干の不安を感じます。


 とはいえ、完全に何もしないで良い訳ではなく、宗教関係の式典や王宮でのイベントごとがあるたびに来賓みたいな感じで駆り出されるわけですけど。


 大粒の宝石やおリボンで飾り立てられ、たくさんの人の視線を浴びる。こういうの、未だに苦手です。


 しかも神様の遣いだからと、上座寄りに祭壇風のお立ち台が用意されているのがもう、ね……。


 いくら肉体が猫になったからって、高いところは怖いんですよ!


 皆さんは中の人の運動神経を過大評価しているのようですが、私、落ちても着地できませんからね!


『まぁ、神の遣いがたった1メートルちょっとの高さを怖がるとは思わないですよね、普通』


 というのは女神様の談。


 いや、そもそも私が普通の猫だったら、ドレスアップの時点でブチギレて暴れてますってば!


 ……と、思わず愚痴が漏れてしまいました。


 お散歩をしていると、歩きながら色々と考えてしまいますね。


 王族の皆様からは、予定がない時は王宮内を自由に散策していいと言われています。城内から出なければ、他人の個室以外はどこへ行っても基本的にOKだそうです。


 重要な部屋の入り口には兵士さんが立っていますので、ニャーンと鳴き、首をかしげてお伺いをたてると入っていい場所か教えてくれます。


 昔から建物の構造を覚えるのは得意なので、行ったことがある場所なら迷わずにすむのは良かったです。迷子になる心配がないのがわかったおかげで、メイドさんも私の自由にさせてくれていますから。


 というわけで、時折こうして庶民のオアシスになりそうなスポットを求め、ストレス発散がてら一人気ままに散歩させてもらっています。


 というか、さすが王宮。どこに行っても金ピカでゴージャスですね。建造物は白い大理石が基調になっていますが、天井には見事なフラスコ画が描かれ、至るところに黄金の装飾がほどこされています。


 探索の結果、使用人の部屋ですら地味ではないことを知り、絶望を覚えました。


 城内は壁が2重になっており、下働きの人たちがいるのはもう1つ外になりますが安全のためにそちらへ足を運ぶことは禁止されています。


 つまり、ここを出入りしているメイドやバトラーのような立場の人たちは、全員が良い家柄の方なのです。城内をくまなく探索しても、粗末な部屋などどこにもありません。


 庭園すらもザ・貴族、という感じで高級感あふれる観賞用植物が一分の隙もなく固められています。


 ああ、私のような根っからの庶民からすると、どこにいても場違い感があって落ち着きません。隅っことかでいいので、どこかに居心地の良い隠れ家的スポットはないものでしょうか。


 とか嘆きつつ足の向くまま適当に歩いていくと、王宮の外れの方にやって来ました。城壁との距離を詰めるにつれ、だんだんと人気がなくなってくるのを感じます。。


 こちら側はお城の窓からはあまりよく見えない角度なのですが、確か、このあたりには別棟とお庭のようなものがあったはず。


 むむっ、この先の庭はとても感じがいいですね。高級感バチバチの観賞用植物ではなく、素朴な感じのお花……と、これは雑草?


 いや、違いますね。良く見ると、種類ごとに丁寧に区画分けして植えてあるようですから。


 花がつかない葉ものがやたらと多いですね。緑は好きですが、観賞用の庭園というよりも家庭菜園に近いものを感じます。


 うーん、とはいえ食用野菜というよりも、ただの草っぽいような?


 最初は花壇を見たくて近寄ったのですが、建物に近づいてふと気がつきました。


 建築のセンスがいい!


 大理石より堅そうでシンプルな石材と暗い色味の木材を使ったしっかりとした建築構造の屋敷です。


 全体的な色調の調和が取れており、シックで落ち着いた感じの素敵なデザイン。豪華でも華美でもありません。


 何より、建築物全体の構造がパーフェクトに見えます。


 図面に起こし詳しく測量して計算しないと分かりませんが、緻密に設計されているように感じます。うちの国の建築基準と比べれば劣りますが、これまでに見たこの国のどの建築物より耐震性に優れているはずです。


 王宮や街で見かけたた一般家屋と建築方式に一線を画しているのが分かります。


 王宮も職人の経験の塊といった感じで丁寧に作られてはいますが、こちらの建物の方はより現代的で精緻な建築理論を感じるのです。


 使われている建材は全て天然由来に見え、最新の工業製品に勝てないとは思います。しかし、この国で最も安心安全な住み良いお家なのは間違いありません。


 実は私、2級建築士の資格を持っていまして。猫になる前は建築関係のお仕事をしていました。一般家屋のデザインが大好きなので、思わずソワソワしてしまいます。


 いいなぁ、この物件。安全性とデザイン性において文句なし、この国で住みたい物件ナンバーワン!


 ……いや、まだ本当にそうと決まったわけではありません。


 内装や柱、床下の基礎、屋根裏も覗いていないですから。外観だけで建物の評価をするのは早計というもの。


 見たところ、警備の兵隊はいないようです。ちょこっと覗いてみようかな?


 好奇心に駈られた私は、その屋敷に足を踏み入れたのでした。


 †††


 屋敷に足を踏み入れてすぐ、私は途方にくれました。


 衛兵か誰かに会えば、どのような建物か、本当に入っても大丈夫なか確認できるのですが。


 室内にマジで誰もいません。


 正面玄関から入ってすぐ、エントランス的な場所でニャーンと大声をあげましたが返答もなく。


 中途半端に開いた扉を見かけたので室内にスルリと入ってみると、本の山が棚から溢れて床に積み上がっていました。


 物書きをするための立派な机があり、設計図やら薬剤の製法やらが書かれた紙が散乱しているのが見えました。

 

 あ、ヤバイ、これ誰かの仕事部屋では?


 今更ながら勝手に入ってはいけない気がしてきました。その時。


 部屋の隅から、可愛らしい声が聞こえてきたのです。


『ワーイ、オレ、オ客サン、初メテ! 大ネズミサン、アソボアソボ!』


 聞こえた、といっても音声を聴覚で捕らえたわけではないようです。


 女神様と話す時と同じく、念話というかテレパシーというか、そんな感じの感覚です。


 恐る恐る声の聞こえた方向へ近寄ってみると、鉄製のケージの中に真っ白いフワフワのネズミがちょこんと収まっていました。


 見たことのない種類ですが、ラットとチンチラの中間くらいの大きさ。


 でかいな君。


 ケージを覗きこむと、フワフワなネズミは嬉しくてたまらないといった感じで「ピキ~ッ! キュルル~!」という鳴き声を上げました。


『出シテ、ダシテ』


 しきりにケージのドアをガジガジかじっていますね。昔うちで飼っていたハムスター、パールホワイトの雪見ちゃんと全く同じ行動です。


 あ、この子、男の子だ。


「ちょっと待ってください。名前が分からないままだと話しづらいので、まずは自己紹介をしましょう。私はアンナ。あなたの名前は?」


 ネズミ君はちょこんと首をかしげましたが、


『オレ、ワタゲ。オマエ、アンナ?』


「そうですそうです! 私のことはアンナと呼んでください!」


 あー、カワイイなぁ。名前はわたげ君だって。確かにめっちゃフワフワだもんね。


『外ニ出タイ。ココカラ出シテ』


 いや、そんなことをしたら君、脱走するでしょ。


『オレ、逃ゲル。エルヴィン、悲シム。ダカラ逃ゲナイ』


 私がわたげ君の脱走を心配しているのが分かったのか、飼い主に迷惑をかけたくないから逃げないと、つたない口調で熱心に説得されました。


 ここまで賢ければ大丈夫でしょう。可愛そうだから少し遊んであげますか。


 万一この子が逃げ出したとしても、猫の手足があれば傷つけずに押さえ込めますし、くわえてケージに戻すことも可能です。


 今やこの肉体にも慣れてきて、高所からの着々以外は問題ないし、牙や爪で傷つける心配はありません。えっへん。


「家の外は鳥が襲ってくるかも知れないので、遊んでいいのは室内だけですよ?」


『ウン、オレ、ココデ遊ブ』


 ケージから出したわたげ君が、トコトコと部屋の一角に向かいます。


 そこには、すごく立派な小動物用のアスレチックが用意されていました。


 プラスチックのような素材はこの国には存在しないようですが、それ以外の材料でうまいこと作ってあります。こちらの世界にも、ペットショップがあるのでしょうか?


 わたげ君は回し車をカラカラと回し、飽きてくると今度はスルスルとアスレチックを登って素早く動き回り始めました。


 そして「ピキピキ!」と機嫌の良さそうな声をあげ、勢い良くジャンプ。私の頭にピョーンと飛び乗りました。


 その時です。


「あー、良く寝た」


 目を擦りながら部屋の中に入ってきた寝癖だらけの男性が、私たちの姿を見て悲鳴をあげました。


「コラーッ! うちの子から離れろッ!」


 短く整えられた暗めの茶髪に、茶色の瞳。派手さはないけれど、全体的に整った端正な顔立ちのイケメンさんです。


 いや、相手はめっちゃ怒ってるので、観察するどころではないですが。


 あー、違うんです~!これは一緒に遊んでいるだけで……。


 って、ここでニャーニャー弁明しても、人間にとっては猫の鳴き声にしかならないんでした。


「その子に危害を加えてみろ、ただじゃおかないからな! 国を裏切ってでもお前に復讐するからな!」


 私の頭の上で、わたげ君が「ピクル~」と不思議そうな声をあげました。


 あ、毛繕いしてくれるんですね。これはどうも。狭いので、落ちないように気を付けてくださいね。


「なに? 猫の毛繕いをした? シロコビトチンチラネズミは、家族や仲間にしか毛繕いしない習性のはずなのだが……」


 何のことだか良くわかりませんが、とりあえず、相手の興奮がさめたようです。この隙に、どうにかして誤解を解かなくてはなりせん。


 焦った私は周囲を見渡しました。


 あ、何だか見覚えのある50音ボードがありますね。


 私の部屋にあるものと比べると字間がやや狭く、少し不便そうなデザインですが、使用には全く問題ありません。


 相手は無言でこちらの様子を注視しているので、刺激しないようにゆっくりとボードの前まで来ました。


 私の意図に気づいた男性は、ボードが見える場所まで近づいてきました。


“ 勝手に部屋に入ってすみません。素敵なお家だったので、中が見たくなりまして。玄関でお声かけしたのですが、誰も出てこなかったので、つい。お部屋を覗いたところ、わたげ君から、ケージから出して欲しいと熱心にお願いされまして。万が一外に出たら危険ですから、遊ぶところを見守っていました ”


 そういった内容の弁明をしましたが、きちんと伝わっているでしょうか?


 こういう時、使えるのが平仮名だけというのがもどかしいですね。


「まさか、ネズミと会話ができるわけが……。しかし、にわかには信じがたいが、教えてないはずの名前も知っているし。神の遣いとはそういうものなのか……。はっ! そうだ! 君にぜひお願いしたいことが!」


 うわ、すごい勢いですね。


「挨拶が遅れたが、私は第三王子のエルヴィン=オブ=バステシャンという。是非、わたげの口から直接このネズミ用アスレチックの感想を聞きたいと思っていた。通訳をお願いできるだろうか?」


 うーん。この人、王族との晩餐会にいませんでしたし、第三王子が居るとか初耳です。


 でも、嘘を言ってるようには見えませんね。


『エルヴィン、ウルサイ。ナニガアッタ?』


 あ、この人がわたげ君の言っていた飼い主のエルヴィンさんですか。しかたない、通訳してみしょう。


 でも、うまくできるでしょうか?


「私がわたげ君と会話ができると知って喜んでいるようです。このアスレチック……遊び場を使った感想を聞きたいそうです」


『カンソウ? ナニソレ?』


 う、一口に感想と言われても、ネズミの知能では何を求められているか理解できないかもしれませんね。


「わたげ君はここで遊んでいるとき、どういう気持ちになりますか?」


『タノシイ! オレ、ハシル、好キ!』


「なるほど。では、ここで遊ぶときに気にくわないことや、満足できないことはないですか?」


『オレ、マルミエ。モット隠レル所ガ欲シイ』


 これ以上複雑なことは聞き出せなさそうなので、とりあえず今の話を男性に伝えました。


「分かった! では、そのように改良してみよう」


 男性は私の存在を忘れたよう様子でいそいそと工具を取り出し、何やら作業を始めようとしていました。


 私はできるだけ大きな鳴き声を上げてわたげ君の飼い主であるエルヴィン氏の関心を引きました。そしてボードを指差します。


“ わたげ君に会いたいので、また来てもいいですか?”


 完成後のアスレチックの感想を通訳することを約束し、私はこの家を訪問する許しを得たのでした。


 次回遊びに来るときは、お家の設計について色々聞いてみたいものです。


 †††


 次回予告(=゜ω゜=)


 わたげ君とお友達になった私。


 飼い主のエルヴィン氏はれっきとした王族なのですが、王宮で姿を見かけることがあまりないようです。


 というか、奇人変人扱いでぶっちゃけ冷遇されていじゃないですか!


 素晴らしい発明家であり、優れた建築家でもある彼が??


 いったいこの国の人材への評価はどうなっているんでしょう!


~第5話 孤独な発明家



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[良い点] お友達ができました(=^・^=) いいですねぇ。ほっこりしました。 [気になる点] ワタゲの毛繕いは、お手てでしょうか? チンチラの毛繕いをイメージしました。 超カワイイ! [一言] エ…
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