第2話 パステル三毛は神の御使い?
こんにちは、霜月アンナです。
突然ですが、あなたは現人神のように人間に拝まれまくった経験はあるでしょうか?
職業=新興宗教の教祖とかなら別ですが、普通はないですよね?
私もそうでした。――そう、つい先程までは。
熱狂する群衆に囲まれ、感激のあまり涙すら浮かべてありがたやと拝み倒された私。未知の体験にどうしていいか分からず、思わず頭を抱えました。
しまった。もしかしてこうなると見越して止められたのでしょうか。
女神様の助言をちゃんと聞いておけばよかった、と今更ながら後悔。
『あーあ、だから言ったのに。存在がバレたら、もうどうしようもないですよ。まぁ、危害を加えたり貴方の機嫌を損ねることをする人間はいないと思いますけど』
とりあえず、身に危険はないようです。よかった。でも、こんなの居心地が悪すぎます。
「御使い様じゃ~! 天の御使い様が現れなすった~!」
またですよ、これ。天の御使いとか未知なるワードを口々に投げかれられますが、私には何のことやらさっぱりです。
しかも、よそから見物客が集まってきているのか、見物人もとい参拝客の数がどんどん増えてきています。
この宿場らしき場所の周辺は見渡す限り野原でしたし、周辺に町の影は見えなかったんですよね。
なのに、この短時間で身分に関係なくこれだけの群衆が移動してきているわけです。
大集合しすぎじゃないですかね?
乗り合い馬車か何か、公共交通機関が発達しているかしら?
明らかに施設のキャパシティーを越えた見物人が押し掛けてきており、周囲を囲む人垣がすごいことになっています。
ああ、どうしてそんなことに。
『ざっくり説明すると、パステルカラーの三毛猫は彼らが信仰している神様の遣いと信じられているからです。きっと保護のため、王宮へと送られますよ。きっと国賓級のもてなしと贅沢な暮らしが待っているでしょう。ちなみに逃げても無駄です。国をあげて捜索されますからね』
最悪です。
というか、女神様の声はみんなに聞こえないのでしょうか。
私よりそっちを崇拝すべきなのに。
『……いやー。だって、私の声はあなたにしか聞こえてないかですから』
ここはどこだとか、突っ込みどころや質問したいことは色々あるけれど。
口が利けないんですよね。だって猫ですし。
っていうか、なんでこの人たち日本語をしゃべってるんですかね?
女神様は日本人じゃなくても不思議パワーでどうにかできるとして、目の前の人間が全員日本語で会話しているのはおかしいじゃないですか。
明らかにここ、日本じゃないのに。
みんな白人系……ん、いや、そうでもないかも。
金髪の人が多いですし、肌の白くて彫りの深い人はそこはかとなく西洋風味な外見をしていますが。
西洋系の人よりも肌の色が濃い人もたくさんいます。
彫りの浅い人なんて、日本人に近い顔立ちをしてたりしますし。
金髪碧眼もいれば、褐色の肌に銀髪とか、青やピンクっぽい髪の人もいるし、アルビノのような赤目やオッドアイも少ないながら見かけます。全体的にめっちゃカラフル。
民衆の骨格や身長、身体的特徴に統一性がまるでないのです。
アメリカとか多国籍国家なら、色々な民族が集まっていますけどね。
ほら、普通もっとこう、遺伝形質の組み合わせで、ざっくりとカテゴリー分けできそうじゃないですか。西洋系とかアジア系とか、アフリカ系とか。
そういう特徴の共通項がまったく感じられないのです。
色も容姿も千差万別。
最初はアニメか何かのコスプレかとも思いましたが、マジマジと確認してもカラコンやウイッグではなくて。明らかに本物なんですよ。
そこまで思いを巡らせていた時点で、この場所を見て何となく感じていた違和感に気づきました。
あの。西洋風の町なのに、看板も道標も普通に日本語で書いてあるんですけど?
マジでここはどこなんでしょう?
実は日本にある映画の撮影村とか。
『んなわけあるか! というか、これが現実だったら貴方が猫になってるわけありませんよね! 信じがたいかも知れませんが、端的に言うとここは地球ですらない異世界です!』
ですよねー。
どっからどう見ても、ここ、異世界ファンタジーの世界ですもん。
どうしたものかと途方にくれていると――憲兵か警備兵かなにかなのでしょう――制服に鎧を着用したおじさんが進み出てきて、緊張した様子で最敬礼してきました。
とりあえず、招き猫のポーズでも返しておきましょうか。
「よ、ようこそ御使い様。伝承によると、御使い様は普通の猫とは違い、我々の言葉を介するとのことですので状況をご説明します。あと半刻と待たず、王家の遣いが参ります。このような田舎の宿場に留めおいてしまい申し訳ございませんが、警護の者とお輿を用意いたしますので、もうしばらくお待ちを」
額の汗を拭きながら、おじさんは緊張した様子で言葉を続けました。
「ここに集まった者達ですが、あなた様の尊きお姿を一目見たいと思っているだけですのでどうかお許しください。室内にご案内しますと、安普請ですので床が抜けてしまいます」
確かにそうでしょうね。
ここは街道沿いの小さな宿場のようです。建物はどれもこじんまりとしており、とてもこんな大勢の人を収容できません。
現代国家では珍しい、石で舗装された貧弱な道路に視界一帯に広がる緑の地平線。
すごく遠くに、城壁のようなものが見える気がしますがきっと気のせいでしょう。
周囲には、アスファルトのアの字もありませんでした。
石造りの明らかに現代建築ではない家々。
そのわりに、街灯や水道はきっちり整備されているようだし。現代人でもそこそこ暮らしやすそうな環境です。
物流も発達しているのか、やたらと馬車のようなものが行き交い、宿場の食材とおぼしき生鮮食品や雑貨を運び込む人足もいます。
私の周囲でちゃっかり飲食物を売り始めた商人が今したが、見たこともない硬貨をやり取りしていましたよ。
そして極めつけは、どこの国のものかよく分からない、いかにもザ・ファンタジーといったデザインの服装。
身なりの格差から身分制なり貴族階級なりがありそうなのに、庶民と思われる人々に疲弊したり痩せ細っている様子は全くありません。
お年寄りの姿もかなり多いです。
これが中世だったら、こんなにお年寄りがいるわけないです。平均寿命が短いし。
じゃあ近世か、というと、遥か昔に習った世界史のにわか知識でも違和感を覚えます。
まるで、史実に基づかない漠然としたイメージの西洋異世界ファンタジーRPGを具現化したような。
試しに鼻先を爪でつつくとチクリとしました。やはりこれは夢ではなさそうです。
フカフカの絨毯と天幕のような日除けを用意され、目の前に水と猫用のごはんが用意されています。
ぶっちゃけ腹ペコだったので助かりました。
生のネズミや鶏はご遠慮しておいて、焼いたお魚とミルクとお水をもらいました。
その上、ブラッシングと昼寝付きなんて。
まさに至れり尽くせりですね。
私の周囲には、人混みを整理したり警護をしてくれる兵士と、ヒラヒラとした不思議な制服を着た女の人、彼女たちの上司らしき僧侶か神官みたいな服装の人もいます。
「何かお入りようでしたら、何なりとお声かけください」
みんなが不安そうな顔でこちらを見ています。
田舎だと言っていましたし、国賓のもてなしに粗相があってはいけないと気を遣っているのでしょう。
私は絨毯を降りて、舗装されていない地面を爪でカリカリしました。
うぅ、人間の手と違って字が書きにくい。
画数の多い漢字を書くのが難しく、カタカナにすることにしました。手がプルプルするので、文面はできるだけ簡潔に。
“ アリガトウ、トテモマンゾク ”
ああ、そんなに泣いて大感激しなくても。
……暇ですね。
あー、あくびが出ちゃう。
ポカポカいい天気で、めっちゃ眠いなぁ。ニャムニャム……。
†††
かなり遠くの方から、言い争うような声が微かに聞こえてきました。耳がピクピクして目が覚めました。
「おい、あの獣はいつまで寝こけているのだ! 王族をこんなに待たせるとはけしからん!」
聞いたことのない男の声。かなり不機嫌そうです。
おそらく「あの獣」というのは私のことでしょう。居眠りをしたのは悪いと思いますが、猫だから眠くなるのは仕方ないじゃないですか!
「殿下、そんなことを言ってはバチが当たりますぞ」
あ、またあくびが出ちゃった。
我ながらめっちゃ口が開きますね。
お……おおっ!? さすが猫、体を伸ばしたらめっちゃニョイーンってなりました!
動きがどこなく人間臭いのはご愛敬です。
「おお、御使い様がお目覚めです。ささ、殿下に報告を」
殿下?
ああ、さっき怒っていた人のことかな?
周囲の動きが慌ただしくなり、ファンファーレのようなラッパの音がしたかと思うと、大仰な大行列が現れました。
豪華な制服を着た軍団は、何かの紋章のような旗を掲げ、派手な装飾の着いた馬車が何台か、そして先頭には小振りなお神輿のようなものが並んでいました。
伝令だか何だか、特に派手な服装の兵士が声をあげます。
「バステシャン王国、第2王子アルベール殿下のおなり~」
あ、これはどうも。ご親切に説明を下さいまして。
肩書きからかなり重要そうな人物ですけど、横文字の名前は覚えるの苦手なんですよね。
あ、多分これがさっきの殿下さんだ。
ふむふむ、日本なら芸能人になれそう。かなりのイケメンさんですねぇ。金髪碧眼で、衣装からしてもザ王子って感じ。
光り輝くような長髪は緩やかなウェーブを描き、上から下までおしゃれな服装で固めています。スタイルもいいし、この人、相当モテるんだろうなぁ。
「お初にお目にかかります。御使い殿、私はこの国の王族です。アルベール・オブ・バステシャンと申します。国賓としてお迎えに上がりました」
と、さっきの悪態が嘘のようなキラキラな王子様スマイルです。
でも、こういう裏表がある人間、嫌いなんですよねぇ……。
動物に優しくないのも減点対象です。猫を獣呼ばわりするなんて、猫好きとして反感を覚えました。
ちなみに、女神様に質問なんですが、この国で接待を受けたら見返りや対価を求められるんですかね?
『神の遣いに金銭を要求するとか、何それウケる~www ……こほん。縁起ものですよ、縁起物。特に何もしなくても、大事にお世話されるでしょう』
ふむ、この人物は個人的にあまり好ましくありませんが、恩人の一族と思えば無下にはできません。
タダ飯を貰う立場としては、それなりに円満な関係性を築くべきでしょう。
ニャーンと笑顔(?)で可愛らしいお返事をして、素直に移送されるべく前に進み出ます。
どうしたらいいのかなと考え込んでいると、神官さんがだっこしてくれました。大人しくお輿まで運んでもらいます。
わー、こんな高級そうな布とか装飾とか使って、猫に小判じゃないですか!
まあ、汚したり引っ掻いたりはしませんけど。
爪研ぎをしたい欲求で指先がムズムズしますが、目的地に着くまで我慢です。ああ、王宮に壊して良い物が1つもなかったらどうしよう。
そんな心配をしていると、やがて行列はゆるゆると動き出しました。
護衛の兵隊が隊列を組み、車両も動き始めます。
この宿場町から王宮へと続く、アホみたいに壮大な行列です。
今はお昼過ぎですが、事前に聞いた説明によると、夕方までには目的地に着くそうです。所要時間は4時間くらいですかね。
街道を移動するようですが、地図がないので距離感がさっぱりです。
『この宿場町は首都からそう遠くないです。徒歩で移動する者がいるので遅いだけで、距離としては10kmそこらでしょうか。馬を飛ばせばたぶん1時間以内で着くかと』
お、女神様はこの世界の地理に詳しいようですね。地名を聞きまくっても忘れてしまうので、いつか地図を見る機会があれば色々教えて貰うことにします。
とりあえず、ザックリとどんな世界か把握しておきたいので、流れていく風景を眺めてみることにします。
道沿いの道標や看板は、全て日本語で書かれています。
沿道には私の姿を一目見ようという群衆が押し寄せ、何だかすごい人垣ができています。さっきの町で見かけた人々と代わりありませんが、やはり全員が日本語をしゃべっているんですよね。
それでも、目的地が近づく頃にはやはりここが日本ではないことを確信していました。
バカでかい城壁が広がっています。
円形に高くそびえる城壁を取り囲む堀まであります。これ、王宮のある首都を防備してるんですよね。
千葉県の某テーマパークのお城どころではない規模です。
こんなクオリティーの高いランドが日本にあったなら、存在を知らないなんてあり得ないでしょう。
ああ、本当に異世界に来てしまったんだなぁ。
改めて頭痛を覚えましたが、元の世界へ帰るまでは出社しなくて済むと考えると、むしろハッピーかも(=^ェ^=)
†††
次回予告
高級な猫サイズのソファーで恐縮する私。
ロイヤルな雰囲気にビビリながら、王家の皆様と対面を果たしました。
ええっと、メイド部屋の隅や屋根裏にいい部屋はありせんかね?
やはり国賓級の接待は、根っからの庶民にとってストレスでしかなかった。
帰りたい! 私おうちに帰りたい!
第3話 王宮にて