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八島に捧ぐ鎮魂歌  作者: 倍金満
第一章 覚醒・始動編
4/6

第三話 宿命の遭逢

 九月五日 午前十時 

 別寧官立病院 とある病室


 

 この病院に入院してから、もう1週間も経つ。

このところすることが無くて暇だ。

 病室の中ではラジオを聴くのは禁止なので本や新聞を読むことしかできない。


 今日の朝もいつものように新聞を読んでいると。


 「コン、コン」

とドアをノックする音が室内に響いた。 


 すると二人組の軍服を着た男が二人、入ってきた。そのうちの一人がこっちを見て言う。


 「戸城伍長、どうだね容態は?」

 

 この人は俺の上官であり、同じ税関で働いている川部軍曹。


 小柄で、少し腹が出ていて顔は丸いので部下からは「ダルマ」と陰で呼ばれているが、面倒見がよく、本当に憲兵なのかと疑ってしまう程の人気のあるよき上官である。

 


 俺はベッドの上ではあるが、敬礼をして答える。 


「はい。なんとか松葉杖なしで歩けるようになるまで回復しました。」


 すると軍曹はニコッと笑って言った。


「そうか、なら良かった良かった。

にしても、一週間で松葉杖を卒業だなんてお前の回復力はすごいなぁ。」


 「ありがとうございます。……で、軍曹。そちらの方はどなた

 ですか?」


 俺は軍曹の後ろに立っているもう一人の男について聞いた。大柄な男で白髪混じりの頭をしているが顔の印象は四十代くらいと比較的、若そうである。その男がジッと観察するように俺を見ているのである。


 すると軍曹は気づいたようにその男の方を向いて一礼をした。


「これはすみません。大佐。紹介もせずに勝手に話をしてし

まい……。」


するとその大佐と呼ばれる男は気にしてない素振りで口を開いた。


「いや、大丈夫だよ軍曹。私もそういうところがあるからね。気持ちはわかるよ。」


「ありがとうございます。それでは私はこれで……。じゃあな、戸城。早く退院しろよ。」


 最後にこっちを向いて軍曹はこの部屋を出ていった。



 

 ……すると男の表情が変わった。


「貴様、戸城伍長だったな。貴様の所属は皇國陸軍ミョンレン憲兵隊の国境税関出会っているか?」

 

 俺は、大佐の態度と表情が豹変し、声も先程までの優しそうな声からドスの効いたものに変わるのに驚きつつも返答する。 


「は、はい、そのとおりであります。」

 

 大佐は一歩ずつ、ドアから俺のいるベッドの方へと近づく。


「おかしいとは思わないか?一週間前に銃撃をされ、ここまで回復するなんていささか異常ではないかね。」


 その通りである。自分でもおかしいことくらい分かっている。でも説明がつかない、異常だと言われても「はい、そうですか。」で終わりではないか。


 大佐は構わず、俺のベッドの側へ来て言った。



 「戸城伍長!」


 大佐が急に直立不動になって言った。


 続けてつい、俺も背筋がピンとなる。


「はい、何でしょう!」 


 すると大佐は一枚の名刺を胸ポケットから取り出し、俺に渡して言った。


「この名刺に書かれている場所に指定された日時ちょうどに来い。貴様の退院後、最初の任務だ。」 


俺は腕を約四十五度曲げて敬礼をした。


「了解!!!」


 一瞬、満足したような表情を見せ、クルリと方向を変えて大佐が部屋から出ていく。


 

 大佐が出ていった後で、名刺を見て目を剥いた。てっきり喫茶店かどこかで待ち合わせかと思っていたが違う、憲兵事務所でもない。


 

 

 名刺にはこう書いてあった。


 『九月十二日 午後一時

  塞城府 塞城市 銀町一丁目一番地 

  

  ミョンレン総督府 一階 中央階段前』


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 九月五日 午前二時十五分

 別寧市 中央通り


 戸城が大佐達と出会う約12時間前、深夜の中央通りを一人の若い女性が長い黒髪を揺らしながら走っていた……いや、何かから()()()()()という方が正確だろう。


 時々、後ろを振り返りながら追っ手との距離を確認するが次第に距離は詰められる。


 


 そもそも女はこの土地の人間ではない。本土から別寧官立病院に入院している親戚の見舞いに来ただけだった。


 親戚とは近況や世間話でつい予定していた滞在時間が長くなり、見舞いが終わる頃にはとっくに午後九時は過ぎていていた。

病院へは一人で徒歩で来たので、帰りも宿まで徒歩で帰ることにした。もちろん、女ひとりで夜道を歩くのを親戚は心配したが子供扱いしないでほしいと言って半ば強引に帰ったのだった。


 病院から宿までのちょうど中間地点である別寧駅を通り過ぎて中央通りへ差し掛かったときだった。 


 カツ、カツ、カツ。


 背後から足音がする。

 

 最初こそ女性は都会なのだから夜遅くでも通行人がいるのは当然と思っていた。


 だが、その足音も十分、二十分と続けば恐ろしく感じる。 

 

 ついてきている! 


 相手の目的はわからないが、追いつかれるとろくな事にならないだろう。ひょっとすると捕まって殺されるかも……。


 女性は恐怖のあまり、走り出した。幸い今日は着物ではなく洋服を着ているのでいくらか、走りやすい。

 

 だが、相手の方もこちらに続くように走り出した。 


 カッカッカッカッカッカッカッ――。


 そして現在に至る。



 「ハァ、ハァ。」

 

 女性の息は次第に荒くなり、走るスピードも遅くなる。だが追っ手は無慈悲にもスピードを緩めない。


 カッカッカッカッカッカッ――。


 すると不幸にも女性は通りの側の段差につまづいてバランスを崩してしまい、前向きに倒れる。


 追っ手はそれを嘲笑うかのようにパタッと走って追うのをやめた。しかし、追うのをやめたわけではない……………ちょっとずつ歩いて追いかけているのだ。


 女性は通りの舗装された黒い道路を這いつくばるようにして進んでいる。怖くて後ろを振り向けない。追っ手の顔を見るのが怖くてたまらない。 

 しかし身体が震えてなかなか前へ進まない。

 

 そのうち脚が恐怖のあまり棒のようになり、更に進みにくくなってしまった。


  

「いいですねぇ、その姿ぁ。興奮物ですよぉ。」

 

 女性が逃げようとしている方角から見て反対方向から声がする。追っ手だ!


 声からして男性だと分かった。優しく響き渡るような声をしているがこの状況では、逆効果である。


「いや、来ないで。」 


 手を伸ばし、腹ばいに芋虫のように進む。いくら追っ手も徒歩とはいえ距離がドンドン詰められる。


 カツ、カツ、カツ――。


 革靴の音が響き渡り、追っ手の男性が口を開く。


 「さぁ、そろそろ鬼ごっこも終わりにしようか。」


 男性は立ち止まり、腹ばいの女性に向けて右手の人差し指を指す。


 女性はなおも逃げようとする。


 「助けて、助けて、助けて。」

誰にも聞こえないような弱々しい声で言う。


「大丈夫ですよ。貴方は死ぬわけではありません。私の収集物(コレクション)としてずーっと生き続けるのです。」


 

 その場に女性はもう既に消えていた。代わりに万年筆がそこに置かれていた。


 男性はそれをヒョイと拾いあげると愛おしそうに頬ずりをした。


 「あぁ、またやっちゃった。でもやめられないよね。楽しいしいんだし。

 怖がらせれば怖がらせるほどきれいに仕上がるんだもん。

 あの御方に怒られるわけじゃないし続けてもいいね 。」

  

 もっともノルマ(売り上げ)はちゃんと果たしているからもんだいないが……


 

 男性はその万年筆を頬ずりをしたり、手触りを楽しんだりしたがしばらくすると自身のズボンのポケットに入れて鼻歌を歌いながら、深夜の街の闇に消えていった。 

 

読んで下さり、ありがとうございます。

誤字脱字があればお知らせください。


そろそろ前書き的な話は終わりになります。


乞うご期待!

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