第二話 目覚め
八月二九日 午前九時二三分
「ッッ……!!ハァハァハァ。」
俺はベッドから飛び起きた。どうやらさっきまでの体験は夢だったらしい。額は汗にまみれ、目は寝起きにも関わらずギラギラと冴えているし、息も荒い。
途中、何が起こったのかは全く覚えていないが「アイツ」から未だ感じたことのないくらいの「恐怖」を与えられたのだけは鮮明に覚えてる。
今、「アイツ」のことを考えるだけで――――――――――――――――。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
――スゥッと息を吸い、呼吸を整える。
「落ち着け、落ち着くんだ。さっきまでのは夢。夢なんだ、だからアイツは実際にはいない。いいな?」
米久は自分に言い聞かせる。
少し、落ち着いてきたからなのか呼吸が整った。
さて、今の状況を整理しよう。今、自分はベッドにいる。更には、さっきの夢と全く同じ病室にいる。窓の位置からベッドの配置まで同じなのだ。
しかし、夢と違うのは異質な「静けさ」はもうないということだ。あれがなかったから自分がいるのが現実なのだと理解することができた。
現実にいることが分かると、自分がいるのはどこの病院なのか気になった。――すると。
コンコン。
病室のドアを叩く音がする。
ドアが開き、メガネをかけた若い白衣の男が一人、入ってくる。恐らく医者だろう。
「はじめまして、戸城さん。私は貴方の主治医を務めさせていただきます。別寧官立病院外科医の小泉 心人 と申します。」
その男は自己紹介を終え、こちらに一礼をする。
「心人先生ですね。一つお伺いしたいのですが、なぜ私は官立病院にいるのでしょう。」
普通、軍人が負傷した場合はその場ですぐに軍医を呼ぶものである。そして軍事施設内もしくは野営テントで手術を行うは難しので、官立病院に自分がいるのは異常である。
先生は、笑顔でこう言った。
「私も詳しくは知らないのですが、どうやら軍医が不在だったらしく、近くの病院であるここに運ばれてきたんですよ。」
なるほど、そういうことか。俺納得したような表情をする。
「それに、ここは国境地帯から近い別寧市にある病院ですので貴方のお仲間さん達がリアカーでここまで運んできたというわけです。」
そうか……。仲間達には悪いことしたな…。退院したら何かせねばな……。
「それに弾丸は奇跡的に心臓の手前で止まっていたらしく、摘出は容易でしたよ。胸を撃たれたのにこんなことって珍しいことですよ!」
先生は興奮気味にベッドにいる私に、顔を近づけ人差し指を上に向けて話す。この人、好きなことになると周りが見えない人だな……。
「そうなんですね。それは良かったです。――ところで私はいつ頃に退院できそうですか?」
俺は正直、撃たれたことはあまり気にしていない。こういう仕事をしている以上、他人から撃たれることもあるだろうし、憲兵という役職なので一般兵からも疎まれることだってある。
それ故にいつ今回のようなことがあるか分からない。
ただ、今回の銃撃で後遺症がないかが心配だった。だからこの質問をしたのだ。
すると先生は握り拳を作り、自身の胸の前まで持ってくると自信げに
「二週間ほどで退院できそうですよ。それに一週間後くらいには外出もできるようになると思います。」
それは良かった。一安心し、ほっと胸を撫で下ろす。
「先生はお若いですね。その年で主治医とは優秀なのですね。」
すると先生は照れたのか、頭をかきながら言った。
「恐縮です。私はあなたの手術をしただけですよ。大したことはしてません。」
「そうでしたか。救ってくださりありがとうございました。」
俺はそう言って、ベッドの上からではあるが……頭を下げた。
先生は急に慌てて
「頭を上げてください。当然のことをしたまでです。」
そう言って更に、頭を下げた。
――すると。
ッポトッ。
白衣の胸ポケットから何か細く長いものが落ちる。ペンのようだった。
先生はそれを見るなり、すぐ、二、三秒いないに片付けた。
その時の先生の焦ったような表情をするがその後、何事もなかったかの様にソレを拾う。
「すみません。私、小さな失敗が多いものですから。
あっ、でも手術は失敗しませんよ。」
先生はニコッと笑い、ペンを拾う。
「それでは、失礼します。」
先生が部屋から出ていき、残されたのは自分だけになった。
「さて、これからどうしたものか……。」
この時、米久は知る由もない。すぐ身近に恐ろしいことが行われていることに……。
―――八島皇國 帝都
皇國本土の東部にある極東最大の都市であり人口も國内最多で皇國経済の中心地でもある帝都。しかし、かつては武家政権である幕府の将軍のお膝元で都は皇帝のおられる皇國西部の都市、山京府にあった。
しかし、開国以来、幕府は急速に衰え、皇帝の復権派との内戦に破れ、都は現在の「帝都」に遷都した。
今の季節は秋ということもあり、人々は冷たい秋風が吹いているが道行く人の活気は失われてはいない。それどころかむしろますます活発に堂々と自信に満ちた顔をして通りを歩いている。 平和そのものである。
一方、打って変わって静かで重苦しい雰囲気を醸し出している所があった。
帝都の中心部にある宮城から西に少し離れた場所にある陸軍参謀本部の一室では三人の男達が会議をしていた。
通常なら定例会議として参謀総長等の幹部が集まり、軍の武器弾薬の備蓄や兵士の編成等の他愛もない話で済むのだが、今回は違っていた。
出席者の中で一番の年長者である元帥、朝口邦人は会議用テーブルに突っ伏すような形で頭を抱え会議の議題である先の「半島の税関職員銃撃事件」についての報告書を見ていた。
「元帥閣下、はっきり言って失態です。この事件をどう処理いたしましょう。」
背広姿の男が落ち着いた物腰で言う。この三人の中でただ一人、背広を着ているのですごく目立っている。男は軍人というわけではない。公にされず、陸軍内でも知る者の少ない情報部の幹部である。
元帥は報告書をテーブルの上に置き、自身の黒い顎髭をいじりながら少しの間考え、思い口を開く。
「そうだな、國民にいらぬ心配をかけさせては悪い。報道規制すべきだな……頼めるか?佐藤?」
「はい、お任せを。すぐに取り掛かります。」
佐藤と呼ばれた男は立ち上がり、元帥に向かって礼をした後、部屋を退室した。
元帥はハァ、とため息をつき、部屋にいるもう一人の男に向かって言った。
「さて、大佐。この銃撃された税関職員……憲兵だったな?」
大佐は座ったまま鞄から事件資料を取り出し、確認する。
「はい、元帥閣下。その通りです。名前は戸城米久。年齢は…」
「それはいい、私が聞きたいのはこの男が開花させた可能性はあるのかという話だ。」
「その可能性は極めて高いと思われます。病院側からの報告によると異常なまでの回復力を持っているそうです。医師はろっ骨で銃弾が止まったからと診ているようですが、一度胸に撃たれた銃弾が奇跡的に心臓に当たらなかったなんてまずありえません。」
大佐は立ち上がって腕を後ろに組み、力説する。
元帥は目を閉じて眉間にシワを寄せ腕を組み、更に考えにふける。
「分かった。戸城米久が開花させたとなれば事態は急を要する。それに例の計画に組み込めるかもしれないしな。大佐、直接行ってきてくれ。」
バッ! 大佐が敬礼する。
「了解!すぐに出ます。」
そう言って大佐は荷物をまとめて室内から出ていった。
部屋にただ一人、残された元帥は席を立ち、窓際に向かう。そして一枚の資料をどこからともなく出して、眺める。
その資料には半島全体で不穏な動きがあることが書かれており、その中には戸城がいる別寧市で行方不明者が増加していることも書かれていた。
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