ドキッ! 運命の女神は突然に!
いっけなーい遅刻遅刻! 今通学路を猛ダッシュしてる俺は鼓草 京、今日が入学式のいたって普通の高校一年生!
強いて普通じゃないところを挙げるとすれば人よりちょっとストレスに強いってことかな!
「──とか現実逃避してる場合じゃねえまじで遅刻する!」
違うんです、違うんだ。俺は悪くない、今日に限って切れてる目覚まし時計の電池が悪いんだ。
そう、俺は今遅刻するかしないかの瀬戸際にいるのだ。これで食パンでも咥えてたら曲がり角で謎の転校生とごっつんこ、そこから愛の物語が発生するところだが食べながら走るという時間すら惜しいため咥えてない。
「よっし! あの道さえ越えればギリギリ間に合うはず……!」
あまり学校までの時間は分からないが人間死ぬ気でやれば何でもできる、何より遅刻なんてしたらあいつのことだから『ちょっと京最近たるんでない? 大丈夫? 結婚する?』とか言うに決まってるから実質命の危険と同等である。
「おおおおおお!!」
ああ、今なら何でもできそうだ。羽が生えてるみたいに体が軽い。もう何も怖く──。
その瞬間、俺の体は吹き飛ばされる。ちらっと見えた景色はトラックがこちらに向かって猛スピードで突っ込んできているものだった。
「……って言うのが君が死んだ時の前後の映像だけど納得したかい?」
「……はい」
「よろしい、これで理解しなかったら死んだ時の痛みを君の体に叩きつけるところだった」
恐ろしいことをさらっと呟きながら目の前の少女はテレビの電源を落とす。ちなみにこのテレビ浮いてるけどそんなことはどうでもいい。
俺──鼓草 京は死んだ。いや、たしかに命の危機とは言ったけどあれはあくまで比喩表現であって本当に死ぬとは思わないだろ普通。
そして、気づいたら浮いてるテレビと目の前にいる金髪の中学生ぐらいの少女以外は真っ白な空間で君は死んだよとか言われたので難癖付けていたら今の映像を見せられた、脳内で考えたことも垂れ流しにされてて少し恥ずかしかったが大体の状況は理解できた。できたけど……。
「……こんなことだったら遅刻していくんだった……」
「しかし君も災難だったねえ、君がもしパンを咥えていたらぶつかっていたのはトラックじゃなくて美少女だったのに」
「え?」
俺が一人頭を抱えて後悔していると目の前の少女がおかしなことを言い出した。
「食パンは古来より恋愛アップのアイテムなんだぜ?」
「そんな話一回も聞いたことないんだけど……」
「おいおいマジかよ少年。今時のナウでヤングでイケイケな若者の間で猛流行りしてるって言うのに」
「いつの時代の人間だよお前」
「私は人間ではないよ、私は恋愛の女神イベリス。君にちょっとした提案をしにきたのさ」
「……提案?」
「そう、提案さ。君、生き返りたくないかい?」
「……それはあれか? 所謂異世界転生ってやつか?」
よくよく考えればトラックに轢かれ、神様に生き返りの提案をされるとかかなりラノベの主人公っぽいのでは?
まあ何で恋愛の女神なのかは知らんが多分神様の世界でも人員とかが足りていないのだろう、神様なのに可哀そうに……。
「何か哀れみの視線を感じるけど……まあいいか、異世界転生ではないよ、私が頼みたいことは、異世界転生はもう定員足りてるし」
「異世界転生って定員あったのか……」
「当たり前でしょ……そもそも私ら神って基本的に人を間違って殺したぐらいじゃ別に何とも思わないしねー、ただ『あーミスっちゃった』ぐらいの感覚よ。それにその世界の魔王とか倒したきゃ現地の人に適当に神託あげて能力与えた方が手っ取り早いし」
「すげえ合理的だなおい……」
まあ言われてみればそりゃそうか、そんなホイホイ違う世界の人とか送ってたら面倒臭そうだし。
「まあ何事にも例外ってものは存在するけどね」
「例外?」
「神の娯楽で異世界に送られる人もいてねー。能力与えて違う世界に放り込んだらどうなるかって。まあその子素の力が凄かったのか本当にその世界の魔王倒しちゃったけどね」
「へー、すごい人もいるもんだな。今はどうしてるんだ?」
魔王を倒したってことは勇者扱いだろうし、結構贅沢な暮らししてそうだよなー。嫉妬云々抜きにしても異世界でどう暮らしてるのかってのは聞いて見たいものがある──
「ああ、魔王倒した後共通の敵いなくなったからって早速周辺諸国で戦争起こしまくって陰謀と裏切り渦巻く戦国時代に突入しちゃってねー、耐え切れないって先日時空魔法使ってこっちの世界戻ってきた」
「とことん夢がねえな異世界!」
こっちの世界が夢見すぎっていうのもあるだろうけどもうちょっとその勇者の人に優しくしてあげて!
「とまあこんな事情で異世界転生は今需要がなくてねー。まあどうしてもっていうなら無理やり今話した世界にねじ込むけど」
「遠慮しておきます」
「賢明な判断だね」
「誰がそんな地獄みたいな世界に行きたがるんだよ……でも、異世界転生とかそういう類じゃないとしたら、一体提案って何なんだ?」
「ま、別に大したことないよ。これからいうこともただの私の娯楽として君に頑張ってもらうための条件だし」
「嫌な言い方するなおい……」
「事実だしね、それで、提案なんだけどさ。君が死んだという事実をなかったことにして、特別に生き返らせてあげよう。ただし、条件が一つある」
「あまりにもバイオレンスなやつだったら俺は絶対にやらないからな……」
「まさか、私は恋愛の女神だぜ? もちろん条件も愛が溢れるような条件さ」
「……何だよ、その条件って」
古今東西神が出す試練っていうのは理不尽なものばかりだし、頭が緩そうな顔してるがどんなものを出してくるかと思うと少し怖いな……。
「条件とは──恋をすることだ!」
「……は?」
「おっと、勿論恋をすると言っても一時的なものではダメだ。いや刹那的なワンナイトラブもいいとは思うけど、お互いに愛し合い、一生を誓い過ごしていく、そんな相手を探さなければならぬ!」
前言撤回、やっぱりこいつ頭ゆるゆるだわ。
「あ、ちなみに期限は卒業までで、それまでに作れなかったら死ぬから」
「対価厳しくない!?」
「当たり前でしょ。人を一人生き返らせるのに1000ラブパワーぐらいないとダメなんだから。ちゃんとあなたで回収しないといくら娯楽と言っても赤字よ赤字」
「ラブパワーって何だよ……」
「気にしない気にしない。で、どうする、やる? やらない?」
「……まあ、やるけど」
いくらふざけたルールだからって、せっかく生き返るチャンスがあるんだったらやらない手はない。まあ、頑張れば一人ぐらいがそういい人も見つかるだろ。
「おっけー、じゃあ契約成立ってことで、ちょっと腕出して?」
「こうか?」
「そうそう、じゃあちょっと痛いかもしれないけど我慢してねー」
「お前何する気──あっつ!?」
言われた通りに腕を出すと、急に手の甲が熱くなり思わずイベリスの手を振り払う。熱くなった箇所を見てみると、そこには花型の痣ができている。
「……根性焼きか!」
「そんなことしないわよ。それはこの優しい優しいイベリス様と契約したという証よ。それを持ってたら身体能力がちょっと上がったり、いつでも私とお話しできたりするのよ」
「……身体能力だけもらえたりしない?」
「そんな露骨に嫌な顔しながら言わないでくれる……? 名誉なことなのよこれは! 私そこそこ神格が高い女神だから私の教徒達からしたら眉唾物よ?」
「それはそれで面倒臭そうなことに巻き込まれそうで嫌なんだけど……」
「まあいくら私の教徒の数が多いからって、偶然会うとかほぼほぼあり得ないし。特別な力を持った人間でないとそもそも見ることすらできないから、まあきっと大丈夫よ……多分」
「せめて俺の目を見ながら言ってくださいませんかね」
どうしよう、面倒ごとに巻き込まれる気しかしない。
「ま、まあそれもまた青春ってことで」
「青春をそんなデンジャラスワードにするのやめてくれない?」
「いいのよ、青春なんだから。それで、あなた……ええっと……名前何?」
「神様なのにわからないのかよ……」
「だってあんたたち自分たちで勝手に名前つけてるし、アリンコの名前を一々覚えたりしないでしょ?」
「俺たちは蟻と同価値かよ……鼓草京、それが俺の名前だよ」
「そう、じゃあ京! 改めて自己紹介させてもらいましょう。私は恋愛の女神にして──運命の女神! 天界では上から数えて一番目に属する神、つまり一番偉いのがこの私、天界の王イベリス!」
「は?」
ちょっと待てこいつさらっととんでもないこと言い出しやがったぞ。
「そして、鼓草京。あなたの使命は私を楽しませること!」
「おまっ、ちょっと待──」
「それじゃ、第二の人生にごあんな〜い」
俺の言葉を聞かずに、イベリスは指を鳴らす。すると俺の意識は急速になくなっていき、俺の文句の言葉がまとまる頃にはほとんど意識はなく、最後に聞いた言葉は──
「あなたとは長い付き合いになるか、はたまた別の要因で死んでしまうかは運命を司る私ですら定かではないけれど、せいぜい抗いなさいな、人間?」
くっそむかつく一言であった。