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「…………」
「…………」
「…………」
視線を、感じる。
いや、ここ最近ずっと感じてはいるのだ。殺気や悪意を含んだものではないけれど、なんていうか……こう。困った感じの類だ。ちょっと自分でもよく分からない。何故なら視線の主は、シルヴィア姫だからだ。最初はちらっ、ちらっというものだったが、ここ最近じーーーっと穴が空くほど見つめられている。流石にちょっと周りの目が気になりだしたので前回同様に人払いをして図書館にやってきた。暫く読書をしながら待っていれば、相変わらずの護衛とメイドを引き連れてそろそろとシルヴィア姫が入館してきた。だが、話し掛けることはせずに少し離れた書棚の影からこっそりというにはバレバレなほど真っ直ぐにこちらを見つめている。
一体全体、なんなんだろうか……。
初めの内は、ゲーム内ではそれなりにプライドの高い子だったから前回追い返された件について何か言い返しにでも来たのだろうかと思っていたのだが。どうにもそういう雰囲気ではない。
誘い出してはいるが、こちらから声を掛けてやる気は一切ないので、シルヴィア姫が動かないならこのままここで読書を続けるだけだ。時折、視線に気付いたふりをしてシルヴィア姫の方を向くが、そうすると途端にしゅっと書棚に隠れてしまう。……ドレスの端が見えている上に護衛の姿に至っては丸見えだが。申し訳無さそうにこちらを見るなら自国の姫をどうにかして欲しい。
「…どうするおつもりですか?」
「どうしようかしらねぇ」
「一思いにやっちゃいます?」
「面倒臭いことになるからそういうことは言わないの面倒臭いことになるから」
「2度言いましたね」
だって絶対面倒臭いことになるもの。
そもそも仮にも私は逃亡中の身なのだ。呑気に学園に通っているし、隣国の王族にはバレているが。先日シルヴィア姫には偉そうな態度を取っていたが、エィンレイシアに報告でもされたらこちらは一巻の終わりである。
「………」
「………っ」
なんとなしにちらっとシルヴィア姫の方を見ると、逃げ遅れたのか今度こそ視線がぱちりと絡まった。おや、と思いながらもそのままじっと見つめる。彼女は少しの間躊躇って、やがて静かにこちらに近付いて来た。
「…………」
「…ご、ご機嫌よう」
僅かに声が震えている気がするが、特に気にすることなく一応私も挨拶を返す。だが、前回とは違って立ち上がることもなく視線もすぐに手元の本へと戻した。躊躇う気配を感じたが、知ったことではない。
「…………」
「…………」
「…………」
「……先日の件、ですけど」
暫く沈黙が続いてから、シルヴィア姫が切り出したのはよりにもよってそれだった。横目で視線を合わせて、続けろと促すが、ちょっと後退ったのを見逃さない。シルヴィア姫も己の行動を意識したようで一瞬瞳を揺らしたがすぐさま持ち直したのか真っ直ぐに私を見つめ返した。
「私、訂正する気はありません」
「…………ほぅ」
「て、訂正する気はありません!」
何で2回言った?
今度は私も特に心が荒れることはなかったから、じっくりとシルヴィア姫を観察していたが……なんというか。前回の印象ががらりと変わった。
指先震えてるし、視線泳いでいるし、というかちょっと顔青褪めているし。
「それから、そのドレスは悪くなくてよ!」
でも口調は強気だ。
いや、言ってることはちょっとよく分からないけども。なんで急にドレスの話になったの。