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散々シズリジア王国のことを平和ボケだとかすぐ滅ぼせるとか言っているが、どうしても我が国よりも勝るものはある。
「今日は何に致しますか?」
「そうね。……お蕎麦で」
日本の乙女ゲー厶だからだろうか。
この国には普通に日本食があるのだ。人種や建物は至って洋風なのでミスマッチ感は否めないが美味しいは正義だから気にしない。我が国にも日本に近いものは多くあるが、ここまで完璧な日本食は殆どない。冬には肉まんの屋台が出るんだよ?凄くない?まだこの国で過ごしたことはないがもしかしたら夏になると冷やし中華が始まったりするのだろうか。絶対食べたいんだけど。焼肉屋で出てくる冷麺も好きだ。
「私、割と本気でここでの永住を考えているわ…」
「お嬢様……」
「何よ。食生活って大事よ?」
注文を終えて戻ってきたエミリアが呆れた視線を向けてくるが、人間の三大欲求の一つを甘く見てはいけない。エィンレイシアの食事も美味しいことには変わりない。すぐ戦争するから色んな国の文化が流れてくるので料理も多種多様ではあるけど、やはり元日本人としては日本食が一番馴染み深いのだ。
パンよりご飯派なのよ。
焼きたてのトーストにたっぷりのバターとお砂糖を塗って食べるのも嫌いじゃないけどね。口の中にじゅわっと広がるバターの油と甘いお砂糖がカロリーという恐ろしい言葉を忘れさせる。
でもやはり日本人。ご飯そのままでも普通に美味しいけどお握りにするとより美味しく感じるのは何故かしら。人によっては拒否反応があるらしいけど人に握ってもらったお握りの方が自分で作るよりも美味しいと思う。炊きたてご飯の塩お握りとお味噌汁に漬物を添えてこれぞ日本人!って自画自賛しながら食べていたのが懐かしい。
「でも、確かにお嬢様はこの国に来て以前より食べる量は増えましたよね」
「そもそもゆっくり食事を取る暇がなかったもの」
勉強に仕事に軍での訓練。
そして仕込まれる毒。あと耐性つける為に摂取しなければいけない毒。送り込まれる刺客を倒し、時に捕らえては拷問に掛けて、うっかり間違えて殺しては反省して、次はしっかりやろうと勉強し
「お嬢様、お蕎麦が来ましたよ」
「いただきます」
エミリアの言葉にはっと意識をざる蕎麦に移した。
難無くお箸を使う私に、未だに慣れないエミリアがちょっぴり悔しそうな顔をしているが華麗にスルーして麺つゆに山葵をちょいちょいと混ぜる。小鉢にとろろもついているが、まずはそのままで一口。
………美味しい。
「お嬢様、実はちょっと油断してますね?」
「警戒は怠ってはいないけど、否定はしないわ」
「いいえ、喜ばしいことだと思っただけです」
「………そう」
小さく笑みを浮かべたエミリアにちょっとだけむず痒い気持ちになった。一応メイドでもあるエミリアと一緒に食事を取ることは勿論、こうやって軽口を叩きながら食事をすることも本来ならば有り得ない。それが許されるほどに平和であることがほんの少しだけ羨ましいと思う。
所詮無い物ねだりだけれど。
少しだけ気落ちしてしまった心を持ち直そうと今度はとろろを絡めてお蕎麦を食べる。
ずずっと啜ることが一番美味しい食べ方ではあるが、残念ながらシズリジア王国でもそれはマナー違反に当たる。正しい麺類の食べ方なのに融通が利かない。とはいえ音を立てずにかつ優雅に食べる所作はマナーの先生に叩き込まれているのでどんなに難易度の高いものが来ようとも余裕だ。
……耐性をつける為に摂取した毒の量を暗殺目的で故意に多めにされたときに思わずぶはっと吐き出してしまった過去は今はもう遥か彼方のことである。いや、おかげで命は助かったのだが当時たまたま一緒に食事を取っていた母にはみっともないと酷く叱られた。…繰り返し思い返すが、その母が毒で死んだことに何とも言えない感情が渦巻く。多めに食べてしまった山葵が鼻をツーンと刺激したことで思考を止めたけれど。勿論表情には出さない。でも嫌いじゃないのよこのツーンって来るの。
そうして存分にお蕎麦を味わっていると、ふと出入り口がざわめいていることに気付いた。ちらりと視線だけを流すと、転生ヒロインと愉快な仲間達がぞろぞろと入ってきているところだった。うわ、とエミリアが呟いたが全くもってその通りなので咎めることが出来ない。でもそういうところが甘いから次代に勝てないんだよ。言わないけど。
彼女達は周りの視線など一切気にすることもなく、窓際の一等眺めが良い席を陣取ってきゃっきゃっと騒いでいる。窓際か……我が国であんなところに継承権保持者が座っていたら即座に暗殺されるな。この国は王子一人でいいなぁ。替えが利かないという点では何とも言えないが。
「お嬢様、デザートはいかがしましょう?」
「善哉、かしら」
「かしこまりました」
ここの素晴らしいところはお汁粉と善哉がそれぞれ用意されていることだろうか。誰に対する気遣いかは知らないが気分によって選べるのは大変嬉しい。余談だが、あんこの種類に特にこだわりはない。粒があろうがなかろうが口の中に入ればあんこだ。個人の好みで争う暇があるなら、黙ってあんこを味わいたい。
と、誰にともなく糞どうでもいいことを考えてやたらと響いてくるきゃっきゃっうふふから気をそらす。そんなに近い距離でもないのにどうしてそんなに声が響くの……?耳が悪いの……?
周りの令嬢ははしたないだとか隠す気のない小声で囁いているが、当の本人達には届いていないようだ。何だか空気もギスギスしてきたし、食事中にやめて欲しいんだけどなぁ。
「お嬢様、只今栗善哉も注文可能のようですが」
「栗善哉にするわ」
「だと思いました。こちら、栗善哉になります」
わーい。