2話 面倒な事になりました
「いやあ、太陽の光は気持ちいいなあ」
森から出た僕は両手を上に出し背を伸ばす、木洩れ日も十分に気持ちよかったがやはり気持ちがカチッと入る気がする。
「さあ行こうか、ウォーウルフたちはここで待ってて、また戻ってくるから……ね?」
「クゥ~ン」
ウォーウルフ達は僕に縋る様に目を向ける、それに加えて甘えたような弱弱しい声を出す。
なんて可愛い子達なんだ……でも獣魔登録にもお金がかかるし…………しょうがないけど
「くっ……そんな可愛い声出してもダメだからね? でも他の冒険者に狩られないようにね?」
「チッ……グルルル」
「なんで狼なのに舌打ちしてんだよっ、おいっ!」
ウォーウルフの1体が僕の否定の言葉に反応する、狼の口から舌打ちの声が聞こえた気がする、それにそのウォーウルフは「やってしまった」と言わんばかりに顔をそっぽ向けている。
僕は魔獣にまで舌打ちされる日がくるなんて思ってなかった。結構心に来るものがあるなぁ。でも怒ってるわけじゃないみたいだし……
「と、取り敢えずまた明日くるから待ってて」
「ガウッ!」
『早く我を案内しろ。うずうずして堪らん』
「はいはい、ツキノワ街に戻って」
「グルアアッ!」
僕は1体の熊の背にまたがり、1体の竜は遠くに見える外壁を目指して歩き出した。あ、地竜は飛んで行ったよ?
外壁間近になると入れ替わるように冒険者のような装備を身に着けている男女5人とすれ違う。その5人は僕を見ると指を指して、バカにしたような笑みを浮かべ、大声で爆笑している。
「見ろよ、あいつ。アハハ! まだ冒険者やってるぜ!」
「バッカじゃねえの、ほんとっ! 俺達はCランクなのによっ!」
「うふふっ、引退したらどうですの?」
「ほんとほんと、私達の評判が落ちるでしょっ!」
「…………邪魔、早くどっかいきなさいよ」
5人は僕をバカするような言葉を矢継ぎ早に話していく。この5人は僕が幼いころ友人だった人達だ。どうやらCランク冒険者になったらしい。
正直鬱陶しい、どっかいけってお前らが道を塞いでるんだろ。それにお前らの目の前にはS級指定の地竜がいるというのに気が付かないらしい。
失望したわ。雑魚ども。
『なんだ、こい……むぐっ』
「ちょっと黙ってて。ツキノワ、もう行こう。」
「グルアアァアアッ!」
いきなり話し出した地竜の口を塞ぎ、慌ててツキノワに先を急ぐように促す。ツキノワは僕がバカにされている事に気が付いたのか、大きめの咆哮で答える。
そんな咆哮に驚いたのか、僕をバカにしていた5人は腰が抜けて、地面に尻を付けている。めんどくさいので、放置して歩き出した。
門までもう少しという所で門から豪華な装飾が目立つ剣を腰に下げ、白銀に輝く鎧を身に纏う金髪のイケメンな男性が歩み寄ってくる。その護衛に不満を駄々洩れさせた顔をしている5人の騎士を携行させて。
歩み寄ってくる人物に僕は心当たりがあったので仕方なく話に付き合う事にする。
「やあ、レイ君。」
「こんにちはガルド兵長殿」
「やだな~、敬称は要らないって言ったじゃないか。」
「貴方が良くても、僕は良くないです。不満が僕に飛んできたらめんどくさい」
僕は呆れの感情を過分に含んだ言葉を吐きつけるように言う。
出来る事ならしっしと追い払ってやりたい。僕には名づけと言う今後を左右する出来事が待っているんだ。
やはりと言うべきか、僕の失礼極まりない言葉遣いに怒鳴り声を上げるのが兵長の後ろから聞こえた。
「貴様ッ! 兵長になんて言葉使いだッ!」
「ほらね、めんどう」
僕は言ったとおりだと言わんばかりに胸を張ってガルド兵長に話しかける。やれやれと言った感じで大声を出した新米騎士を感情が籠っていない冷ややかな眼を向けて話し出す。
「おい、誰が口を開ける事を許可した? ああ?」
「ひっ!……もも、申し訳ございませんッ!」
殺気を全開にした兵長は無断で口を開いた騎士を怒鳴りつける。なんと腰の剣に手が伸びていた。
自分に殺気を向けられると思ってもみないその騎士は失神するのを辛うじて堪えて、腰を直角に曲げ、謝る。僕は別に気にしてないんだけど、どっちかというとこの兵長に借りを作っておきたいのだが。
「判ればいい、レイ君、俺の部下が済まなかったね」
「だからそれが要らないんです、どうせ城壁の上から新しい獣魔を見つけたからここまできたんでしょ?」
「…………」「…………」
僕の周囲は静寂に包まれる。僕は兵長の真意を掴むために彼の眼を見続ける。人間、嘘をついていると左上を見るという。まさにその通りに兵長は左上を見上げた。
まあ正直嘘つこうがどうでもいいけど……
「まったく、君には敵わないな。君の言う通りその小竜の登録の為にきたんだ。」
「いやいや、この子は地竜ですけど?」
何言ってんのこの人。どこからどう見ても地竜でしょ。四肢は小さくなっても筋肉で包まれていて盛り上がっている。兵長はポカンと口を開けたまま僕の言った事の意味を理解できずに呆けている。
「何言って…………」
「「「「「あははは!」」」」」
「最弱がついに頭おかしくなったぞッ!」
「あの竜が地竜だと?だいたい地竜ってのは空は飛ばねえんだよっ!」
「どうせあいつ無知なんだろッ!」
僕の頭の中でナニカがプツンと切れた音がする。背に背負っている剣の柄を握ると一気に抜刀する。誰が見ても業物だと分かる剣だ。刀身は白銀の金属で構成され、鍔は漆黒の金属で包まれている。
この剣は僕が命の恩人から譲り受けたモノだ。「自分にとって大切なものを守る為に使え」と言われてきた。僕は恩人の流派である“霞の構え”を右で構える。
「おいおい、僕の悪口はいいけど魔獣の悪口はいけ好かないな……」
「お、おいレイ君?」
僕がそう呟いた相手が綺麗な格好で帰ってきたことがない。どこかしらに大きな傷を作って戻ってくる。その噂を知っているガルドは慌てて騎士とレイの間に立ち、レイに向かって話しかける。
「ここは引いてくれないか?」
「何故だ、そいつらは俺の家族をバカにした。それ相応の罰は、お仕置きは必要だろう?」
ニヤッと悪い笑みを浮かべる僕の眼はきっと憎しみで染まっているだろう。まあ別に今ここでやる必要を感じないので、構えを解き剣を背の鞘にしまう。
その様子を見たガルドは警戒を解く。
「ありがとう」
「いいや?だって後ろの門に貴族様がいらっしゃるからやるにもやれないし」
「あー! 忘れてた……」
僕は兵長の後方、城壁の門に5人ほどの護衛を連れた、豪華なドレスを着る女性が佇んでいる。恐らくこの街を領地として持つ貴族だろうと推測した僕は慌てて森へ戻ろうと背を向ける。
しかし、僕の右肩をガシッとキツく掴まれる、そっと振り向くと顔を引き攣らせたガルドがいた。
「レイ君、お願いだから一緒に来てくれ。獣魔登録料は俺が持つ。」
「と、取り敢えず、離してもらっていいですか?に、逃げませんから」
「まず、この子が地竜である事を証明しますよ」
『我にあの姿になれと?』
「お願いしますよっ」
竜の癖にやれやれと首を器用に捻ると、次の瞬間、大地が震える。
そう、今の今まで飛翔していた小竜が元の姿に戻りがっしりとした四肢で大地を踏み締め、巨大な姿を晒している。
「ほら、地竜でしょ?」
『なんだ? 我をなんだと思っていたのだ?』
「こんなのが地竜なわけないって叫んでたんだよ~」
『ほう、我の餌食にしてやろうか?』
一見主と魔獣の会話に聞こえるが、ガルドは初めて見る地竜に恐れ慄き、他の騎士はペタンと尻を付けて震えている。
威圧の籠った地竜の言葉にとんでもないと叫びたいが、それも出来ないほどの威圧を放っている。
「もういいよ」
『ふむ、この姿替えは疲れる。』
「ありがと、これで証明になったでしょ?」
「「「「はいぃぃッ!」」」」
地竜が小竜の姿に戻ったことでこの場を支配していた威圧が消え去ると、皆が緊張を解き、はあっと溜息をついている。
僕はそんな事も気にせずに近づいてきたツキノワと傍にいる地竜を撫でる。僕はこの時間が本当に幸せだ。マジで、どんな事よりもねっ!
「初めまして、レイ君」
凛とした声音がこの場を再び支配する。声の主はさっきまで門にいた貴族の方だった。
「誰ですか?見ず知らずの方に話しかけられるほど僕は顔は広くないですけど?」
「あら、それは失礼したわ。私はアルトリア=エストーナ=アイライン、この街アイラインの領主でクラルト王国の伯爵を拝命しているわ」
「ご丁寧にどうも、僕はレイ。ただのレイです」
マジめんどいわぁ、どうせこの後屋敷に連れてかれるんだろ?
「レイ君、領主として命じます。私とともに屋敷に来なさい。」
「分かりました、早くしてください」
「あらっ?本当に?」
「そうですよ、僕は魔獣と一緒にいたいので早くしてください」
僕はイライラしながら答える。どうも言葉遣いには寛容で、僕の事を一切咎めなかった。それは少し驚いたけど……。
「では、私についてきて下さいな」
「……分かりました、ツキノワ、地竜、行こう」
そうして僕は屋敷に招待……いや命じられて行くのだった。